【コラム/細野真宏の試写室日記】「花束みたいな恋をした」。恋愛映画の名作は緊急事態宣言下でも響くのか?
2021年1月28日 09:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」に続き「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」の公開延期も発表されるなど、やはり「不要不急の外出自粛」を求める緊急事態宣言の影響は小さくないようです。
確かにこの2作品は、通常の作品よりも高い興行収入を狙えるポテンシャルがあるため、この状況下での延期は仕方ないのかもしれません。
今のところの個人的な感触では、緊急事態宣言中に公開すると、平時の時に比べて3割前後の入場者の減少が予想され、大規模な作品ほど厳しい状況と言えそうです。
とはいえ、通常の「興行収入10億円を目指す」といった規模の作品まで延期してしまうと、本当に映画業界のダメージが大きくなってしまうため判断が難しい局面と言えます。
強いて言えば、「大規模公開作品が延期になる」と、映画館サイドの上映作品が減ることによって、配給会社には「プラス要因」も出てきます。
映画館サイドの上映作品が減ると、「新作が当初の公開規模よりも上映館数が増える」ことや、「それまで上映されていた作品の公開期間が長くなる」ことなどが起こり得ます。
つまり、当初の見込みより3割前後の入場者の減少が予想されても、公開期間が長くなり、最終的には落ち込みを減らせる効果も期待できます。(ただ、あまりに入りが少ない作品は、早めに上映が終わってしまうリスクもありますが)
さて、今週末は、1月29日(金)公開の「花束みたいな恋をした」に注目したいと思います。
理由は新作で公開規模が最大級であることに加えて、作品の出来も非常に良かったからです。
配給は東京テアトルとリトルモアの共同で、昨年に試写で見る前は「これは小さな公開規模の作品だろうな」と思っていました。
ところが実際に見てみたら、かなり良質な作品で「これは小さな規模では勿体ない」と感じました。
そこで宣伝の人に聞くと、本作は「中小の配給会社」としては珍しく、「それなりの大きな公開規模の作品になる想定」とのことでした。
それが、今回の緊急事態宣言の流れも加わり、公開が350館規模と超大作映画並となっています!
本作は、何といっても「脚本が面白い」というのがあります。
脚本は、坂元裕二ということでしたが、見る前は、正直「スルー」していました。というのも、坂元裕二という名前は知っていても、自分の中では「クオリティーが高い作品」と結びつかなかったからです。
ただ、本作を見終わった後に、あまりの脚本の完成度に「あれ?」と思って調べてみると、「なるほど」に変わりました。
まず、坂元裕二という脚本家を認知していたのは当然で、連ドラ関連でよく名前を見かけていたからでした。
19歳の時に「第1回フジテレビヤングシナリオ大賞」を受賞してデビューし、日本の連ドラが絶頂期だった「フジテレビの月曜9時枠」のいわゆる「月9」において最も多く執筆した脚本家、とのことです。
連ドラ業界では、今なお活躍しているのですが、私は連ドラまで見る余裕がないので認識があまい面がありました。加えて、これまで坂元裕二は映画にはほぼ関わっていなかったことも関係していました。
その理由は、本人が本作のインタビューで「自分の資質が完全に連ドラ向きだったから」と答えています。
これまでも、あの「月9」ドラマの脚本家作品といった触れ込みで作られた「ラブストーリー映画」は、それなりに作られてきていました。ただ、正直なところ「そこまでの目新しさは感じられない」といった結果でした。
その意味では、坂元裕二脚本というポテンシャルは読みにくいですが、実際に見てみたら、なるほど、今なお連ドラ界で数々の名作を生み出していることもあり、珍しく「さすが」と思えました。
まず、主人公の2人を中心にラブストーリーが展開されます。もちろん、そんな映画は世界各国で膨大に作られていて、例えば昨年の日本では又吉直樹×行定勲監督の「劇場」などがありました。
「劇場」の場合は、男の主人公が劇作家を目指していて、世間から認められずに苦しみ、彼女が健気に支えるといった設定でした。
もちろん「劇場」の設定も面白いのですが、私は圧倒的に本作の「趣味趣向が驚くほど似ている2人」という設定のほうが新鮮でした。
これだけピッタリ合っている2人がどんなことになっていくのか?
たとえるなら、「ぼくを探しに」という絵本の“片割れ”が見付かったような2人です。こんな出会いがあれば、楽しいに決まっていますよね。
そんな「究極的」ともいえる、ごくごく普通の2人が出会う2015年から2019年の5年間を中心に描いています。そして、冒頭は2020年から始まります。
「脚本の面白さ」は、この設定だけではなく、とにかく「2015年から2019年の5年間」をリアルに描くために当時を彩る「実名」のオンパレードとなっています。
ネタバレしにくいネタを1つだけ言うと、ある清水崇監督作品のタイトルが挙がり、軽く、ユーモラスな感じでdisられています。
ちょうど清水崇監督の「樹海村」が1週間前に先行公開されることになり、本作の公開とぶつかったのは、完全なる偶然ですが、私はそんな運命的な偶然も含めて「本作の面白さ」が現れていると感じています。
また、本作の製作委員会は面白く、テレビ東京、テレビ大阪、BSテレビ東京が出資に参加していますが、TBSの土井裕泰監督作となっています。
これは、製作委員会のトップが、TBSスパークルというTBS関連会社だからなようです。
土井裕泰監督は、直近の「罪の声」も良かったですし、ようやく完成度が定まってきた印象です。
そして、主演を務める菅田将暉、有村架純の演技も非常に上手く、平時であれば興行収入10億円を狙えるレベルの作品でしょう。
「コロナ疲れ」という言葉が象徴的ですが、特にこのところ、私は映画を「不要不急」のものとは思えません。(入りが悪いと劇場の規模がどんどん小さくなっていき、作品が体感しにくくなってしまいます)
すでに1年近くもの間、マスク越しの会話がスタンダードになっている今こそ、こうした「現実感のある平時の心動かす映画」も響いてほしいと願います。(もちろん、従来のような映画館の感染対策の徹底に加えて、観客もしっかりと映画館に従い感染対策をするのは大前提ですが)
なお、本作は予備知識は要りませんが、「さわやか」という「静岡県」の超有名な炭焼きハンバーグ店の名前だけは覚えておいてください。舞台は基本、東京なので、この「さわやか」だけは必要な予備知識となっています。
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