【「シカゴ7裁判」評論】半世紀前の“政治裁判”を映画化。企画当初の意図を超えた現代性に感嘆
2020年12月13日 17:00
数十年も前に起きた事件とその裁判を題材に商業映画を作る理由は、単なる懐古趣味であるはずは当然なく、今の観客に響く要素を伝えられる(それゆえ商業的にも成功する)と考えるからだ。
1968年8月のシカゴで、ベトナム戦争反対を訴えるデモ隊と警察が衝突し大勢が負傷する事件が起きる。その5カ月後、暴動を扇動したとして諸派のリーダー格8人が刑事告訴される。この間、ジョンソン民主党政権からニクソン共和党政権へ政権交代しているのが第1のポイント。当初被告に含まれていたブラックパンサー党幹部ボビー・シールは、元々事件現場にいなかった上、権威主義的な判事から人権侵害と差別的な扱いを繰り返し受けたことも重なり、検事からの提案で告訴が取り下げられる。体制側の白人から黒人市民に対する差別が第2のポイントだ。
舞台劇用に書いた戯曲を自ら脚色した「ア・フュー・グッドメン」で脚本家デビューし、膨大な量の台詞を俳優たちに語らせる会話劇を得意とするアーロン・ソーキンは、この裁判を題材とするシナリオを2007年に書き上げていた。時はブッシュ共和党政権の2期目で、熱心な民主党支持者のソーキンはイラク戦争で大勢の命が奪われる当時の状況を60年代に重ね、さらには政権交代への気運を後押しする意図もあったと想像される。だが翌年の全米脚本家組合のストによる影響でスティーブン・スピルバーグが監督から降板し、製作が中断。結局、2017年の「モリーズ・ゲーム」で監督業に進出したソーキンが、自身のメガホンで完成させたのがこの「シカゴ7裁判」だ。
被告7人のうち、エディ・レッドメイン、サシャ・バロン・コーエン、ジョン・キャロル・リンチが演じる3人の描写に重きが置かれる。経歴も性格もばらばらで衝突しがちな被告らを、うまくとりなして誠実に裁判を進めようとする弁護士役にマーク・ライランス。前司法長官(マイケル・キートン)への私怨から新司法長官に無理筋の告訴を命じられながらも、職務と正義を貫こうとする若手検事にジョセフ・ゴードン=レビット。そして憎々しい判事役にはフランク・ランジェラ。演技達者な俳優たちによる熱のこもった台詞の応酬で浮き彫りになるのは、この裁判が人権と言論のための闘いだったということだ。
時は流れて2020年。批判的な報道や論評をフェイク扱いして言論を軽視し差別的な言動も繰り返すトランプ大統領から、民主党が政権交代をほぼ確実にする11月の大統領選の約1カ月前に、本作の配信がNetflixで始まった。そしてもう一点、今年はブラック・ライブズ・マター運動が盛り上がりを見せたことも忘れてはならない。かくして「シカゴ7裁判」は作り手であるソーキンの当初の意図を超えて、現代の文脈にふさわしい、世相を象徴する重要作となった。この歴史的な巡り合わせが感慨深いのと同時に、言論の自由と差別なき社会を今なお世界が確立できずにいる現実を突きつけられるようでもある。
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