田辺・弁慶映画祭5冠「おろかもの」は最強の座組みだった 芳賀俊監督「皆が想定を超えるから、僕は泣く」
2020年11月19日 10:00
田辺・弁慶映画祭5冠を獲得した映画「おろかもの」の座組みは“最強”と言える。その布陣を端的に表すとしたら「キングギドラのもとに、アベンジャーズが結集した」というものだ。同じDNAを有する3人組が、2人の女優に惚れ込んで完成させたのは“新感覚シスターフッド・ムービー”。その製作背景には、映画へ注がれた多大な愛、そして数えきれない涙が存在していた。(取材・文・写真/編集部)
監督の芳賀俊と鈴木祥、脚本の沼田真隆が日本大学芸術学部映画学科で出会ったことで、本作の種はまかれることになった。「沼田君は元々天才だと思っていました。彼が在学中に執筆したのは、学生には作れないような内容。それこそ映画村のような場所を全部燃やさなければいけないものだったんです(笑)。僕と沼田君は撮影コース、鈴木君は監督コース。一緒に撮影をしていた仲間で皆好きな映画が一緒――つまり、DNAが同じという印象だった。まさにキングギドラのような感じだったんです」と語る芳賀監督。卒業後は、機材屋で1年半知識を学び、現場へと出るのだが「映画の世界は“自分で1本持つ”というまでが長いんです。現場で日々を過ごしていると『自分たちの力で、もっと面白い映画が作れる』と感じることが多かった」という。
芳賀監督「『ターミネーター2』が好きなんですが、T-1000のような存在を生み出せなくても、カメラポジションの制限さえなければ、同様のアングル、カット割りは出来ます。お金がなくても面白い映画は撮れると、常日頃から思っていました。映画の現場を渡り歩くうちに、素晴らしい役者、スタッフにも出会っていったので『アベンジャーズのように結集して面白い映画を作りたい』と思い始めたんです」
芳賀監督の「村田唯、笠松七海を主演に映画が撮りたい」という思いを受け、沼田が脚本を執筆。結婚を目前に控えた兄の浮気現場を目撃してしまった高校生・洋子(笠松)と、浮気相手・美沙(村田)が奇妙な“共犯関係”を結ぶ――そのストーリーを初めて沼田から聞かされた時、徹夜後だった芳賀監督の眠気は興奮で吹き飛んだ。
芳賀監督が抱く村田、笠松への思いは、恋と言えるほどの熱量がある。「2人に共通しているのは、撮っていて幸せな気持ちになるというもの」と話しつつ、兼任したカメラマンとしての理念を明かす。「カメラマンは、最初の観客。カメラマンが感動しなければ、観客も感動しないと思っています。僕が観客だとしたら、どういう表情に感情を動かされるだろうという考えがあるんです。本作のテーマのひとつは『見ること』。七海は見る時の表情が優れていますから、この映画は洋子が『何かを見る』というシーンから印象的にスタートさせたかった。一方、唯は見られている姿が良い。この2人であれば、相互関係がハマるだろうと思っていました」と説明する。
「空(カラ)の味」(塚田万理奈監督)で芳賀監督と巡り合った笠松は「とにかくずっとカメラの後ろで悶えている人という印象で、今も変わっていないんです。時折“カメラがない”という感覚になることもあります。つまり、芳賀さんが見ているだけなんです」と語り、自身の監督作「密かな吐息」に芳賀が参加していた村田も「芳賀ちゃんの思いが空気で伝わってくるんです。それに突き動かされているなって、現場にいるとよく思うんです」と信頼は厚い。やがて、それぞれが向き合うことになった洋子と美沙への思いも吐露してくれた。
笠松「近いものを感じたので、いわゆる役作りと言うものはすることはなかったんです。でも、私には兄がいないので、そこを想像だけで補うというのが一番難しかった。しかも両親がいないという設定。どこまで兄に寄りかかっているのか、その存在がどれほど大きいのか。でも、兄・健治を演じたイワゴウサトシさんがお兄ちゃんとして居てくれるのがお上手な方だったので『妹としていなきゃ』という不安はなくなりました」
村田「この人のことは絶対に守らなきゃと思っていました。美沙は思いがまっすぐなのに、上手に生きられない人。その愛らしい不器用さが、仲の良い友達の経験に通じるものがあったんです。その友達を見つめていた時の思いが、どこかで残っていたのかもしれません。美沙と全く一緒じゃなくても、同じような感情を抱いた女性はたくさんいるはず。そういう人たちに、美沙を通して何かを感じてほしかったんです」
本作を鑑賞していると、ある強い意思を感じた。それは「なかったことにされそうな者を、物語の力で救う」というものだ。「僕の友達にも美沙と同じような子がいて、今でも苦しんでいる。その子に見てほしいんです」という芳賀監督。鈴木監督、沼田とともに“女性をきちんと描く”という信条を貫き通している。
芳賀監督「アメコミ映画を見ていると、娯楽作としての一面だけでなく、裏側に様々なテーマが内包されています。僕らも言いたいことはいっぱいあったので、観客のことを楽しませつつ、きちんとしたテーマを盛り込みたかった。逆に言えば、日本映画にはなぜそういう作品が少ないのかという不満や怒りもあったんです。僕自身は映画に救われた人間です。観客を愛しながら、何かを持ち帰ってもらいたい。美沙のような人がいる。どうとらえるかは自由ですが、まずは存在しているということを知ってほしい。それを伝えたいがために作ったような作品なんです」
思い出深いシーンについて尋ねると「広木健太さんが演じる倉木が大好きなんです。何回見ても笑っちゃう。アドリブの共演シーンでは、2人でふざけ過ぎて、初めて芳賀さんに怒られてしまいました(笑)。それくらい好きなんです」(笠松)、「イワゴウさんが『はい』というセリフで繋ぐバーのシーン。憎めないダメさ加減が良いんです」(村田)と楽しげに振り返る。一方、芳賀監督は「撮影現場が一気に引き締まった」という場面を語りだした。
芳賀監督「洋子と健治が墓参りをする場面、実は脚本にないことが起こっています。当初は20カットくらいに割る予定でしたが、通し演技のマスターショットを使用することに。というのも、七海は脚本通りに動くというよりも、役を生きちゃう女優。脚本にはない想定外の動きが生まれ、人と人がぶつかり合うシーンになったんです。僕は号泣しながらカメラを回していました」
変化という点においては、タイトルの決定にも紆余曲折あったようだ。「バージンロードを逆走せよ」「白痴になり村に火を放て」という突飛な案もあり、最終的には平仮名表記の「おろかもの」に。「漢字にすると上からジャッジするようなイメージが出てしまい、それが嫌でした。人って、絶対におろかものなんですよね。何かを愛している時は、絶対におかしくなる。それを否定ではなく、肯定としてとらえたかったんです」(芳賀監督)という明確な理由があった。
監督2人という体制だったが、笠松は「芳賀さん、現場で『皆、監督だから』と仰ってました。それぞれが『自分はこういう風にやりたい』と意識していました」と告白。すると、芳賀監督は「最強のメンバーを集めたつもりでした。全員、自分に誇りを持っていましたし、それぞれの得意分野をいかす形で進行していったんです」と補足する。
芳賀監督「七海は脚本に10書いてあると、いつも4500で返してくる。もちろん、唯もそうです。演じる人物とひとりで向き合っている役者は、僕らでは追いつけないレベルに達しています。良い役者は、役について人生単位で向き合っていますし、僕らより理解しているに決まっている。僕らはそれをとらえるしかないんです。笠松七海は、洋子という人間の監督。村田唯は、美沙という人間の監督。皆が想定を超えてくるから、僕は泣くんです。『皆、最高のものを作ってくれてありがとう』と。想像以下の人なんてひとりもいませんでした」
最後に、これからも続くであろう映画製作への思いを尋ねてみた。芳賀監督の言葉を借りるのであれば、その答えは「想定を超えた」もの――彼らの発言に耳を傾けながら、さらなる活躍への期待が高まり続けた。
芳賀監督「怒りと悲しみを感じられる人は、愛がある人だと思います。愛する存在が傷つくから、悲しんだり、怒ることができる。映画って、愛がないと作れないと思います。この考えが僕が映画を撮るうえでの原動力。これからも、その意識を持って映画を作り続けたいです」
笠松「何より映画の現場で働くことが好きなんです。コロナの自粛期間、ずっと家にいたんですが、ある日、感情が溜まりすぎて……。芝居で発散しないとパンクしてしまうと思ったんです。これまではそんな風にお芝居をしたいと思った事はなかった。私は映像の現場で働いているうちに、感情を外に出していたんだなと気がつきました。お芝居が大好きですし、今は映像の現場に俳優部として携わっていきたいです」
村田「私は、人のことを疑いやすいんです。でも、本当は信じていたい人間。映画を作る時、なおかつ良い作品が出来る時は、それぞれの大切なものを持ち寄り、信じ合えている時間があるんです。それはとても幸せな事ですし、良いものを生み出せた瞬間というのは、自分の支えになります。映画は、完成までに時間がかかりますよね。お客さんに届くまでの工程が長いから、その分感動が大きい。苦しいこともありますが、お客さんに『よかった』と言ってもらえるだけで、その苦しみは全部忘れてしまう。その一言で自分の人生が救われたような感覚。だから、映画に関連する全てのものに生かされている気がしているんです」
「おろかもの」は、「田辺・弁慶映画祭セレクション2020」期間中にテアトル新宿にて11月20日、12月4~10日、シネ・リーブル梅田にて12月18~24日に上映され、その後全国順次公開。
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