【国立映画アーカイブコラム】映画の“いま”を届けること 映画ポスターアートを例に
2022年1月23日 10:00
映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。 それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
当館の所蔵コレクションは、最も古いものでは明治期までさかのぼります。長い年月を生き延びたフィルムや映画関連資料は、古典的な映画作品に関するものや、今では失われた文化や暮らしの風景の記録も多く、貴重な歴史遺産となっています。もしも国立映画アーカイブに対し、そうした、遠い昔の映画の保存・公開を行う場所というイメージを強く持っていたら、現在開催中の展覧会「MONDO 映画ポスターアートの最前線」には驚きを覚えるかもしれません。
なぜなら、MONDO展の展示品は、ほぼすべてが2010年以降に作成されているからです。テキサス州オースティンを拠点に、映画館チェーンの傘下でオリジナリティあふれる映画ポスターを制作してきたアート・プロダクションMONDO(モンド)は、活動を始めてまだ20年にもならない新しいグループ。制作するポスターの映画は新作・旧作を問わず、今回の展覧会でも「GODZILLA ゴジラ」(2014年、アメリカ、ギャレス・エドワーズ監督)や「クリムゾン・ピーク」(2015年、アメリカ、ギレルモ・デル・トロ監督)などここ10年ほどの映画のポスターも何点もあります。
新しい映画も題材に含むノンフィルム資料の展覧会は、これまで当コラムで紹介してきた当館の活動とはだいぶ系統が違うようにも見えますね。一体、どんな思いや意図があったのでしょう。企画を担当した展示・資料室長の岡田秀則さんに聞いてみました。
「フィルムアーカイブであっても、現代の映画文化を扱う展覧会がもっとあってもいいとはずっと考えていました。これまでも2014年の『赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界』のように、活躍中の題名デザイナーの仕事を取り上げて好評を得た経験もあります。映画ポスター展では、国別の展覧会を8企画行い(そのうち7つは京都国立近代美術館と共催)、“アートとしての映画ポスターを探索する”という方向性を徐々に確立してきました。映画ポスターは映画を売るための宣伝材料というイメージが強く、実際そうして発展したのですが、社会状況によっては、グラフィックアートとして成立する野心的な映画ポスターも生まれてきました。革命が起きてからスターリンに弾圧されるまでのソビエトや、長い伝統に支えられた優雅なリトグラフ印刷でつくられるフランス、また、第二次大戦後の社会主義国では、芸術表現に制約が多い中でポスターグラフィックだけは自由な領域が確保できた、といった例ですね」
しかしそうして開催を重ねるなかで、共催者である京都国立近代美術館の池田祐子さんとの間で、「現代のポスター文化が欠けている」という話になったのだそうです。
「いまは映画もグローバルな宣伝が求められ、アメリカのメインストリームの映画などは世界どこでも共通のビジュアルが志向されている。それはそれで優れたデザインとは思いますが、それぞれの場所が勝手にアートワークを作ることができず、徐々に息苦しくなっている。一方で、アーティストが自由に作る、映画ポスターの新しい潮流があるらしいということにも、2010年代のはじめから気づいてはいました」
MONDOの起源は、2004年にオープンした、映画館「アラモ・ドラフトハウス」のTシャツショップ「MONDO TEES」。充実した食事メニューを提供したり、映画のロケ地やその周辺での出張上映を行うなど、他と一線を画す個性的な映画館として評判を集めた「アラモ」は、上映やイベントの際にオリジナルのポスターを制作していました。いつしかポスターはTシャツよりも人気となり、アーティストの個性が弾ける「オルタナティブ・ポスター」というジャンルを開拓しました。
岡田さんがMONDOの存在を知ったのは、「ネット時代のおかげ」とのこと。
「当時私はMONDOというレーベル名には気づかず、アラモが上映用に作った映画ポスターという認識だったのですが、ネット上でも必ずアーティストの名前が載っていて、どのポスターも、公開宣伝用のポスターとは違う独自のデザインに目を見張りました。個人で勝手に制作するファンアートはありましたけれど、MONDOの場合は、組織的に、映画作品に合わせてさまざまな画風を持つアーティストに依頼して作らせている。そこがユニークで、現代のポスターを扱うならこれがベストだろうと思いました」
もともと、MONDOと当館の間には人的な繋がりはありません。岡田さんはまず、MONDOのオンラインショップに公開されていたメールアドレスに連絡し、すると店員さんから「クリエイティブ・ディレクターに転送しておくよ」と返信があり、全てが動き出しました。2021年11月、ゼロから関係を築くところからスタートしたMONDO展ですが、MONDOの皆さんはオファーを大変喜んでくださり、準備は楽しく進んだそうです。
展示品のセレクション方法もユニークでした。
「まず、日本版が出ているMONDOのポスターアート集を参考にしたのですが、数年前の本なので2015年までの作品しか載っていません。でもそれ以降の作品も大切なので、ここでもネットに助けてもらいました。MONDOショップのアーカイブページでも過去作品の画像は見られますが、『MONDOの過去作品を一気に売りに出すネットオークションがあるから、そこで我々の過去作品の画像を確認してくれないか』ってMONDO側から提案をされたときは、ずいぶん型破りな方法だと驚きましたね(笑)」
岡田さんによれば、MONDOの皆さんはフットワークが軽い気さくな方たちで、何しろそれまでロック系のアートワークを作ってきたアーティストも多いので、クリエイティブ・ディレクターのロブ・ジョーンズさんもロックファンで、時にはメールが音楽の話ばかりになったりしたこともあったそうです。
「今回は図録を発行できなかったため、出品リストを大型でフルカラーの豪華なものにしました。気づきにくいでしょうが、奥付けの謝辞に、キャプテン・センシブルという人が載っています。パンクロックのファンには言うまでもないですが、ダムド(1976年結成のイギリスのパンクバンド)のボーカル、ギタリストです。なぜかというと、先のロブさんは日本文化が大好きなのですが、そのきっかけは、自分の好きなダムド特集を組んだ日本のパンクロック雑誌『Doll』を手に入れたことだそうです。今はそのキャプテンと親交もあるロブさん曰く、アートの仕事で生きることを決めたのはキャプテンのおかげだし、日本でこの展覧会が実現することの意味を考えたとき、親日家であるキャプテンの日本とのつながりにも負うところがあると思ったから、謝辞に入れてほしいと。びっくりしましたが、私もパンクはそれなりに聴いていたし、なかなかいい話だなと」
インターネットのありがたさを認めながらも、岡田さんは「現物を見なければ、真に(ポスターの魅力を)味わうことはできません」と強調します。コロナ禍もあって現地に行くことも叶わぬまま開催準備が進み、現物を見たのは、展覧会が始まる1カ月前。ネットで画像は何度も目にしていても、「現物を目にしたときの驚きはものすごかった」そうです。
MONDOのポスターは、手作りの味わいを持つスクリーンプリント技術で印刷されていて、紙の種類・質感、インクの選択、印刷のタッチに至るまで、細かく計画したうえで作られています。そのため、実際に展覧会で間近にポスターを見ると、豊かで繊細なテクスチャーが伝わってきて、デスクトップの画面で見たときとは全く違う、新鮮な感動を与えてくれます。
展示品はすべてMONDOから借用しています。そのため、当館の次に京都国立近代美術館へと巡回し、それが終了した後には、ポスターたちは再びアメリカに帰っていきます。フィルムとノンフィルム資料を収集・保存し、所蔵するコレクションを公開することは当館の活動の柱です。しかし、日本における映画文化の総合的な拠点として活動する国立映画アーカイブにとって、MONDO展のように、映画ポスターの現在進行形のかたちを発信し、映画の「いま」を届けることも重要な役割です。近年、日本でも映画宣伝の一環としてデザイン性の高いポスターが作られるなど、オルタナティブ・ポスター制作の動きが広がりつつあります。日々多様化し、進化する映画ポスター。その最前線の姿を、ぜひ当館でご覧ください。
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