南沙良、即興芝居への挑戦で再確認した“感じたことをそのまま返す”という心構え
2019年8月23日 08:00
[映画.com ニュース] “役者・南沙良”の確固たるセンスに触れたいのであれば、大崎章監督作「無限ファンデーション」の鑑賞がうってつけだ。全編即興芝居によって構築された異色の青春映画で生き抜く彼女は“南本人”なのか、それとも自らの内から生み出したキャラクターか――予定調和から遠く離れた“道”を、彼女は軽やかに歩いていた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
音楽と映画の祭典「MOOSIC LAB 2018」長編部門の女優賞とベストミュージシャン賞を獲得した本作で南が演じたのは、人付き合いが苦手な女子高生・未来。服飾デザイナーになる夢を胸に秘め、退屈な日々を過ごしていたところ、ウクレレを弾きながら歌う不思議な少女・小雨(西山小雨)と出会い、未来の服のデザインに興味を示したナノカ(原菜乃華)から、衣裳スタッフとして演劇部に誘われる。戸惑いつつも心を開いていく未来。やがて、彼女たちのひと夏は思いがけない方向へと走り出していく。
「台本を読んだ感想は?」という定石の質問は、今回ばかりは通用しない。台本のない状態での即興芝居。リハーサル時、全体の流れ、大まかなあらすじの説明はあったようだが「皆がそれぞれ『本当に大丈夫なんだろうか』と不安を抱いていたんです」と振り返る南。その不安を払拭することになったのが、ひと時をともに過ごすことになった“未来”へのシンパシーだった。
南「未来は自分と重なる部分が、あまりにもあって驚いてしまったんです。私も洋服を作ることが大好きでしたし、性格もすごく似ているんです。特にそう感じたのは『自分の思っていることを、なかなか人に伝えることができない』ところ。だからこそ、演じやすかったんです」
「とても自由にやらせていただきました。リハーサルの時も、大崎監督から『未来になってやってもらえればいい』と言われてましたから。本当に楽しかったです」と嬉々として話すが、いとも簡単に“未来になる”ということは可能なのだろうか。「そうですね――出来ます」と笑顔で頷く南。演じるキャラクターと向き合う際には「役を飲み込む」という意識を心掛けているため、“未来になる”という作業を難なくこなせるのだろう。さらに、この“飲み込む”というワードは、対話のシーンでもキーとなっていく。
南「相手からもらう言葉も全く想像がつかないシチュエーションで撮影が進んでいきました。だからこそ、セリフを事前に考えてしまうと失敗に繋がるかなと思いました。実際にお芝居のなかで受けた言葉を“飲み込んで”、自分の中から出てきた言葉をそのまま相手へとぶつける。この感覚が気持ち良くて、新鮮でした」
まるで呼吸をするように芝居と向き合う――この真価が特に発揮されているのは、物語の本筋から少し離れた家庭内でのシーンだろう。母親役を演じる片岡礼子との2人芝居、大崎監督から告げられたのは「会話をしてください」というシンプルな言葉だった。「その言葉に対して『わかりました』と言って、すぐに本番です(笑)。あの時は、今までにない緊張感がありましたね。私はあまり頭の回転が早い方ではないので、『この質問には、こう返そう』ということが考えられなかったんです。とにかく片岡さんが投げてくれた言葉を、なんとかしようと必死でした」と話す。撮影はアングルを切り替えるという作業以外は、リテイクはなし。大崎監督は、各シーンで役者から発せられた“生の言葉”を重視していたようだ。
「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」でも披露していたが、南の“泣きの芝居”には毎回心を奪われてしまう。人目をはばからず鼻水を垂らし、心の底から泣きじゃくる熱演を見せているのだが、その姿が映画という記録装置に刻まれてしまうことを「全く気にしない」という。「私にとって、泣いた時に鼻水が出てしまうのは、ごく自然なことなんです。出る時もあれば、出ない時もある。そこまで特別に考えていないんです。ただ、現場では気にしていないんですが、試写を見た際に『私、こんなに出ていたんだ…』とショックを受けることも(笑)」と笑顔を浮かべた。自身にとって、そして登場人物の心情として自然なことであれば、どんな姿でも見せる――根っからの役者気質を兼ね備えているのだ。
「自分ではない“誰か”になりたかった」という思いを経て、役者の世界に飛び込むことになった南。“役を演じる”という、本来の自分から飛躍する行為の支えとなっているのは、プライベートの時間だ。
南「自宅で“生活らしい生活”をすることが一番楽しいんです。朝、目覚まし時計に頼らず、鳥の鳴き声、お母さんの呼びかけで目が覚める。ご飯を食べて、家の掃除をしたり、お散歩をして、美術館を巡って――家に帰ると、お花が1輪飾ってある。そして、ゆっくりと寝る。そういう“生活らしい生活”が好きなんです」
「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」で多数の映画賞を獲得し、1月4日に放送された「ココア」でテレビドラマ初主演、そして「居眠り磐音」で時代劇に初挑戦し、20年春には新たな主演作「もみの家」が待機している。今後も飛躍し続ける南にとって、本作への参加はどのような意味を成したのだろうか。
南「一番最初に出演した『幼な子われらに生まれ』の撮影時には、映画がどのように作られていくのかもわからない状態でした。でも、その時に三島有紀子監督からいただいた『お芝居をしなくていい』という言葉がずっと心に残っているんです。それは『相手から貰ったものに対して、感じたことをそのまま返せばいいだけでいい』ということ。今回、即興の芝居をしてみて、その言葉が“今”に繋がっているなと再確認できたんです。事前に決めた言葉ではなく、自分のなかから出てきた言葉を相手に返す――それは、とても良いことだなって感じるようになりました」
「無限ファンデーション」は、8月24日から東京・新宿K's cinemaほか全国順次公開。
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