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【若林ゆり 舞台.com】宮本亞門が愛する映画「チョコレートドーナツ」の舞台版で東山紀之に見た“孤高”とは?

2020年12月6日 14:00

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舞台版「チョコレートドーナツ」の演出に挑む宮本亞門
舞台版「チョコレートドーナツ」の演出に挑む宮本亞門
撮影:若林ゆり

映画界では時々、ちょっと地味なのに映画ファンの熱意と口コミによってヒットを飛ばす作品が現れる。2014年に日本で公開された「チョコレートドーナツ」も、まさにそんな映画。公開当初はたった1館でスタートしたのに、あれよあれよという間に上映館数は140館まで広がり、ロングランヒットを記録したのだ。(取材・文・写真/若林ゆり)

物語は魂を寄せ合う3人がたどる、切なくも異色のラブストーリー。1970年代末、歌手を夢見ながら口パクのドラァグクイーンとして日銭を稼ぐゲイのルディと、隠れゲイとして生きてきた検察官のポールが恋に落ちる。ふたりはダウン症のある孤独な少年マルコに愛情を抱き、家族になろうとするのだが、3人の愛は偏見と差別に引き裂かれてしまう……。ルディを演じたアラン・カミングが最後に見せる絶唱が、見る者の心を揺さぶる珠玉作だ。

この作品が、舞台になる。演出は、これまでミュージカルからオペラまでさまざまな舞台を手がけ、ブロードウェイでの演出作品(「太平洋序曲」)がトニー賞候補になった経験もある、宮本亞門だ。彼にこの作品への思い、コロナ禍におけるエンタテインメントへの熱意を語ってもらった。

宮本と映画「チョコレートドーナツ」との出合いは、日本公開の時。コメントを求められて鑑賞し、「非常に感銘を受けた」そう。

「メインで描かれている3人がマイノリティばかりなので、一見『かわいそうな人たち』というくくりになりがちな映画だし、正直に言うと、ヘビーな展開です。でもマルコ役のアイザック・レイバが見せる笑顔は印象的でしたし、アラン・カミングのあまりにも素晴らしい、『命を削って演じているな』と感じさせる演技には目を見張りましたね。人間ってここまで無心になれるんだ、『この子を守りたい』と思ったらここまで突っ走れるんだと。周りからは反対されて、勝ち目もないのに。そういう設定が僕は元々好きで、キュッときちゃうんです。『バベットの晩餐会』もそうだったけど、痛みをもつ人が誰かのために自分を犠牲にしてまで必死でがんばって、次々と目の前に高い壁が立ち塞がるんだけど、それを『まだ越えよう、まだ越えよう』としている姿に感動してしまう。だからアラン・カミングが演じたルディの姿には、ものすごく胸を打たれました」

舞台化のオファーを受けたときは、もちろん「ぜひ、やりたい!」と手を挙げた。

「もうアメリカで誰かが舞台化していると思ったら、まだだというので驚きました。それで、ちょうど来日していたトラビス・ファイン監督と京都で会って。すぐに意気投合しました。映画の印象から『ルディのように痛みをもった人なのかな』と思っていたら、大らかに話す人でね。繊細で優しくて、明るくて。ゲイではなくストレートなんですけど、いろんな人間に興味を持っている人。『ぜひ君にやってほしい』と言ってくれて。なんだか昔からの友だちみたいな気がするほど心地よく、楽しい時間でした。それから6年もかかっちゃったんですが、やっと実現できます」

画像2

カミングが渾身の演技を見せたゲイのパフォーマー、ルディ役にあたるのは、東山紀之。脆さも惨めさも見せる熱い人物に、クールでカッコいいイメージしかない東山とは意外な気もするが……?

「僕も最初は意外でした。東山さんにはどうしてもスッとした、クールな印象があったので。でも彼は、この台本を読んで興味を持ったという。映画のカミングを見たら、この役をやることに怖じ気づく人もいると思うんですよね。しかもこれ、汚れ役ですよ。それを承知で彼は受けた。会ってみると、とても正直なんですよ。話していたら、思った以上にクールではない部分が見えてきました。自分の女装した写真を見て母親に似ていると思ったとか、いろいろな経験や感情をさらけ出してくれた。そして稽古初日から、これは生半可じゃないなという覚悟を見せてくれています。彼はそんなに表情が出るタイプではないので、マスク越しだとわかりにくいんですが(笑)、とにかくあたたかいんです。ジャニーズの後輩たちがあれだけ慕うのもわかる。後輩たちの面倒を見たり、みんなを思って『がんばろうよ』と励ますところもあるし、それでいて変にベタつかない。そういう“孤高”という感じがルディと似ているなと思います。『どうしてそんなに苦しみ悩みながら、ひるまずに進み続けるの?』と思わせるものが、東山さんにはあるんですね」

映画でギャレット・ディラハントが演じたポールには、谷原章介

「谷原さんのポールを映画より若くして、ルディより7~8歳年下という設定にしています。なぜなら谷原さんは聡明な方で落ち着いているので、ヘタをするとルディよりしっかりして見えちゃうんですよ。ポールは悩める思春期みたいに自分が出来上がっていない、不安定な役なんですけど、谷原さんはかなり出来上がっていらっしゃるから(笑)。もっと悩んでいただきます」

マルコ役(ダブルキャスト)には、ダウン症のある子役のふたりをオーディションで選出した。

「ダウン症のある子たちって発想が自由でユニークで、さびしそうな子が多いのかなと思ったら、まったく逆。それは楽しそうで、みんなキャッキャと騒いで、遊園地みたいなオーディションでした(笑)。この役であんまり元気がありすぎても困っちゃうんですけど。今回、演じてくれるふたりは正反対で、丹下開登くんはちょっと内向的な恥ずかしがり屋さんだし、高橋永くんはすごくオープンな子。それぞれの表現でマルコを演じてくれています。この子たちは僕らが想像するような演技をしないんですよ。それがかえって魅力的で生々しく、ストレートにポンと響くことがあるんです。彼らには計算なんかないですからね。気持ちでやるから。よくいる“器用な子役”とはまったく違う、純粋無垢な魅力があるんです」

画像3撮影:若林ゆり

宮本といえば、黒澤明監督の名作「生きる(1952)」を、躍動感溢れるミュージカルに仕立て上げた人。今回も映画へのリスペクトを込めつつ、舞台ならではの魅力にこだわっているのは言うまでもない。

「ファンの多い映画の舞台化は、すごいプレッシャーですよ! でもそのプレッシャーが僕は好きなんですね。『やっぱり映画のほうがよかったじゃない』と思わせたくないのと同時に、『舞台版も映画とは違うよさがあったよね。また映画を見直したくなったね』と思ってほしい。このふたつが両立してほしいので、ただ映画をコピーしたようなものは絶対に作りたくないんです。映画とは違う魅力が出せていれば、舞台化した意味がありますからね。『チョコレートドーナツ』はマイノリティへの差別の話になりかねないけど、僕は本質はそこではないと思っていて。『これは誰にでも起こりうることだよ』と言いたいんです。例えば、女性だって結婚はしたくないけど子どもがほしい、という方もいるだろうし、自分で産まなくても誰かと育てたい人もいる。でも今の法律では、それは依然、難しいというのが現実です。彼らだから、ではなくて、誰もが自分にとって『家族って何なんだろう?』とか『愛するって何なんだろう?』、『周りの人が認めてくれること、くれないことの違いは何なんだろう?』と考えるところにテーマを広げたい。そして最後にはやっぱりあの曲(「I Shall Be Released」)で、『希望の光はあるよ』と伝えたいですね」

宮本は昨年、前立腺がんの手術を経験。復帰直後にコロナ禍で、取り組んでいたオペラ「蝶々夫人」のドイツ公演やブロードウェイ・ミュージカル「The Karate Kid」(映画「ベスト・キッド」のミュージカル版)が中止になるなど、次々と困難に見舞われた。しかし「人生に無駄な経験なんてない」とポジティブに考え、「上を向いて生きる」(幻冬舎刊)という本を上梓。その強さの秘密は?

「僕にとっては前向きになることがそんなに難しいことではなかったんですよね。例えば『チョコレートドーナツ』が公演中止になったとしても、僕はそんなに驚かないと思う。今これをやらせてもらっていることがすごく嬉しいし、中止になっても絶対に無駄にはならないし次につながるし、いつかもっといいタイミングでできるに違いないと思うから。あらゆることをそういう風に、ポジティブに思えちゃうんですよ。何かがあってブレーキをかけられたとしても、僕の人生はそんなことだらけだったので、もう驚かなくなっちゃった(笑)。むしろ『おお、今度はこれが来たか、これを乗り越えられるのかな?』って、どこかでそれを楽しめてしまう。コロナ禍だって、自分自身の生を見つめていろいろなことに気づけるチャンスだと思うんです。僕だってがんになったり人の死に直面したりしたら、その時は落ち込むし混乱しますよ、一瞬だけど。でも、考えれば考えるほどこの人生、そういう経験もプラスにして生きてこられたなと思うから。『生命には限りがある、うじうじ悩んでいる時間がもったいない』と思うし、『今、自分は生かしてもらっているんだ』とエネルギーが出てくる。考え方さえ転換できれば、何ひとつ怖いことはないんですよ」

ポール役の谷原章介(左)と、マルコ役を演じる高橋永(中)、丹下開登(右)
ポール役の谷原章介(左)と、マルコ役を演じる高橋永(中)、丹下開登(右)

稽古場でも、コロナ禍の今だからこそ、エンタテインメントの力を強く感じる日々だという。今だからこそ、エネルギッシュな彼の心はますます熱く燃えている。

「やっぱりコロナ禍で、みんないろいろなことに気づいたと思うんです。家族といる時間の大切さだとか、人恋しさを感じている人が大勢いる。そのことがエンタテインメントと結びついていると思うんですよ。そこに人がいて実際にやっているということは、すごいことで。劇場の客席に、今までにないような“求める”気がうわーっと渦巻いている。だからこそ、舞台にかかわる人たちが熱くなって、一番いい舞台を作っているんじゃないかな。ただ『仕事だから』じゃなくて、それ以上のものだと思っているから。すごく大切な瞬間なので記憶にとどめたいと思うし、僕はそれを絶対に慣れさせたくないと思います。死ぬ瞬間まで、新鮮に自分自身を感じられる、他人(ひと)のことも敏感に感じられる状態でいたい。そういうアンテナを研ぎ澄ましていたい。また何か起こらないとそういうアンテナが錆びついちゃって『まあ、いいや』と思うことのないようにね。作り手みんながそういう感覚でいるから、エンタメがもっと人の心の奥深くに響くんだろうなと思います。やっぱりこれ、心だから。お金のことじゃない、心が一番大事。コロナ禍の中でお客さんの心に届けることが、僕たちの今やるべき仕事だから。それを信じ切って進むだけです」

PARCO劇場オープニング・シリーズ「チョコレートドーナツ」は12月7日~30日、東京・PARCO劇場で上演される。21年1月には長野・上田、宮城・仙台、大阪・梅田、愛知・東海でも公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/program/choco/)で確認できる。

なお公演を記念して、映画「チョコレートドーナツ」が12月11日から24日にかけて、東京の渋谷パルコ8F WHITE CINE QUINTOでアンコール上映される。


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