是枝裕和監督が対峙した、対極に位置する仏女優カトリーヌ・ドヌーブとジュリエット・ビノシュ
2019年9月12日 13:00
[映画.com ニュース] 第76回ベネチア国際映画祭のオープニングを飾った、是枝裕和の最新作「真実」。昨年カンヌでパルムドールに輝いた「万引き家族」に続く注目作であり、カトリーヌ・ドヌーブ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークら、スターを起用した是枝監督初の外国映画として反響を得た。大役を全うし、いまだ高揚した面持ちの是枝監督に、現地で話を聞いた。(取材・文/佐藤久理子)
海外の辛口批評家たちがしばしば口にすることは、「監督が勝手のわからない異国の地で撮った作品は、あまり成功しない」というものだ。文化の違いゆえに、よほど気をつけなければ不自然でいびつなものになってしまうからである。
だが、是枝監督が初めてフランスで外国人キャストと撮った最新作「真実」は、そんな「異邦人監督」が陥りやすい罠をやすやすとかわし、是枝監督らしいテーマである家族の繊細なドラマを、いい意味でフランス人の手によるかのような違和感のない作品に仕立てた。少なくとも、オープニングを飾った今年のベネチア国際映画祭の反響をみる限り、成功と言える。公式上映とともにプレス試写でも拍手がわき起こり、コンペの星取り票では、映画祭では評価されにくい軽妙なコメディにもかかわらず上位につけた。業界誌のバラエティは、「最初から最後までハイレベルなウィット、大胆さ、活気に満ちている。境界を超越した、驚くほどしなやかで成熟したおこない」と技量を評した。
是枝監督もベネチアの反響を振り返り、自負をのぞかせる。「3大映画祭のコンペ受賞作は、どちらかといえばこってりした油絵が好まれる傾向にあると思うのですが、今回僕はそことは違うところに玉を投げているという思いが、作っているときからありました。もっと軽いトーンで、秋のパリの水彩画を描くかのように作った。日差しに溢れた、ほかほかするような感じで、観客に劇場を出て欲しいなと。自分が望んだ形には仕上がっていると思います」。
「真実」は、もともと是枝監督が16年前に書いた、女優のほぼひとり芝居の戯曲から出発したものだ。ドヌーブとの出会いによって、それを女優の母と脚本家の娘の設定に変え、ビノシュを加えた母娘のドラマを中心に描くことになった。
脚本段階からドヌーブと密に連絡を取り合った本作は、いわば是枝監督のドヌーブに宛てたラブレターだ。最近はコメディ映画への出演も増えているものの、これほどチャーミングでウィットに富み、軽やかに魅力的な彼女は見たことがない。エゴイストなのに憎めない、まさに女王のような存在。ドヌーブといえばこれまでは「クールビューティ」のイメージが強かったが、是枝監督にとってはむしろこちらのドヌーブこそが、イメージだった。
「会ったら想像通りの人だったんですよ。あらかじめ長いプロットを渡してからミーティングをしたんですが、彼女はプロットを読んでこなくて、雑談をしました。いつもタバコを吸う場所を探して、ちっともじっとしていない(笑)。そして言いたいことを喋って、『あなたとはうまくいくと思うわ』と言って帰っていった。え、まだプロットも読んでいないのに、と思ったんですが(笑)、僕もうまくいきそうな気はしたんです。そのあと脚本を書くにあたって、彼女とやりとりが始まった。でも彼女自身の生い立ちから引用しているところはあまりないです。ただブリジット・バルドーについてのセリフや、『自分のDNAを継ぐ女優はフランスにはいない』というセリフなど、彼女自身が以前語った言葉から拝借しているものはあります。僕にとって彼女の魅力は、怖いものがないところ。フランス映画の中心で輝き続けてきたという自信もあるでしょうし、わがまますらチャーミングで、軽やかなところですね」
物語は、秋のパリを舞台にした、ある家族の7日間を描く。自伝の出版を待つ大女優ファビエンヌのもとにニューヨークで脚本家として知られる娘のリュミールと夫ハンク(ホーク)が、娘を連れて訪れる。だが、自伝の草稿をチェックしたいという願いを母から無視されていたリュミールは、ちょうど届いた自伝を一晩で読み、良き母親を装ったファビエンヌの「でっちあげ」に怒りをぶちまける。リュミールの記憶のなかにはさらに、ファビエンヌと今は亡きライバル女優サラに関する秘められたエピソードがあった。
コメディとはいえシリアスな母娘の対峙が混ざり、毒のあるユーモアのなかに達観した人生観がのぞく。映画業界の舞台裏を揶揄したセリフも諧謔(かいぎゃく)的なら、ファビエンヌの生き様はドヌーブのそれと重なり、見る者に錯覚を起こさせるような「遊び」が心憎い。
直感型のドヌーブと、こつこつと積み上げて行くタイプのビノシュという、真逆のふたりには、異なるアプローチで演出をしたという。
「ドヌーブは子どものような人で、飽きたら終わり。でもいいテイクのときの集中力は素晴らしく、これだ! というのがわかりやすい。一方のビノシュは、やればやるだけ満足するタイプなので、80%でOKを出して、でもそこで終えると本人にはストレスなので、もう1回やって100%でOKをかける。彼女は最初、ドヌーブの前でナーバスになっていましたが、イーサンが来てくれたおかげでとてもリラックスしました。彼は僕のやりたいことを100%わかってくれていて、人間的にもすごく包容力があったので、彼の存在は大きかったですね。映画を作るのに大事なのはビジョンの共有で、言語の共有じゃないから大丈夫、と言われました」。
「フランス語はわからない」と言いながら、「ストレスは本当にありませんでした」と振り返る是枝監督。その影にはもちろん、入念な準備とともに、繊細なコミュニケーションをはかるスキル、自分の求めるものに対する確かなビジョンがある。
「フランス映画だからこうしなければ、というような線引きはしない。自分がふだんやっていることをどうしたら同じように、意志の疎通をはかりながらスタッフ、キャストと一緒にいいものが作れるかと考えたし、そのために周到なスタッフィングも時間をかけておこないました。これでつまらなければ逆に自分のせいで、異文化のせいにできないという状況で作れたのは良かったと思います」。
紛れもない是枝映画にして、見たこともない是枝作品。そんな新しい体験を、しかと目撃したい。
Amazonで関連商品を見る
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。