【「浜の朝日の嘘つきどもと」評論】タナダユキ監督の個性が滲み出る、映画界への愛貫く提言
2021年9月11日 15:30
タナダユキという映画作家の人柄が滲み出た、何度となく見返したくなるオリジナル脚本の良作が完成した。PFFアワードでグランプリに輝いたデビュー作「モル」から20年弱という年月のなかで、鍛錬を欠かさなかったからこそ何層にも積み重ねられた「タナダユキ」という個性が、押し付けがましさとは無縁のメッセージをダイレクトに観る者へ届けることに成功したと言えよう。
タナダユキは、多才な人である。映画監督以外にも脚本家、小説家、俳優の顔を持つ。映画館が舞台となる今作には実に多くの映画タイトルが登場するが、その中にはタナダ監督が主演している杉作J太郎監督作「怪奇!!幽霊スナック殴り込み!」の名も含まれている。さらに、「青空娘」「東への道」「喜劇 女の泣きどころ」「トト・ザ・ヒーロー」など、統一感がないからこそ厳選したことがうかがい知ることが出来るセレクトに、思わずニヤリとさせられてしまう。
今作は、福島・南相馬に実在する映画館・朝日座を舞台に、茂木莉子と名乗る女性(高畑充希)が地元で100年愛された映画館存続のために奔走する姿を描いている。劇中で高畑と主に絡むのは、莉子の高校時代の恩師で朝日座存続の夢を託す田中茉莉子役の大久保佳代子、朝日座の支配人・森田保造役の柳家喬太郎のふたり。既視感がまるでない組み合わせによる会話の応酬にこそ、タナダ監督の凄味が潜んでいる。
「みんな、映画館がいつでもあると思っているから大事にしないんだ。どこもそう。解体するとなってから惜しまれてもねえ」「良い映画界にしていくしかないよね。まあ、たまには失敗もするだろうけど」……。シネコン全盛期の現代にあってなお、全国各地で地域の人々に愛されてきた劇場がいまも静かに映画ファンを迎え入れている。コロナ禍で大打撃を受けた映画館主、働く人々の心にこれほどまでに寄り添い、激励したセリフもないのではないだろうか。そして、ストレートな愛情表現として映画界への苦言、提言を忘れていないのも、実にタナダ監督らしい。
6年ほど前、タナダ監督と「女性監督という冠表現がいかに時代錯誤甚だしいか」という話題で取材中に盛り上がったことがある。撮影現場で血を吐く思いで作品を背負うのに、男も女も関係ない。そう言い切ることが出来るほどの作品を、毎回ファンの元へ届けているという自負があるからに他ならない。つい見逃してしまいがちな何気ない日常風景や会話の中にちりばめられた“タナダイズム”に唸りながら、「百万円と苦虫女」「ロマンスドール」でタッグを組んだ蒼井優に続き、高畑という新たなミューズを得たタナダ監督の今後の展開に思いを馳せずにはいられなくなる。
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