劇団「玉田企画」玉田真也、監督デビュー作「あの日々の話」で提供する“俯瞰の目線”
2019年4月27日 08:00
[映画.com ニュース] “カラオケオール”とは、理性を保ち続けなければならない現実から、手軽に離脱できる手法なのかもしれない。声を枯らすほど歌い叫び、笑おうが、泣こうが、怒ろうが、日常における常識は、その密室空間では極力見て見ぬふりをしてくれる。だが、油断は禁物だ。現実が一瞬でも顔をのぞかせてしまえば、心の内に生まれるのは「一体何をしていたんだ……」という後悔の念。劇団「玉田企画」主宰・玉田真也の映画監督デビュー作となった「あの日々の話」(公開中)は、そんな“身に覚えのある思い”を徹底的にほじくり出している。(取材・文/編集部)
ある大学サークルの代表選挙が行われた夜。OBや現役生ら男女9人が残り、二次会でカラオケに興じていた。女子たちが席を外した際、ある女子学生のカバンからコンドームが見つかり、男子メンバーのテンションは急上昇。一方、女子グループでは、OGと現役生の間でなにやら不穏な空気が漂い始めていた。そして、締めとなる決起会――和やかに終わるはずだったが、ある人物の発言をきっかけに“全人間関係”が次々と破綻へと追い込まれていく。
ベースとなったのは、「玉田企画」が2016年に上演、18年に再演した同名舞台。玉田が大学の演劇サークル在籍時に見た“ある光景”から着想された。「1年生が行う新人公演というものがあったんですが、その打ち上げの二次会が必ずカラオケボックス。打ち上げ用の部屋、荷物を置く部屋、寝たりまったりしたい人のための部屋が作られ、やがて必ずカップルが成立する“お祭り状態”になっていました。部屋を行き来しつつ、朝までオールするというシチュエーションのなかに、男女の関係が築かれていく――その時間が面白いと思ったんです」とストーリーのヒントを得たようだ。
9人が集ったカラオケルームを度々覆うのは、得も言われぬ「変な空気」。そこへ失言だけでなく、余計なフォローが加わることで、その密度は次第に濃くなっていく。「僕が面白がってしまうのは、気まずいことを言ってしまった後、皆がそれに気づいて、空気がどよめく瞬間。そしてそれに気づいた人が何かを起こして、さらに変な感じになっていく。日常でもよくあることだと思うんですが、そういう瞬間に反応してしまうんです」と明かす。この“空気を描く”という細やかな手法、演劇の世界にのめり込んだ初期から通底していたものではなく、ある転機を迎えた結果だった。
「演劇を始めた頃は『ナイロン100℃』が好きだったので、ナンセンスなボケを入れてみたり。『青年団』に所属してから、今の方向性にグッと近くなりましたね。所属している役者の皆さんは“日常の芝居”の技術を身につけようとする方々。彼らと組むことによって、“空気を描く”という手法がやりやすくなったんです」
映画化のスタートは、初演時にもタッグを組んだキャストの近藤強が放った「映画を撮らない?」という一言。その後、話が立ち消えそうになった頃合いに、企画にも名を連ねる山科圭太の後押しがあり、まずはパイロット版を製作することになった。その撮影で“映画作りのイロハ”を学び、新たなキーパーソンとの出会いで、製作は一気に加速する。「周囲からは『初監督だったら短編がいいんじゃない?』と言われましたが、長編の方が出しどころがあると考えていました。そこで仲の良かった深田晃司監督に相談したら、クラウドファンディングの利用を進言されました。ふと思い浮かんだのが、『MotionGallery』代表の大高健志さん。 独立映画鍋の飲み会でお会いしていたので、改めてお話をさせていただこうと思ったんです」
そして、MotionGalleryの映像製作レーベル「MOTION GALLERY STUDIO」の第1弾長編映画として船出した「あの日々の話」。玉田監督がスタッフ全員と共有したのは「舞台の実況中継のような作品にはしない」という信念だ。「例えばカメラをポンと置いて、引きの画で撮るとします。芝居が面白ければ見てはいられますが、それは“映画ではない”。きちんとカットを割り、映画なりの組み立て方で、カメラがその場に入っていくようにしたかった」と妥協はしない。ここで自らが立ち向かう映画の世界から、参考書ともいえる1本の作品を手に取ることになった。
元々、マーティン・スコセッシ監督作「ミーン・ストリート」、エドワード・ヤン監督作「カップルズ」といった「社会の中心から外れた若者たちの群像劇」が好きだった玉田監督。監督デビューを迎えた際に目を向けたのは、ロマン・ポランスキー監督がヤスミナ・レザの舞台劇「大人はかく戦えり」を映画化した「おとなのけんか」だった。「カメラマンの中瀬慧さんと共有しました。これくらい上手く撮れないかと。(舞台が原作にも関わらず)きちんと映画になっている作品」と振り返る。当初は実際のカラオケボックスでの撮影も想定していたようだが「カメラのポジションが限定される」と懸念を抱き、セットを組むことに。壁や天井、床下にカメラを設置することで、アングルを次々と変化させ、登場人物たちを“観察する”というイメージが飛躍的に強調された。
苦心したのは、カット割りだ。「演劇の場合は、お客さんがカットを割っているという印象です。それぞれのリアクションを(自らの目で)撮っている。勿論、視線の誘導はしますが、その点においては自由度が高い。でも、映画の場合は画面に映る人の表情だけ。他の人の顔は見えない――編集で悩みましたね。この場にいる全員が面白いのだけれども、グループショットにしてしまったら、その面白さが薄まってしまう。その点に関する悩みが多かったです」と告白しながらも、「映画の場合、カット割りのギャグがあるんですよね。ある瞬間に狙った人物を意識的にとらえると笑えてしまう。演劇の場合、そういうものがないので、成立した瞬間は新鮮でした」と映画表現ならではの魅力にも気づいたようだ。
パワハラやマウンティング、世代間ギャップなど、人間社会の縮図を生々しく描くワンシチュエーション会話群像劇――初演と再演、同じ一夜を描きながらも、時代の流れとともに、観客の反応は変化していった。
「18年の再演時は、ちょうどハラスメント問題が燃え上がっていた頃。稽古の際に『(本作の内容は)大丈夫だろうか…』と感じたこともあったんですが、その影響を受けて内容を変更するのは違うのかなと。ハラスメント要素を削って不快感をなくす、そうすれば作品の面白さが全て死ぬと思いました。むしろどぎつくしたイメージ。初演を見てくれていたお客さんからは『すごく“嫌な芝居”。でもつまらなかったというわけではなく、だからこそ面白かった』という感想もありました。時代の流れによって、人々のセンサーが変わっていったんです。(映画版でも)自分たちが生きる時代、日常の状況、それぞれの生活を俯瞰して見れるような“目線”を提供できると思います」
「あの日々の話」に対峙する者は、カラオケオールに興じる“10人のメンバー”となる。共感と反感という相対する感情の応酬に心をかき乱されるだけでなく、エンドロール後の明転は、あなたが“あの日々”に感じた恥、そして後悔の念を運んでくるだろう。
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