「私たち家族全員、血がつながっていないんです」 新鋭ふくだももこ監督が映画を撮る理由
2019年9月19日 10:00
[映画.com ニュース] 人間には時々、たったひとつの言葉により人生が急旋回し、予想もしない方向へ進んでいくことがある。映画監督・ふくだももこにとって、その瞬間は大学1年生の夏休み前に訪れた。
「課題で“200枚シナリオ”というのがあって。2時間尺のオリジナル脚本をつくるんです。脚本家の先生と面談し、『物語の話はともかく、君の話をしてよ』と言われました。これまでの生い立ちを話すと、『それ、めちゃくちゃおもしろいよ!』。私たち家族は全員、血がつながっていないんです」
ふくだ監督の最新作「おいしい家族」(9月20日公開)は、「おもしろい」と褒められた、そんな生い立ちから出発している。
2019年8月21日、夕暮れが迫る神奈川県某所の一軒家でインタビューを行った。ふくだ監督が映画監督仲間と暮らす家だ。夏休みに遊びに行った祖母の家、といったノスタルジックな居間に招かれると、母・晶子さんを紹介してくれた。この日のために、料理をつくりに来てくれたのだという。テーブルにつくとビールが注がれ、手料理が次々と運ばれてきた。普通の取材ではまず経験できないシチュエーションで、対話が始まった。今にして思えば、ふくだ監督の人柄は、こうしたところにも現れていたのだ。
ふくだ監督は1991年に大阪府茨木市で生まれた。高校卒業後は上京し映画を学び、2013年の卒業制作「グッバイ・マーザー」で業界の話題を集めた。16年には小説「えん」を発表し、第40回すばる文学賞の佳作を受賞。28歳と若いが、映画監督・小説家の両面で才能を発揮する注目の新鋭だ。最新作「おいしい家族」は、実家に帰ると父が“母”になっていた、しかも居候の男性と「新しく家族になる」という――、そんな騒動から始まる優しく温かい家族の物語を紡いでいる。
「新作は自身の生い立ちから」と書いたが、何もふくだ監督の父が母になった、という体験があるわけではない。物語は“血のつながらない家族”や、“多様性”についてのテーマを内包している。ふくだ監督は「0歳、おそらく産まれてすぐ。産んだ人が育てられなかったんでしょう。私を施設に託していきました」と語り始める。
「母(晶子さん)は子どもが産めない体でした。『でも、子どもがほしい』と。そんななか新聞に載っていた里子の記事で、私の名を見つけた。3歳離れた兄もいるんですが、彼も私とは別の施設で育ち、両親に引き取られた養子です。つまり、私たち家族は全員、血がつながっていないんです」
自分が養子だと聞かされたのは、小学校1年生のときだったという。「母はそれまでもずっと小出しにはしていたみたいですが、私自身が養子という概念を理解できたのが小1くらいでした。それに対して『え、ほんまのお母さんじゃないん……?』というショックもなかった。『へえ~!』くらい。母いわく、聞いた次の日、学校の友だちに『うち、ほんまの親ちゃうねんて!』と言いふらしていたらしいです。おもろい話聞いたで~くらいの感じで。アホですよね(笑)」と振り返る。
インタビューする間、インターホンが何度も鳴り、ひっきりなしに客が訪れた。映画ライター、出版社の編集者、文筆家、映画配給会社の宣伝スタッフ、映画製作会社のプロデューサー……。彼らはビールや菓子を手に集い、テーブルや冷蔵庫はすぐに差し入れでいっぱいになった。取材を続行しながら、同時に食事会も始まった。
事前に「いろんな人が来る」と聞いていたので、状況に戸惑うことはなかった。性別も年齡も職業もさまざまな人が集まり、分け隔てなく語り合い、お互いを受け入れるこの空間に、むしろ心地よさを覚えた。そして、なるほど、とも思った。ふくだ監督の作品には、こうした“良さ”が反映されているのだろう。
中学生の夏休み、ふくだ監督はバレーボール部を辞め、自室にこもりがちになった。そんなとき、父親が映画館へ誘ってくれた。2人でシネコンやミニシアターに足繁く通い、「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」「かもめ食堂」など多様な作品に触れた。劇場にいる時間は、嫌なことも忘れられた。「全部違うけど、あれもこれも同じ“映画”なのか」。映画をつくってみたくなった。
高校生活を送っていたある日、特に関わりがなかった社会科教師から「映画をやりたいんだって? 今村昌平監督がつくった映画学校があるよ」と教えられた。日本映画学校(現・日本映画大学)だった。大失恋の痛手もあり、見返す気持ちで卒業後は地元を離れ上京した。そこで、冒頭の200枚シナリオの話に立ち戻る。
「生い立ちを『おもしろい』と言われて、すごく嬉しかったんです。目の前がぱあっと開けたような。今まで同級生に話したときは、みんなどうしても『お、おう』と面食らわれた。同情されるのも何か違う、と思っていたんです。そんななか、シナリオの先生に面白いと言われて、『そうか、私はこう言ってほしかったんだ!』と気づいたんです。かわいそう、大変やな、でもなく、興味深いと。それで、自分の人生の話を脚色して、200枚シナリオに書いたんです」
すなわち、誰かに受け入れられる、ということ。それだけで、周囲の世界はまったく異なる性格を見せ始めた。救われたような気がした。生い立ちが表現者としての武器になった気がした。だから、ふくだ監督は自身と同じ“血のつながらない家族”を描き、“違うということ”を受け入れる「おいしい家族」をつくった。“世間の普通から外れてしまった人々”にそっと寄り添い、心を癒すことを願って――。
ビールとかいう幸福の味がする飲み物のおかげで、食事会はいつの間にか宴会にかわっていた。終電の時間が近づいてきたので、おいとますることにした。次はいつ、ここに来られるだろう。居間から漏れ聞こえる大勢の笑い声を背に、ぼんやり思った。
ふくだ監督と晶子さんが見送りに来てくれた。玄関で靴を履き、礼を言うと、ふくだ監督はこんなことを口にした。
「自分の心を表現することって、めちゃめちゃ大事だと思うんです。例えば凶悪犯罪者でも、もしも犯行前に心の表現方法を何かひとつでも得られていたら、エネルギーの方向性を変え、別のことに生かしたり、どうにかなったのかもしれない。難しいことかもしれません。理想論かもしれません。……でも、ただただ1人でも多くの人に、自分の心を表現する方法に出合ってほしい」
電車のなかで、その言葉がリフレインしていた。
「おいしい家族」は、9月20日から全国で封切り。なお、ふくだ監督が出演した映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」が、YouTube(https://youtu.be/IXoCcGlatfs)で公開されている。
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