【世界の映画館めぐり】インドの黒澤明、サタジット・レイを生んだコルカタでシネコンを体験
2020年4月5日 10:00
[映画.com ニュース]日本でインド映画ブームのきっかけとなった「ムトゥ 踊るマハラジャ」をはじめ、近年も「ロボット」「バーフバリ」など世界的な大ヒット作を生み出している映画大国インド。映画.comスタッフが、東インドの大都市コルカタの映画館を体験してきました。(※2019年末の渡航レポートです)
インドは国が定めた公用語2つ(ヒンディー語、英語)のほか、州別に18もの言語が公用語として定められ、それ以外にも地域別に200以上の言語が話されている多言語国家。我々日本の劇場で見られるような、大規模なヒット作は、主に北のヒンディー語、南のタミル語、テルグ語をメインに作られています。しかし、東に位置するコルカタは、西ベンガル州周辺とお隣のバングラデシュで話されるベンガル語を話す地域で、なんとベンガル語話者の数は2億人以上。そこには独自の映画文化があるのです。
インド映画といって皆さんがまずイメージするのが、“マサラムービー”と呼ばれる歌って踊る、陽気な娯楽作品かもしれません。しかし、ダンスのないドラマ重視のインド映画ももちろん存在しており、カンヌなど世界の映画祭でも独自の存在感を見せています。踊らないインド映画の監督として最も有名なサタジット・レイは、コルカタ生まれ。マーティン・スコセッシ監督は「20世紀の偉大な映画監督のうちのひとり」といい、フランシス・フォード・コッポラ監督も大きな影響を受けたと公言、黒澤明監督は、「レイの映画を見たことがないとは、この世で太陽や月を見た事がないに等しい」とコメントするほどの巨匠です。代表作は日本でも公開された「大地のうた」3部作、ベルリン銀熊賞受賞作「ビッグ・シティ」など。ちなみに、ノーベル賞詩人のラビンドラナート・タゴールもコルカタ出身で、ベンガル語での詩歌をいくつも残し、文学者だったレイ監督の父との交流もあったそうです。
街を散策すると、あちこちにあるショッピングモール内にシネコンが入っていたり、年季の入った老舗劇場がいくつも。現地の映画情報サイトによると、50近くの劇場があるようです。街中では、新作映画のポスターはもちろん、撮影やアニメーション、VFX技術を身につけられる映画学校の広告も見かけました。
筆者がコルカタを訪れたのは、年末年始の休暇。しかし、インドの正月は暦が異なるようなので、12月31日に花火が上がるイベントが開催されましたが、元旦はどこも通常モード。2020年初日に、ショッピングモール「Cinepolis シネポリス」というシネコンに行ってみました。こちらはメキシコの資本なのだそう。メキシコとインド、地理的にも文化的もだいぶ違いがありそうですが、新興国同士のビジネスはそんな距離もひょいと越えるようです。
スーパースターのラジニカーント、ニック・ジョナスと結婚し、「マトリックス4」への出演も噂されるプリヤンカー・チョープラーら、スター俳優を輩出しているボリウッドの新作も気になったものの、せっかくコルカタに来たからには、ベンガル語の作品を見たいと思っていました。散策中に、スター俳優の写真ではなく手描き看板風の気になるポスターを発見。ネットで検索したところ、ベンガル映画、しかも、サタジット・レイの息子であるサンディープ・レイ監督の作品だったので、こちらに決めました。
チケットを買って中に入ると男女に分かれてボディチェック。飲食物の持込が禁止のようで、ペットボトルの入ったカバンごと預けることになりました。作品タイトルは「Professor Shonku O El Dorado(ションク博士とエルドラド)」。鑑賞料金は160ルピー(約230円)。クリスマスに封切られたばかりだったので上映は250席くらいの広めで、シネスコ寄りの横長スクリーンで鑑賞。スタッフさんが客席通路に待機し、「ナマステ」の挨拶で観客を迎え入れます。そして暗転すると、なんと大スクリーンにたなびくインド国旗が映され、国歌が流れました。周りを見渡す限り、特に起立などはしなくてよさそうでした。ちなみに、インドの国歌「ジャナ・ガナ・マナ」はコルカタが生んだタゴールの作詞・作曲によるもの。すがすがしいマーチのような楽曲でした。
国旗掲揚も終わり、さて次は予告編かな?と思っていたところ、なにやら不穏な音楽で突如禁煙を啓発する映像が流れたのです。EUなど海外で販売されているタバコのパッケージに、喫煙が引き起こす病気の写真が貼られているのは知っていましたが、この映画館では患者と病変部、そして手術のシーンまでが流れます。モザイクやぼかしなど一切ないリアルな映像は、比較的ホラー耐性のある筆者も目を覆いたくなるほどの恐ろしさ。最後には一命を取り留めたものの、通常の生活を送れなくなった患者が、(言葉はわかりませんが、おそらく)「後悔しています」と浮かない顔で反省の弁を述べて終わります。この映像が男女の患者2パターン連続で流れ、その後は車や家のCMと新作予告という流れでした。
ようやく本編までたどり着きました。映画は、上述した巨匠サタジット・レイの小説が原作のSFでベンガル映画の名優ドリティマン・チャタジーが主演。英語字幕がついているので、7割程度は理解できました。田舎に住んでいる男が超能力を持ち、その力を有効に使うことのできる科学者とともに学会かなにかでブラジルに行く。そして、金に物を言わせを力を悪用する人々とひと悶着あるものの、アマゾンに行き、エルドラド(黄金郷)を発見する…といったあらすじです。コルカタ近郊の素朴な田舎町から一気にリオ・デ・ジャネイロに飛び、そしてアマゾンロケまで敢行されており、そのスケールの大きさに驚きます。
レトロな筋書きと最新VFXを駆使したわかりやすい娯楽映画ですが、ドイツの鬼才ベルナー・ヘルツォーク監督がアマゾンで撮った衝撃作「アギーレ・神の怒り」へのオマージュのようなシーンも。サタジット・レイは、映画だけでなく、デザイナー、小説家、音楽家でもあった才人。日本だと伊丹十三監督が近いのでしょうか。父の才能を受け継いだサンディープ監督は、ミュージシャンでもあるそうで、映画音楽も自分で作るそう。この作品に歌い踊るシーンはありませんが、民族楽器を用いてインド風にアレンジされたサンバ、ボサノバ調の楽曲が非常に心地よく、インド映画の豊かさを感じました。
本編は94分と比較的コンパクトな作品ですが、ボリウッド映画でおなじみのインターミッション(休憩)が入ります。そして、休憩明けにまたあのホラーな禁煙啓発映像、CM、新作予告から後半が始まるのです。
このシネコンで座席に着くと、スタッフが飲食のオーダーを取りに来ます。宗教上の理由からかアルコール類の取り扱いはなし。ホットコーヒーを注文してみました。ちなみにインドといえば世界的な紅茶の産地。道端では立ち飲みのチャイが20円くらいで売られていますが、インドでコーヒーは高級品のようです。私のオーダーの仕方が悪かったのでしょう、なぜかカプチーノが届きました。お会計は400円。街中に立ち並ぶローカル料理が美味しすぎて、映画館のフードを食べる余裕がありませんでしたが、ポップコーンやカットピザ、マサラ風味のホットドッグなどが売られていました。
近年の映画では、失踪した夫を探す妻を描いたサスペンス「女神は二度微笑む」(15)、デブ・パテル、ルーニー・マーラが共演した「LION ライオン 25年目のただいま」(16)などの舞台となり、活気に溢れ混沌としたインドらしい光景が広がる大都会コルカタ。レトロな路面電車にバスやタクシー、さまざまな様式の建築物が残る街並み、数々の映画に登場する、聖なる河ガンジスの支流フーグリー川にかかるハウラー橋は必見です。
また、日本では、コルカタを含めたベンガル地方を旅しながら、タゴールが残した歌曲の魅力を掘り起こすドキュメンタリー「タゴール・ソングス」が待機中。コロナウイルスの影響で、映画館へ行ったり、海外渡航が難しい状況になってしまいましたが、コルカタはインド映画ファンにはとても魅力的な街。サタジット・レイ監督作はじめ、コルカタを映した様々な作品も配信されているので、是非インターネットでいろんな情報をチェックしてみてください。
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