「ミッドナイトスワン」内田英治監督&森谷雄プロデューサーが見据える映画のミライ
2021年4月24日 11:00
草なぎ剛を主演に迎え、内田英治監督のオリジナル脚本で製作した意欲作「ミッドナイトスワン」が、第44回日本アカデミー賞で最優秀作品賞と最優秀主演男優賞の2冠に輝いた。授賞式から約1カ月、内田監督とプロデューサーを務めた森谷雄氏に授賞式を振り返ってもらうと同時に、いまどのようなことを考えているのか都内で話を聞いてきた。(取材・文/編集部)
日本アカデミー賞授賞式は新型コロナウイルス対策もあり、これまでのようなメイン会場に一堂に会し、円卓に座って受賞結果を待つというものではなかったため、今作関係者も全員が同じ場で喜びを共有するものにはならなかったようだ。
内田「草なぎさんが受賞したとき、僕は監督賞発表の説明を裏で受けていたんです。そのときに『草なぎ剛』ってコールがあったので、ちょっと待って……ってなりましたね。僕はそこで感動しました。草なぎさんには本当に受賞して欲しかったから」
森谷「監督が舞台裏でスタンバイしている時、待機部屋にいたのは僕と服部樹咲ちゃんだけ。草なぎさんって発表された瞬間、泣きそうになりましたね。樹咲ちゃんの方をパッと見たら、ニッコリ笑っていました」
内田「作品賞の時もバラバラだったんですよね。草なぎさんは主演男優賞発表の兼ね合いで別の場所にいたし、森谷さんは登壇していましたから。待機部屋には僕と樹咲ちゃんしかいなかった。2人ともクールな性格なので、お互いチラ見して、ニヤッとしただけでした(笑)」
授賞式のテレビ放送終了後は、祝福の嵐が相次いだことは想像に難くない。内田監督のもとにはLINEやメールが500件近く届いたという。
内田「返信できないくらい……、嬉しい悲鳴でしたね。日本アカデミー賞って紅白歌合戦みたいですね。お母さんが『泣いた! 嬉しい!』って喜んでくれて、参加して良かったなって思いました。親族もそうですし、スタッフの家族が喜んでくれるのも嬉しいもんですね。若い映像作家たちからも『希望を見出せた』って言われて、そう思ってもらえるのなら、それはすごく嬉しいこと。仕事がなくて食えない時期、バイトで社交ダンスのコンテストのビデオを撮りに行っていた身からすれば、尚更ですよ」
今作は、内田監督が執筆したオリジナル脚本に多くの人が感化され、全員が同じ方向を向いて作り上げたからこそ、たくさんの奇跡を起こしてきたといっても過言ではないだろう。だが、森谷氏の表情はどこか暗い。
森谷「受賞式(金曜日)から数日後、ある会社から連絡がありまして、『うちでもオリジナルで何かやれませんか?』と仰るので、まだ構想段階の企画のプロットを送ったら、『企画としては素晴らしいのですが、監督が有名ではない』と断られてしまって…。ガッカリしましたね。『ミッドナイトスワン』というオリジナル作品が受賞したことに感化されたのであれば、有名監督じゃなくたって一緒に開発していきましょうっていう言葉が欲しかったんですよね」
それでも、授賞式を思い出した森谷氏の目には涙が浮かんでいく。
森谷「かつて『Little DJ 小さな恋の物語』と『シムソンズ』でご一緒した音楽の佐藤直紀さん(今回は『罪の声』で優秀音楽賞を受賞)。僕と内田さんが『スピーチが素晴らしかった』って長澤まさみちゃんと話していたんですね。『内田監督は週刊プレイボーイの記者時代にあなたを取材しているんですよ』みたいな話題で盛り上がっていて。そうしたら、直紀さんがボロボロ泣いていて、『どうしたの?』って聞いたら、『とにかく嬉しいんです。この作品が最優秀で、草なぎさんが主演男優賞であることが嬉しいんです。ただ、それだけ伝えたかった』って……。ああ、やばい、泣けてきた(涙)」
内田「一緒に登壇していた監督陣から『おめでとう』って言葉をかけてもらって、なんか称え合った感じがしてすごく嬉しかったですね。映画って争う道具じゃないというのが、監督をやっていれば分かるものなんですよね。映画に1位も2位もないというのが、作り手であれば基本的に心の奥底にある。それがそういう瞬間に出てくるから、素敵ですよね」
今回の受賞で、ふたりが今後さらに映画製作をしやすくなる環境が訪れることを願って止まない人は、決して少なくないだろう。だが、ふたりの話を聞いていると、ただ「仕事がしやすい」環境を求めているわけではないということも浮き彫りになってくる。
内田「何か企画ありませんか? と聞かれることはすごく多いです。ただ、オリジナル専門みたいに思われているけど、そういう訳でもありません。要は、クリエイター発信の企画がやりたいんです。『この原作が空いた!』でも『この原作が取れた!』でもなく、作り手が優位に立てる状況下で映画を作っていきたいですね。いまって原作の方が偉いって考え方ばかりで、それだったら監督は誰でもいいわけですから」
森谷「プロデューサー目線でいうと、内田さんの中にはある種、社会の側面を切り取ったものだけでなく、娯楽性を含んだ発想をたくさんお持ちだし、シニカルなコメディの要素など引き出しがたくさんある。だから内田さんの色々な視点、異なった視点の作品を観て頂くという流れが起きた方がいいんじゃないかと思います」
内田「インディペンデントの世界では、具体を重ねていくことが難しいんですよね。5年前は予算500万くらいの映画を撮っていたわけです。それが徐々に上がっていって、今回は億のバジェットで撮れました。具体化できたわけなので、力になります。次は更にバジェットを上げてオリジナル作品を撮りたい。今だったら出来そうな気がする。森谷さんがバックアップしてくれるはずですし」
昨年末にふたりを取材した際、新しい企画を開発中であることを耳にしていたが、その後の進捗は順調だろうか。「ミッドナイトスワン」のような題材のみならず、ふたりのタッグでいろいろなタイプの作品を観てみたいと伝えてみると……
内田「もうちょっとで出て来そう」
森谷「僕はいま、待っている状態です(笑)。どんなことを考えているかはまだ話せませんが、みんながクスクス笑いながら、ワクワクしながら観る娯楽作というものを提示していくのも面白いんじゃないかなという気もしています」
内田「僕も色々なタイプの作品がやりたいですね。アクションも、コメディも。インディーズだから社会派っていうわけではなく」
ふたりはいま、アメリカでの撮影を見据えているとも明かしてくれた。
内田「森谷さんと出会ってから立てた企画は、大変そうなものばかりなのに意外と実現しているんですよ。めちゃめちゃ大変でしたけど、ニューヨークとロサンゼルスで短編も撮りましたから、今度はアメリカで長編が撮りたい。今だったら撮る自信があります。アメリカと韓国で撮りたいですね」
森谷「そんなことを意識すらしていなかったのですが、母親に『日本一を取っちゃったね』と言われたんです。そういう風に見えるんだと。じゃあ今度は世界へ出てみたいと思ったんです。凄く難しい世界だとは理解しているけれど、そこを内田さんと一緒に目指してみたい。アメリカはもちろん、韓国やアジア諸国の映画人たちに負けない作品を作るという自負もありますから」
内田「超ベストセラー原作をビッグバジェットで撮るというのを、自分の映画人生の最終地点には絶対にしたくない。今回、いただけるとは思ってもみなかった賞をいただけたわけですから、(海外進出を見据えて)頑張ってみる価値はあるかなと思っています」
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