【挑み続ける男 大友啓史10年の歩み】第5回:「3月のライオン」で問いかけた、プロフェッショナルとしての生き方
2021年4月29日 11:00
10回連載の特別企画【挑み続ける男 大友啓史10年の歩み】。第5回は、「3月のライオン」2部作を振り返りながら大友監督の「本質」を探っていきます。時代劇、アクションエンタテインメント、SF、サスペンスなど異なるジャンルで挑戦を続けるなか、「3月のライオン」はドラマへの回帰作でもあり、またプロフェッショナルとして生きていくとはどういうことかを問うドラマでもありました。なぜ、この作品を選んだのか。俳優・神木隆之介との仕事についても語ります!(取材・文/新谷里映)
「3月のライオン」の映画化のお話をいただいたのは、実は「るろうに剣心」のクランクイン直前でした。そこから「るろうに剣心」シリーズを3本撮って、その間に「プラチナデータ」「秘密」「ミュージアム」を撮って、そして「3月のライオン」を撮ったわけですが、そういうタイミングでこの作品を選んだ背景には「シンプルなものに戻りたい」という気持ちもありました。「プラチナデータ」「秘密」「ミュージアム」のようなガジェットがいらない、我々の日常にあるもの、シンプルなもの(人が生きていくということ、人が生活するさま)を撮りたくなった。けれど、いざ取り掛かってみると、ホームドラマは結構難しいんですよね。
それもありますが、そもそも羽海野チカさんの「3月のライオン」という作品は、どの監督も撮りたいと思うほど魅力的で心惹かれる原作です。主人公は10代でプロ棋士になった青年ですが、(読者や観客を)当事者にさせる物語ですからね。創造物(フィクション)の世界は所詮他人事の世界として映りますが、描かれるその世界にどの程度感じ入るかは、観る人の人生経験によって変わってきます。でも「3月のライオン」は、誰をも引き込んでいく、当事者にしていく、そういう力強い作品です。最初に原作を読んだときに感じたのは、ひとことで言うと「豊かな物語」であること。向田邦子さんのドラマと共通するイメージもありました。穏やかに見えてどこかとげとげしくて、攻撃的で、登場人物全員が戦っているドラマだと感じた。個々それぞれが戦ったり悩んだりして、最後の最後に人の「優しさ」に気付く、そういう映画になればいいかなと思ったんですね。
零くんの場合は、両親が死んで、行く場所がなくなって、父の友人であるプロ棋士の幸田(豊川悦司)に内弟子として引き取られます。不幸から才能が生まれる設定としては、最近の米ドラマ「クイーンズ・ギャンビット」や「アンという名の少女」もそうですよね。そして「3月のライオン」における面白さのひとつが、零くんが将棋を始めたのは生きていくためであったことです。幸田に「君は、将棋は好きか?」と聞かれて、幼いながら自分はここでしか生きていけないと、生きていくためには将棋しかないんだと思って、好きかどうか分からないけど「好きです」と答える。それ以降、すべてを捧げて将棋に必死で取り組んできた。そんな少年が、自分の才能に気付き、将棋を好きかも知れない……と思うまでの成長物語にしたかった。職業と人が向きあう物語は、やっぱり面白いですね。そういう意味でも「3月のライオン」はものすごくいい素材でしたね。
そう、欠けているからこそ才能が生まれてくる、という側面は否定できないような気がします。メジャーリーグで活躍している大谷翔平や菊池雄星、彼らのような優れた若者が僕の故郷岩手から世界に出ているのは、あの震災を経験していることもある。震災を経験し、様々な困難を乗り越えたことで、あの強靭な才能が生まれたんじゃないかと、そんな気がしているんですね。苦境を乗り越えるという意味では、映画の撮影現場にも言えます。ギリギリまで追い込まれて出てくるもの、最後のひと踏ん張りで出てくるものが(表現として、作品として)強かったりする。これからは働き方改革で、もっとゆとりを持って仕事をしていかなければならないけれど、果たしてそういうなかで何が生まれるのか、やってみないと分からないですけどね。
そういうものなんですよね(笑)。
キャラクターのバックグラウンドって、演じる俳優のプロフィールと重なるかどうかも、大切だと思っているんですよね。「3月のライオン」の場合は、神木くんのビジュアルもそうですが、おっしゃる通り「子どもの頃からプロだった」というプロフィールが重なった。この作品に限らず、「ミュージアム」で小栗旬を希望した理由のなかには、彼自身が父親になったばかりで、子供に対する愛情を感じているであろうその時のタイミングと役が重なるかもしれないと思ったからですし。「龍馬伝」の坂本龍馬=福山雅治にしても、幕末のスーパースターと現代のスーパースターという共通点はもちろん、龍馬は高知から、福山さんは長崎から“脱藩”してきたということで、どこか共鳴できるものがあるだろうし。香川照之さん=岩崎弥太郎のキャスティングも、香川さんは歌舞伎の系譜だから弥太郎みたいな役はきっとハマるはずだと思った。挙げたらきりがないですが、そういう意味で神木隆之介と桐山零も重なった。そして神木隆之介という主人公を中心に、豊川悦司がいて、佐々木蔵之介がいて、加瀬亮がいて、染谷将太も有村架純も高橋一生もオールスターキャストが揃って……。
僕はテレビ出身なので、アップサイズが好き、表情が見えるカットが好きなんですね。でも、映画は大画面で観るものなので、引き画が勝負だというのも分かっている。それでも、どうしても役者の表情を捉えたくなるんです。映画館のスクリーンでは、人の顔がアップになると畳8畳分ぐらいになる。そのサイズで表情を観ることができるのも映画ならではなんだよねと撮影の山本英夫さんが言っていて(「ミュージアム」に続いてのタッグ、その後「億男」でも組んでいる)。「3月のライオン」では、山本さんの提案でアナモルフィックレンズを使ったことも僕にとっては新鮮な発見がありました。
対局シーンをそのレンズで撮ることで、将棋盤越しに向かい合う棋士たちの画が、ダイナミックかつ奥行きのある映像になるんです。将棋って退屈なように見えるかもしれないけれど、僕は「盤上の格闘技」と解釈して撮りました。だから、大画面で観たときに、普通では観られない表情、目の動き、瞳に映るもの、対局している者同士の呼吸や息づかいまでもが見えてくる。心の動きが手に取るように分かるような、そんな面白さを感じながら撮っていました。また山本さんは「セットで撮るのはつまらない。ほんとに住んでいる家は撮りづらいけれど、セットで撮る計算された画とは違う画になるから面白い」と言っていて、僕もそれには同感だったので、特に川本家はこだわりましたね。見つけるのになかなか苦戦しましたが、東京の下町の一軒家を借りて、三姉妹役の3人にはそこに一泊してもらったりして、その場所にあるリアリティや現実の生活感をどんどん取り込んでいって、原作の設定を埋めていく感じでしたね。
そのキャラクターが、なぜこういう考え方なのか、なぜそんな技術を持っているのかを考えるときに、職業というキーワードはすごくヒントになるんですね。たとえば「ミュージアム」のカエル男は連続殺人鬼であるけれど、キャラクターを考える際に、彼はどうしてあのようなマスクを作る造形技術を持っているのかということも考えなければいけない。これは「ミュージアム」の造形担当の百武朋さんとの会話から出てきた話ですが、百武さんはハリウッドの特殊造形のマッド・ジョージを師と仰いでいて、そこから色々な話を聞いているうちに、もしかするとカエル男も百武さんのような特殊造形の仕事をしていて、ハリウッドに行くぐらいの技術があったのかもしれない、けれど、ロサンゼルスは日差しが強いから(光線過敏症の彼にはその環境で生きることは難しく)夢破れてしまったのではないか、とか。なるほどと、そういうことも実際に想定しうるわけですよね。そう考えると腑に落ちるし、映画的なケレン味を考えるヒントにもなる。ほかにも「秘密」における職業は脳科学の分析官、「るろうに剣心」だって、元を辿れば剣心はサムライ、という職業ですからね。「3月のライオン」はプロ棋士。プロ棋士の零くんのランクだと年収は750万ぐらいあって、しかもまだ高校生でもあることも興味深い設定だと思いました。でも、彼にとって幸せが何なのかとか、僕自身、映画の中でそういう幸福論を戦わすことには興味がなくて。だって何が幸せか分からなくて皆右往左往している、まさに零くんのような姿がリアルな社会の現実ですからね。そこから彼が何を見つけていくのか、そこにこだわっていきたいなと。
学生の頃、自分はどんな仕事をしたいのか、自分なりに分析したことがありました。家を8時に出て19時に帰宅するとして、通勤時間も含めると11時間近く仕事に関わることになりますよね。1日の約半分ということは人生の半分です。自分の人生の質を決めるのは職だなと思った。でも現実は、仕事は簡単に決められるものではないし、生活のための金銭的対価でもあるけれど、それだけでもなくて。だから自分自身の価値観と合わないと、やり甲斐は持てないだろうなと。ドラマ作品を作る時も、その人物が何の仕事をしているかで考え方は変わってくるんじゃないかなと考えます。その人の個性を創り上げている要素として、家族とかよりも、先に仕事があるのではないかって思ってしまうんですよね。もちろん、それは僕のような仕事人間の考え方であって、当てはまらない人もいるだろうけど、僕にとっては、その人(キャラクター)が、その家族が、どんな仕事をしているのかはすごく大事なメインテーマになってくる。なので、この先もドラマ作品をやるときは職のドラマという側面にこだわりたいなと思っています。
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