サンダンス映画祭で鑑賞した注目の5作品! あらすじ&見どころを一挙紹介
2022年2月15日 12:00
1978年からユタ州のパークシティで開催されている「サンダンス映画祭」。名優ロバート・レッドフォードが主催する同映画祭では、これまで数多くの才能を発掘し続けてきた。
世界中のインディペンデント作品を映画関係者や観客に紹介する場として注目されてきたが、今年はオミクロン株による感染者が増加したことで対面形式での開催とはならず、急遽オンラインでの実施となった。プレスとして参加した筆者は、プレミア上映作品10本(プレミア上映時間から5時間以内視聴可能)、セカンド・スクリーニング作品15本(3日間視聴可能)を鑑賞。現地に向かわずとも、自宅を含むさまざまな場所で作品を見ることができた。本記事では鑑賞作品の中から、特に注目した5作品を紹介する。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
アイルランド出身の歌手シネイド・オコーナーの波乱万丈の半生を描いたドキュメンタリー映画。子どもの頃、母親によるネグレクトを受けていたオコーナー。彼女は少女時代の素行の悪さから、ローマ・カトリック教会の厳格な更生施設「マグダレン修道院」へと強制的に入れられることに。そこでの想像を絶する体験は、オコーナーの音楽活動、行動に影響を及ぼしていく。
類まれな歌手としての才能が開花し、音楽界で認知されていくなかで、エージェントやレコードレーベルは、その美しい顔立ちを生かしたブランディングを行おうとしていた。だが、オコーナーはそれを受け入れずにスキンヘッドに。アメリカのツアー会場では、慣習だった国歌斉唱を“戦争反対”という理念のために拒否。カトリック協会の性的暴行、虐待を訴えるために、人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」出演時には、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の写真を破ったこともあった。
当時のメディアは、そんな彼女の行動を“奇行”として伝えていた。しかし、オコーナーは、男性優位の音楽界において自分自身を貫いた。今では彼女のように多くの歌手が“戦争反対”の姿勢を表明し、カトリック協会の性的暴行&虐待も、のちにメディアによって世間に明かされた。
レディー・ガガやビリー・アイリッシュは、物怖じせず、自らの言葉を発信している。誰にも媚びずに主張する女性歌手の先駆け、それがシネイド・オコーナーだったのではないか。そんなことを感じさせる作品に仕上げた監督のキャサリン・ファーガソンを評価したい。
日本の名匠・黒澤明監督の「生きる(1952)」を、舞台を1950年代の英国・ロンドンに移してリメイクした作品。オリジナル版では、余命幾ばくもない市役所の市民課長・渡辺勘治(志村喬)が、“生きる”ことの意味を見つめ直していく。
今回のリメイク版は、小説「日の名残り」でブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロが、黒澤監督、橋本忍、小国英雄が手掛けたストーリーを脚色。主人公は、元軍人で、現在は公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)。第二次世界大戦後の英国、官僚制度の歯車の中で日々を過ごしていたウィリアムズが余命を告げられたことで、人生の終焉を迎える前に生きる意味を見出していく。
会社内では“ミスター・ゾンビ”というあだ名をつけられたウィリアムズ。役を演じるビル・ナイの物静かで、紳士的な立ち居振る舞いは、志村喬が演じた渡辺とは全く異なる印象を受ける。以前の同僚だったマーガレット役を演じたエイミー・ルー・ウッドは、コケティッシュな魅力を放ち、2人の掛け合いにはオリジナル版で志村喬と小田切みきが演じた光景を彷彿させるシーンも。
最も引き込まれるのは、日本文化に精通しているカズオ・イシグロの脚色だ。ウィリアムズの人物像は、少々泥臭いイメージがあったオリジナル版の主人公・渡辺とは一線を画し、英国紳士として脚本に落とし込まれている。また、オリバー・ハーマナス監督の演出も、オリジナル版に敬意を評しているという点が評価できる。
舞台となっているのは、1960年代後半から1970年初期にかけて中絶が違法だった米国・シカゴ。望まぬ妊娠をした女性たちに対して、非合法な中絶の場所を提供するだけでなく、実際に中絶手術も行なっていた「ジェーン・コレクティブ」という団体に焦点を当てている。
劇中では、免許剥奪を恐れた医師から中絶手術を拒否された女性たちの葛藤を描出。お腹の膨らみを感じながらも、どうしていいかわからない――逮捕の危険性を抱えながらも、中絶を望む女性たちを救った「ジェーン・コレクティブ」の活動を克明にとらえている。
昨今、テキサスで施行された人工妊娠中絶を禁止する州法に対して、その合憲性を巡り、中絶を実施する病院が訴訟を起こした。同様の裁判、反対運動は、保守的な州の各地で起きている状況だ。だからこそ、本作は“50~60年前の出来事”としてとらえるのではなく、“今も起きていること”と認知しながら鑑賞してほしい。中絶を選択する権利とは、女性たちが長年の戦いによって得たものとして理解されるべきだろう。考えてみてほしい。女性が見知らぬ男からレイプされて妊娠。中絶を選択できずに、子どもを生まなければならない世界のことを――。
初監督を務めたのは、女性同士の愛を繊細に描いた「キャロル」の脚本家フィリス・ナジー。近年では、メガホンをとることも増えたエリザベス・バンクスを主演に迎えている(バンクスが、当時の女性たちの思いを見事に体現している!)。「選ぶ権利」という言葉の意味を、深く考えさせられる作品だ。
小津安二郎監督にオマージュを捧げた「コロンバス」でも知られる韓国系アメリカ人のココナダ監督作。ストーリーの背景となるのは、家庭用ベビーシッターのロボットが販売されている世界。中国系ベビーシッターロボットのヤンと、ヤンを購入した家族の交流が描かれる。
AIロボットが登場する作品では「人間の言うことを聞かなくなり、暴動を起こす」といった“AIロボットVS人間”という対立構造を描く作品が多かった。しかし、「Yang」はこれまでの作品とは異なる。中国から養子のミカを迎える夫婦が、兄のような存在として購入したのが、ロボットのヤンという設定だ。
ヤンは、ミカに愛情を注ぐだけの存在ではない。彼女のルーツである中国の文化も教えてくれる優れたロボットなのだ。ある日、このヤンが故障してしまう。父親ジェイク(コリン・ファレル)が修理に出した際に、ヤンが“家族の思い出”を記録していたことが発覚する――という展開になっている。
AI中心となった社会が、人間の生活を脅かす。そんな風に思う人々が増えているが、本作は「AI社会との繋がりが、日々の生活において、いかに大切になっていくか」を考えさせられる内容だ。また、ロサンゼルスをベースに活動しているAska Matsuyamaが作曲を担当している部分も注目ポイントだ。
最後に紹介するのは、今年のサンダンス映画祭米長編映画部門で審査員賞を獲得した話題作。より良い生活を求めて、セネガルからニューヨークに移住したアイシャ(アナ・ディオプ)は、上流階級が住むアッパーウェストサイドにある白人家庭の娘・ローズのベビーシッターの仕事に就くことに。お金を稼ぎ、セネガルで叔母と暮らす息子を呼び寄せ、一緒に暮らす。アイシャがそんな夢を抱くところから物語が発展していく。
ところが、アイシャの日常に暗雲が立ち込める。男尊女卑の会社に苛立つビジネスウーマンであり、娘の食事までも仕切りたがる母親エイミー(ミシェル・モナハン)と、世界で活躍する国際的なフォトジャーナリストであり浮気性の父親の間で板挟みになってしまう。夫の浮気によって精神を病んだエイミーは、アイシャの給料を滞納。子どもをアメリカに連れてくるという夢は遠ざかっていく。不安を感じるようになったアイシャは、いつしか超自然現象が起きたかのような“夢”を見始める。その“夢”は、まるで現実に起きているかのようだった。そんな錯覚に陥るなかで、アイシャが息子を呼び寄せる日が近づいていく、という設定だ。
本作は、シエラレオネ系アメリカ人の二キャス・ジュス監督の長編デビュー作。俳優の魅力を最大限に生かした演出、アメリカで暮らす移民の葛藤をとらえつつ、現実的な問題点を浮き彫りにしている。質感あふれる“夢”のシーンには、ホラー的要素も加味されており、現実と夢の狭間にいるかのような感覚を覚える。それほど見事な映像に仕上がっているのだ。キャス・ジュス監督は、非常に将来性を感じさせる人物だ。近い将来、ハリウッドの話題作を任されるような監督になっているかもしれない。
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