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【「ニトラム NITRAM」評論】ある少年の銃乱射事件から、不寛容と理不尽の見えない連鎖を浮かび上がらせる

2022年3月21日 10:00

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「ニトラム NITRAM」
「ニトラム NITRAM」
(C)2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

1996年4月28日、死者35人、23人が負傷したポート・アーサー事件が発生。犯人は27歳の青年マーティン・ブライアント、動機なき単独犯だった。乱射事件を契機にオーストラリア政府は銃規制を強化、60万丁を超える銃器が処分され銃犯罪は減った。

2018年、事件のリサーチを再開した脚本家ショーン・グラントは、国内の銃器数が当時より多くなっている現実に直面し“何かがおかしい”と感じた。彼はいかにして銃を入手し、無差別に銃口を向けたのか。映画化の端緒となったのは“この気づき”だ。

事件をたどる唯一の視点である犯人の視点をたどれば真実の声が聞こえるかも知れないと考えたグラントは、歪んだ米銃社会に迫ったマイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002)とも、少年たちが起こした銃乱射事件を題材にしたガス・ヴァン・サントの「エレファント」(2003)とも異なるアプローチで、豪史上最悪の事件の発芽に迫っていく。

ニトラム NITRAM」は、不思議な縁で結ばれた人々の出会いと別れが、社会的な許容範囲を突き抜けていく過程を描く。愚鈍な奴。幼い頃、彼は“ニトラム”と呼ばれるようになった。“NITRAM”とは、少年の名「MARTIN」を逆さ読みした蔑称で「愚鈍」を意図して発せられる言葉だ。

七歳の頃、炎に魅せられた少年は火傷を負って入院する。これに懲りて花火は止めるかと取材された彼は「もちろん続ける」と笑顔で応じた。成長後は仕事にも就かず、親にパラサイトしている。ピュアでありながらも獰猛な野獣のような一面も併せ持つ。鬱に沈んでいるかと思えば、数分後には無邪気に笑う。充分な体力を持ち、人の話も理解できるが、大きくなっても花火遊びがやめられず、人と仲良くすることや感情を押さえるのが苦手だ。

母(ジュディ・デイビス)は小言だらけ、息子とのコテージ共同経営を願う父(アンソニー・ラパリア)は甘やかしがち。そんなある日、ニトラムは自分の運命を変える女性ヘレン(エッシー・デイビス)と出会い、両親の庇護下を離れ外へと飛び出していく。

戦争から口論まで、至る所で繰り返される暴力的行為の背後には何があるのか。「スノータウン」(2011)、「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング」(2019)に続いて、暴力性をテーマにしたショーン・グラント脚本作で3度目のメガホンを執ったのはジャスティン・カーゼルー監督。何が起こったかではなく、事件に至るプロセスを偏らずに丁寧に積み重ねることで、世界を覆っている不寛容と理不尽の見えない連鎖を浮かび上がらせていく。

キャリアを損ねかねない難役に挑んだのは、アメリカ出身の個性派ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。エキセントリックな役柄を数多く演じてきた俳優が体現した人物造型が高く評価され、第74回カンヌ国際映画祭で男優賞、オーストラリア・アカデミー賞で同賞、作品賞を始めとする主要8部門受賞している。

終身刑及び延べ1,652年の刑を宣告されたニトラムことマーティン・ブライアントは、今もタスマニア州リスドン刑務所に収監されている。事件はまだ終わってはいない。

高橋直樹)※「高」の表記は、はしごだか

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