【海外ドラマ用語辞典:第2回】いよいよパイロットの脚本執筆!だが、そのほとんどは墓場行き
2019年11月2日 11:00
[映画.com ニュース] ゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの業界用語を通じて、ドラマ制作の内部事情を明かします!
ネットワーク局がピッチを購入すると、いよいよ新ドラマ企画は脚本執筆の段階に突入する。
だが、発注されるのは1シーズン分ではなく、たった1話だけ。実は、この段階において放送は約束されていない。というか、実現の可能性はかなり低い。テレビ局の重役たちは口頭による説明を気に入ったので、とりあえず1話分の台本を書かせてみようと思っただけ。まだ「シーズン」としてコミットしたわけではないのだ。
試験的に作られる1話はパイロット・エピソード、略してパイロットと呼ばれる。パイロットには「(飛行機を)操縦する」という意味のほかに、「導く」「水先案内をする」という意味がある。パイロット試験(pilot study)やパイロット調査(pilot survey)など、本格的な活動を始める前に行う試験的な行為を指す際に用いられる。パイロット・エピソードは、レギュラー化を検討するために作られる見本のことだ。
テレビドラマのパイロットは、第1話が対象だ。ドラマの第1話といえば、小説の最初の数ページと同様に非常に大事だ。なにしろ視聴者を一刻も早く物語のなかに引き込まなければ、チャンネルを替えられてしまう。だから冒頭で視聴者の注意を惹きつけるイベントを起こし、そのまま登場人物や物語世界を紹介しながら物語を展開していく。そして、1話が終わるころには、ぜひとも続きを見たいと思わせなければいけない。
パイロットは試験的に作られるサンプルだから、理屈上はどのエピソードでも構わない。それでも第1話が選ばれるのは、ネットワーク局のドラマにおいてもっとも重要なエピソードだからだ。視聴率次第で簡単に番組が打ち切られるアメリカのテレビ業界を生き抜くためには、第1話で一定数の視聴者を獲得できなければならない。だから、台本の段階でそれだけの魅力と潜在能力を持ちあわせている必要がある。テレビ局の重役をひきつけることができなければ、スポンサーがつくことはないし、放送が実現することはないのだ。
基本的には購入したピッチの分だけパイロットの台本が集まるので、70本のピッチを購入したとしたら、70本の台本が仕上がってくることになる。このなかから実際にパイロットの制作が行われるのは、局の事情にもよるが、多くても20本程度。大雑把に言えば、7~8割がボツになる。新ドラマの開発は、ピッチを聞く段階ではほとんどコストがかからないが、パイロット台本の発注、制作の発注と、プロセスが進むごとに経費がかさんでいく。パイロットを1本制作するのに400万ドルほどかかるため、テレビ局側は慎重にならざるを得ないのだ。
かくして脚本家やプロデューサーが情熱を傾けたテレビ企画の大半がボツとなる。ただし、パイロットの台本に可能性を見いだしたテレビ局の重役が、書き直しを命じたり、ほかの脚本家にリライトを発注する例もある。たとえば、大ヒットとなったミステリードラマ「LOST」は、もともとジェフリー・リーバ―という脚本家が「Nowhere」というパイロット台本を米ABCに提出していた。「キャスト・アウェイ」や「サバイバー」に影響を受けた無人島のサバイバルドラマで、飛行機事故の生存者たちが毎回、さまざまな苦難を乗り越えていくという凡庸な設定だった。何かが足りないと感じたロイド・ブラウン会長(当時)は、同局の人気スパイドラマ「エイリアス」を手がけていたJ・J・エイブラムスに相談。すると、エイブラムスは超常現象を持ち込むアイデアを提案し、デイモン・リンデロフと共同でわずか数日でアウトラインを作成。そのアウトラインに感激したブラウン会長は、パイロットの制作にゴーサインを出した。
完成台本なしでパイロットの制作に突入できたのは、すでにパイロット・シーズンの中頃に入ってしまっていたことに加えて、決断力があるリーダーに恵まれていたからだ。実はこのブラウン会長は、「LOST」のパイロット制作に1300万ドルもの予算をつぎ込んだ責任を取らされて、「LOST」の放送開始前に解雇されてしまった。親会社ウォルト・ディズニーのマイケル・アイズナー会長兼最高経営責任者(当時)が「絶対にうまくいくはずのないクレイジーな企画」とこきおろした同番組は、初回の全米放送で1800万人もの視聴者を獲得し、ABCを代表する人気ドラマに成長したのはなんとも皮肉な展開である。
もっとも、ボツになるはずだった台本が蘇った「LOST」は特殊な例で、ほとんどの台本は誰にも知られることなく消えていく。
しかし最近、新たな試みが行われている。シチュエーションコメディを専門とする脚本家のアンドリュー・ライヒは、ロサンゼルスのナイトクラブで「デッド・パイロット・ソサエティ」というイベントを立ち上げた。これはロビン・ウィリアムズ主演の「いまを生きる」の原題「デッド・ポエッツ・ソサエティ」(死せる詩人の会)をもじったもので、直訳すれば「死せるパイロットの会」となる。ボツになったパイロットの台本を役者たちが朗読するイベントで、ある日は22分のコメディドラマの台本が3本朗読された。このイベントの目的はパイロットを別の局に売り込んだり、ボツにしたテレビ局の決定を批判するためではない。紙の上にしか存在しないドラマを、たった一回だけでも生身の役者に演じてもらい、それを観客と共有することに意味があるのだ。脚本家が情熱と労力を注いで生み出だしたものの、決して世の中に出ることのないドラマを供養する場として機能しているようだ。
パイロット(pilot):テレビ番組がレギュラー化される前に制作される見本で、第1話が対象。
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