西野亮廣にとって「映画 えんとつ町のプペル」は成功か失敗か 手応えと忸怩たる思い
2021年10月16日 12:00
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「キングコング」西野亮廣といえば、これまでも絵本を複数人で完成させる分業制の導入や、販売中の絵本をウェブで無料公開するなど、ユニークな手法で出版業界の常識をことごとく破り続けてきた業界の異端児だ。
彼が手がけた「えんとつ町のプペル」は、アニメーション映画のみならず、歌舞伎、ミュージカルと驚くべき進化を遂げている最中だが、支持者は非常に多い一方で、アンチも多いというのは周知の事実。
2020年に公開された「映画 えんとつ町のプペル」(廣田裕介監督)は観客動員170万人、興収24億円を超える大ヒットを記録した。成功と言ってよい立派な数字だが、ネット上で本作を検索すると「失敗」「爆死」といったネガティブな言葉も数多く飛び交っている。
公開からおよそ10カ月が経過した今、本作が10月22~31日のハロウィーン時期に再上映される。西野亮廣にとって、「映画 えんとつ町のプペル」は成功だったのか、失敗だったのか――。改めて疑問をぶつけてみるとともに、映画業界に足を踏み入れ感じたことなどについて聞いた。(取材・文/壬生智裕、編集/尾崎秋彦)
――西野さんが絵本業界に入った時に「こういうことができないのかな」といった具合に、業界の常識を疑ってみることも多かったと聞いております。そんな西野さんにとって「映画 えんとつ町のプペル」の劇場公開を振り返ってみて、何か映画業界について「こうしたらいいのにな」と思ったことはありましたか?
西野亮廣:これまで先輩方が守ってこられた業界なので、素晴らしい文化がたくさんあるなと思いつつ、一方でここはもうちょっとどうにかしたいな、というところは結構ありました。
例えば、僕自身もそうだし多分皆さんもそうだと思うんですけど、もうイチかバチかで映画を観に行くことは少なくなってきているじゃないですか。友達の口コミで「面白い」とハンコが押されている、確実に外れないものにしか足を運ばない。僕たちはもうみんな忙しくなっちゃったから、そんな博打はあまりしなくなっている。
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――「これは泣ける」だとか、評判を調べたり、確実性を求める傾向はありますね。
西野:そんななか、(物語や予告編やキャストなどの)情報解禁に対する厳しさというのは「今っぽくないな」と思ったんですよね。やっぱり事前に試食をしたいなと。
それでスタッフの皆さんにご説明して、「映画 えんとつ町のプペル」は事前に台本を1万部くらい販売したんです。だから最低でも1万人はストーリーを知っている。打ち合わせのときも「誰かが台本の内容をスクショして、ネットに出回ったらどうするんですか」と言われたんですけど、その時は、あえて公式でリツイートして、シェアしましょうよと言って。だって知られた方がいいわけだから。そういうことをやりましたね。
――なるほど。
西野:それと良いなと思ったのは、「これ、こういうふうに変えませんか」と提案したときに、意外と話が通ったんです。「絶対にそんなことはやらせない」ではなくて、「これはこうだからいいと思うんですけど」と説明すればわかってくれた。
――それは配給の東宝さん? 吉本興業さん?
西野:吉本というのは結構いい会社で(笑)。全部OKだったんですよ。「何とか話を通します」ってスタンスだったので、だから吉本の協力はむちゃくちゃありました。その後、東宝さんに提案した時も、意外と「なるほど、確かにそうですね」みたいな感じでやってくださいました。
――わりと近い時期に、情報の出しどころをしっかりとコントロールするような「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を配給していたかと思えば(同作は東宝、東映、カラーの共同配給)、一方で「プペル」のような作品も配給すると。その両極端がすごいですね。
西野:ホント、いい会社ですね(笑)。でも僕の知らないところで、担当の方がむちゃくちゃ頑張ってくれたというのは絶対にあると思うんです。あとはやっぱり、コロナがちょうど来たタイミングでしたから。いろんな海外のビッグタイトルが映画館から撤退していく時だったんですね。(同時期公開作が予定されていた)ディズニーさんも、映画館では公開せずに、オンラインでいきますみたいな発表がありましたし。
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――「映画 えんとつ町のプペル」は2020年の12月25日に公開されましたが、西野さん的には「プペル」の公開日はディズニー作品の裏にぶつけたかったという思いもあったようですが。
西野:もちろん僕自身、ディズニー作品は超好きなんですけど、だからこそ競いたい気持ちがあったんです。ようやく巡ってきたチャンスだったので、「絶対にディズニー作品と同じ時期に公開したい」と思ってたんですけどね。
――ディズニーに限らず、多くの映画会社がコロナ禍における公開をどうするかと模索していた時期でした。
西野:ちょうど2020年の3月ぐらいに、「映画 えんとつ町のプペル」の公開をどうしましょうかと。一応、12月25日に公開予定だったんですけど、このまま本当に12月25日にしますか、それともコロナが落ち着いて、来年、再来年とかにしますかという判断を迫られたことがあって。
――その時はどう返事したんですか?
西野:「だったらYouTubeで、全部無料で流しちゃいましょう」と言いました。映画館で公開しづらくなったという大義名分もあるし。一生懸命映画用に作ったやつを、もうYouTubeで、と。
それってまだ誰もやってないわけじゃないですか。それ良くないですか?と言ったら、スタッフさんにドン引きされて(笑)。でも面白いからYouTubeでやれないかな、みたいなことをずっと考えてたんですけど、ある時、海外でいろんなビッグタイトルが劇場での上映を控えるといったニュースが出た。
その時に、海外の映画館のオーナーさんが、映画のパネルを叩き割ってるのを見て、ハッとなって。そのオーナーさん、当時は世間的に叩かれてたんですけど、ただ気持ちも超分かるなと。
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映画のパネルをバーンと割る、そんなん、やりたいわけないじゃないですか。でも、それくらい感情が高ぶっているんだなと思った。僕もやっぱり劇場生まれなもんですから、お客さんが劇場からいなくなるって、結構ダメージが大きいなと。その時に、僕はスタッフさんを全員集めて「やっぱりYouTubeで流すとか良くないです」「映画館を応援しましょう」とか言い出した(笑)。
――そこらへんの素直さが西野さんらしいですね。
西野:その時に、何があっても映画館を応援すると決めたんですよ、自分たちのチームは。そこから映画館というものとずっと向き合って。映画公開後も、僕、多分100回以上は劇場をまわりました。コロナ禍だったので、握手もしませんし、挨拶もしません、でも一緒に映画を観ます、というのをやりました。
――映画公開中はお客さんと一緒に映画を観続けていたと聞いています。
西野:それはやはり良かったですね。人生であれだけ映画館と向き合うこともないし、実際、「本当に“人”だな」と思ったんですよ。
例えば宮古島に行った時も、映画館の館長さんと20分か30分くらいしゃべって、一緒にジュースを飲んで、さよならみたいな感じで。そういう機会を設けると、むっちゃ応援してくれる。そうでもしないと、映画館にいる人の顔があまり見えてこないというか。
――“数字”になっちゃいますからね。
西野:そうです、興行収入とか観客動員の数字になっちゃう。けど、映画館には人が働いているわけなので、そこの館長さんとか、映画館のスタッフさんがこの作品を応援したいと思ってくれたら、やっぱりひいきしてくれる。そこは人なんだなと思って。勉強になりましたね。
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――「プペル」は今年の10月22日~31日のハロウィーンの時期に、まさに映画館で再上映することが決定しました。
西野:はい。8年ぐらいかけて作り続けて、ようやく公開されるというタイミングで、100年に1回のパンデミック(世界的大流行)が来た。これは何なんだろうとずっと考えていたんですけど、きっと「やり方を変えろと言われてるんだろうな」と思って。
実は、劇場公開から3日目ぐらいで、吉本のスタッフさんには「映画がいいタイミングで終わったら、来年(2021年)のハロウィーンに再上映しましょう」と話を持ちかけていました。映画というものを、毎年観るものにしたいなと。肉とか野菜は腐っていくから、1週間以内に食べなきゃいけないけど、映画って別にそうじゃない。僕、今でも「風の谷のナウシカ」とかを観ますし、観たいときに劇場でやっててほしいなと思ってます。だったらもうちょっとイベントに寄せて、初詣みたいなノリで、ハロウィーンの時は「プペル」を観に行くというイベントにしちゃおうと。
映画に限らず絵本や本とかも、バズるとかじゃなくて、長く愛されるようにしたいですね。出版して最初の1週間、2週間ぐらいは平積みされて、そこから棚にさされていくようになる。ところが絵本には賞味期限なんかないし、別に1年前の本であろうが、3年前の本であろうが、面白いものは面白いはずなんです。
だったら、そうした“売り場”をなくさないことがめっちゃ大事だなと思って。絵本の場合は国内外で個展をして、その出口で絵本をずっと売り続けています。そうすると絵本の売り上げが止まることがないので、ずっと愛される。映画もそういう風にできるといいと考えたときに、コロナが来て、これは何かのきっかけなんだなと思った。なら、毎年上映できるといいなと。今回が一発目です。今回コケたらもう来年はないんですけど(笑)、でも一応、毎年やろうということで進めてます。
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――まだ道半ばだと思いますが、あらためて「プペル」の興行を振り返ってみていかがでしょうか。成功だったとか、もうちょっとできたとか、ご自身の手応えとしては?
西野:やれることは全部やったんですよ、公開に際して。朝起きてから夜寝るまで、ずっと映画のことを考えて、この「テレビでやっていたわけでもない」「少年誌で連載していたわけでもない」、そういう作品を観客に届けるにはどうしたらいいんだろうと、四六時中ずっと考えて走り回ってた。あそこはああしといた方が良かったな、っていうことはひとつもなくて、だから自分としては成功だと思います。
ただ、“ここから”については「まだまだだな」というのはあって。映画って公開中だけじゃなくて、公開後もちゃんとやらなきゃ、忘れられてしまうんですよね。例えば3年前に大ヒットした映画を10個言ってくださいと言われても、ほとんど誰も言えないはず。
だからこそ(公開後にも)ミュージカルにするとか、歌舞伎にするとか、グッズにするとか、アフターケアは色々計画してます。それをしっかりやらないと、やっぱり残らないですから。
例えば「スター・ウォーズ」はちゃんとケアをやっているので、しっかり「スター・ウォーズ」のコミュニティーがあるじゃないですか。やっぱりコミュニティーをちゃんと作って、そのための受け皿となるサービスとか商品とかデザインを全部、1個1個、丁寧にしていくことが重要なんだろうなと。だから映画公開中はもうやれることは全部やったんで、それは成功ではありますが、まだまだ全然終わってないっていう。まだまだ片付いてないな、という感じですね。
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――「プペル」はコロナ禍でも大ヒットとなりましたし、さらにアヌシーやロッテルダムなど、海外の重要な国際映画祭にも出品されるなど、客観的に大きな成功を収めたと言えると思います。ですが、そうしたことが世間にはあまり伝わっておらず、ネットでは「失敗だ」という人もいます。そこに忸怩(じくじ)たる思いはありませんか?
西野:やっぱり知らないですからね。僕も高校生の時ならロッテルダムと言われても分からなかったし、そういうもんなんだろうなと、最近すごく思います。これは映画に限らず、発信をしていると、世間の“共感”を得るものと、“創作”するものの評価って全然違うじゃないですか。
例えば、タレントさんが不倫をしました。それに対して物申しました、というYouTube動画(共感)ならバズって、再生回数もむっちゃ回る。でも「えんとつ町のプペル」の3分の映像(創作)ができましたといっても、これはバズらない。
要するに発信者は常に、“共感”と“創作”の合間で揺れていて。今、どんどんSNSや動画サービスが発達して、みんな“共感”の方にいっちゃってる。ロッテルダム国際映画祭のクロージングで映画が上映されたというニュースよりも、タレントの不倫を扱ってる方が数字がとれるので。
――残念ですが、そうですね。
西野:でもこの間、ラスベガスに行った時に思い知ったんですけど、やっぱり“共感”って海を越えないなって。作品しか、“創作”しか外に出ていかないなと。“創作”は瞬発力がないし、ぱっと見、地味で仕方がないんですけれど、ただ上限がない。時間はかかるけど、ちゃんと作ればちゃんと外に出ていく。だから僕だけじゃなくて、チームのみんなにも「僕たちは愚直に作ろう」と言っています。
やっぱり、僕もそうだし、僕のチームのみんなも、世間の反応に対して忸怩たるものはあると思います。アヌシー国際映画祭ノミネートみたいなニュースは総じて取り上げられなくて、YouTubeチャンネルでカジサックと2人で吉本のことをいじったらすぐにニュースになるんですけどね。だから複雑ですけど、でもそれはもう、背負わなきゃいけないんだなと思ってます。
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――本作で西野さんは製作総指揮という立場でも、企画・制作から宣伝まで一貫して関わってきたわけですが。その背景には、劇団ひとりさんの存在も大きかったと聞きました。劇団ひとりさんといえば、バラエティー番組の「ゴッドタン」でここ数年にわたって、西野さんとの肛門接触も辞さない壮絶な激闘を繰り広げてきた先輩ですが。
西野:そうですね。もともと「映画 えんとつ町のプペル」は、僕は原作・脚本だけで参加するという形でした。「(製作総指揮に関しては)餅は餅屋じゃないですけど、そこは(その道のプロに)お任せした方がいいんだろうなと思っています」って、それこそ肛門をいじられた後にひとりさんにポロッと言ったら、「お前一生後悔するぞ」と言われて。
ハッと思いました。映画がうまくいっても、うまくいかなくても、どっちみち後悔するぞっていう。なんであの時に切符を渡されてたのに、それを取らなかったんだって。「一生後悔するぞ、いけよ」と言われて、そりゃそうだなと。
――肛門はともかく、ひとりさんもクリエイターですから通じるものがあったんでしょうね。
西野:もうどこでその会話してんねんという話ですよ(笑)。前髪も(切られて)なくなってもうてるし、肛門もヒリヒリしてるし。
――でも、そこがすごく感動的です。
西野:多分、僕は日和(ひよ)ってたんですよね。だってそんなこと言い出したら、芸人始める時だって、右も左もわからないまま、いきなり舞台の上に立って始めたわけじゃないですか。しかもあるとき突然、絵本作家ですとか言い出して、急に自分の作品をバーンと出して、これが僕だみたいな感じでやったのに。なんでお前、映画のときだけ、餅は餅屋みたいな、なんで急におとなしくなっちゃってんのっていう。
これって結局、僕が大人ぶっただけで、シンプルに日和(ひよ)ったんだなっていう。それをひとりさんにパンッと言われて。アッと思って。もうその日のうちに、僕が(製作総指揮を)やりますって言いました。
――西野さんが絵本作家になるきっかけはタモリさんの「絵を描きなよ」というアドバイスがあったからですよね。西野さんの人生の要所要所で、先輩の言葉が人生を変えたことになりますね。
西野:確かに。聞いてみるもんですね、先輩の言うことは。そこで「いや、僕はこうだと思います」とか言わずに、すんなりハイって言ってみるもんですね。
やっぱり自分よりも、周りの方が自分のことは見えているんでしょうね。別にひとりさんもタモリさんも、お前には無理だろうと思ってる人には絶対言わないはずですから。言ってくれたということは、何か可能性をちょっとでも感じてくださったということだったんですよね。感謝ですね。
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(C)西野亮廣/「映画えんとつ町のプペル」製作委員会
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