【「シャン・チー テン・リングスの伝説」評論】映画界の逸材が唯一無二のタッチで紡ぎ出す、マーベル新時代の幕開け

2021年9月11日 10:00


「シャン・チー テン・リングスの伝説」
「シャン・チー テン・リングスの伝説」

本稿の執筆前、久々に「ショート・ターム」(13)を見直した。ファンの間で語り継がれるこのインディペンデント映画の中で、いずれキャプテン・マーベルとなるブリー・ラーソンと、「ボヘミアン・ラプソディ」(18)のラミ・マレックが共演していたのが本当に夢のようだが、何よりもデスティン・ダニエル・クレットン監督がいまこうしてマーベル新時代を切り開く役割に大抜擢されたことこそ、予想を遥かに超える出来事だ。

クレットンが奏でる映像には不思議な魅力がある。どんな描写でも決して力まない。常に穏やかでリラックスしたムードが流れ、我々は感情をいたずらに左右されることなくスムーズに物語の内部へと入っていける。今回のようなCG満載の超大作でも、クレットンのタッチは不変。そこがまず無性に嬉しいところだった。

物語の核となる“テン・リングス”とは、古来より歴史の裏舞台で暗躍する組織のこと。その首領として強大なパワーを操る男(トニー・レオン)と、彼の支配から逃れて暮らす主人公(シム・リウ)の父子関係をベースに、本作はいつしか彼らが迎える運命の流転を紡ぎ出す。

プロローグでは「グリーン・デスティニー」(00)や「HERO」(02)を思わせる華麗なアクションが展開し、かと思えば、次の瞬間には公共バスを用いて密室と暴走を掛け合わせたユニークなバトルが勃発。このようなマーベル的なアイディアとダイナミズムに満ちた趣向で観客を魅了しつつ、さらに悠久の時を思わせる創造性豊かなファンタジーの扉を押し開く。この織り成し方が巧い。

様々な立役者がもたらす存在感も印象的だ。トニー・レオン演じる父親像には、どこか悪役として割り切れない影と憂いがあり、その点、彼は「壊れた家族」というクレットンの過去作にも通じる要素を、非常にうまく体現している。

一方、忘れてはならないのが、オークワフィナだろう。次々と起こる事態に口を開けて驚き、ガハハと笑い飛ばし、さりげなく親友を気遣い、どこまでも意気揚々と冒険への道を突き進む。そのナチュラルな表情の楽しさ、面白さ。

本作の奇想天外な面白さを成立させる上で、彼女の果たす役割は大きい。それに「自分の実力を発揮するのをなぜ躊躇うのか?」という裏テーマを突きつけられるのは、決してシャン・チーだけではない。このケイティという、観客にとって最も近くて共感しうる人物もまた、一人の主人公と言えるのかもしれない。

(牛津厚信)

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