ドイツの“修正された虐殺の歴史”に挑んだ「ちいさな独裁者」監督「人類は何も学んでいない」
2018年11月26日 22:15
[映画.com ニュース]第2次世界大戦末期に実際に起きた事件を描いた映画「ちいさな独裁者」の特別授業が11月26日、東京・杉並区の都立西高等学校で行われ、メガホンをとったロベルト・シュベンケ監督が出席した。今作を鑑賞した同校の生徒約50人との、約1時間にわたるQ&Aを実施。生徒たちは途切れることなく手を挙げ、映画の内容や歴史修正主義への批判に向き合うハイレベルな質問を投げかけていった。
「RED レッド」「ダイバージェントNEO」などハリウッドで活躍してきたシュベンケ監督が、ヴィリー・ヘロルトという青年が実際に起こした事件をベースに、「何によって、どのように普通の青年が怪物的な独裁者に変ぼうしていったのか」を描出してみせた。ナチス・ドイツの敗戦が色濃くなってきた1945年、部隊を脱走した青年兵ヘロルトは、捨てられた車両のなかに空軍大尉の軍服を発見する。それを身に着け将校になりすましたヘロルトは、道中で出会う兵士たちを軍服と嘘のよって服従させ、逃走はやがて大量殺りくへとエスカレートしていく。
母国の恥部とも言える、第2次大戦時の蛮行に真正面から切り込んだことに質問が飛ぶと、ゆっくりと「自国の歴史を書き換えられていた、そのことに強い怒りを感じたんです」と切り出したシュベンケ監督。「『第2次大戦では、一般の兵士たちは虐殺に関わっていない』という“神話”が、長らくドイツにありました。恐ろしい行いはすべてナチス高官らイデオロギーを持つ人々によるもので、惨劇の責任は彼らにある、と。学校ではそう教わったし、自分たちの両親も僕らにそう教えていました。兵士たちは無垢であり、罪はなかったと考えられていました」と話す。
もちろん、戦地では一般兵も残虐行為に加担していた。歴史が修正された背景には「一刻も早い復興」という大きな物語があったが、シュベンケ監督は「80年代後半に冷戦が終わり、ロシア側に残っていた写真や映像などの記録が出てきた。ロシアに捕らえられた戦争捕虜たちが持っていたものです。簡単に言えば、殺害された人々が山のように積まれていて、その前でドイツ兵が喜んでいる。そのことは、ドイツで大きな物議を醸しました。我々は嘘をつかれていたと、気づいたからです」と当時の怒りを振り返る。
そして、今作にはそうした“事実から目をそらす大きな力”に対抗するための役割を与えたと示唆する。「暴力表現を避けなかった理由は」「加害者としての視点で描いた理由は」という問いを受け、「暴力を避けることは、被害者を裏切ることだと思った。被害者の苦しみは音で伝わるように設計してあります。映像で見せるより、多くのことを受け取ってもらえるからです」「第2次大戦の映画はたくさん作られていますが、決まったパターンがあります。大抵は良いナチと悪いナチがいて、道徳的なセリフを言うキャラがいて、だいたい説教臭い。立ち上がったヒーローを主人公にした作品も多い。しかしこの作品は、加害者の側から描くことで、ほかの第2次大戦映画とは違った問いかけができると考えました」と真摯に説明する。
加害者の立場から描くことで「僕は『自分がこの状況に置かれたらどうするか』を問いかけた」という。「この映画は、気分が落ち着くような構造にはしていない。むしろ顔にパンチを浴びせられたような衝撃を味わってほしかった。特にドイツ人には」と明かし、「ドイツで公開されたときの反応は、歓迎するものでした。『まさに待っていた、ほかに存在していない、こういうものが見たかった』と支持してくださった」とほほ笑んだ。
生徒たちからは「自分の国のことを深く考えていく必要がある」「日本が行った残虐行為を描いた日本の作品は少ない」「現在の私たちが独裁者にならないとは言い切れないし、独裁者を支援していないとも言い切れない」などと感想が寄せられ、しみじみと目を細めたシュベンケ監督。「人類は歴史から何も学んでいない。歴史は繰り返されているからです。今作をつくった理由は、人間は本質的に残虐行為をする可能性がある、と思いだしてほしかったから。現代の多くの人々が不安を抱え、何も行動を起こせないと感じている。そこにつけこみ、カリスマやポピュリストたちは『複雑な問題をシンプルな方法で解決できる』と言う。『アメリカとメキシコの間に壁を築けば、問題は解決できる』と言うような人間は、猜疑心を持って見るべきなんです」と述べ、「歴史がいかに書き換えられているか。歴史書が文字通り“いち”から作られている。それはとても危険なことで、歴史は権力の道具になってはいけない。アメリカではすでにそれが起こっているわけですが……」と神妙な面持ちで警鐘を鳴らしていた。
「ちいさな独裁者」は、2019年2月8日から公開。
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