ハリウッドのヒットメーカーにも影響 巨匠アラン・レネが残した功績
2014年3月30日 15:10
[映画.com ニュース] 去る3月1日にアラン・レネ監督(91歳)が亡くなったニュースは、フランスのマスメデイアで大きく報道された。オランド大統領も悼辞を寄せるなど、フランスを代表する巨匠の存在をあらためて認識させられるものだった。もっとも、同時代にキャリアをスタートさせたヌーベルバーグ「右岸派」のジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーらと比べると、アニエス・バルダやクリス・マルケルとともに「左岸派」と言われた彼は、そのたぐいまれなキャリアにもかかわらずなぜかスポットライトを浴びる機会が少なかった。
マルグリット・デュラスの脚本を映画化した長編デビュー作の「二十四時間の情事」(1959)は、カンヌ映画祭に出品され批評家には絶賛されたものの、トリュフォーの「大人は判ってくれない」にパルムドールをさらわれたおかげで、影が薄くなってしまった。続く「去年マリエンバートで」(61)はべネチア映画祭で金獅子に輝き、アラン・ロブ=グリエの脚本はアカデミー賞のオリジナル脚本賞にもノミネートされたが、あまりに前衛的なそのスタイルにカルト映画のレッテルを張られ、一般的な成功は収められなかった。
同時に、おそらくはその控えめで温厚な性格も、ことあるごとに挑発的な発言でマスコミの注目を集めたゴダールやトリュフォーらと、立ち位置を異にした所以(ゆえん)だろう。だが、彼ほどつねに溌剌(はつらつ)としたエネルギーをたたえ、バラエティに富んだイノべイティブな作品を撮り続けた監督も珍しい。生前、幸運にもインタビューをする機会に恵まれたことがあるのだが、黒いワイシャツに真っ赤なサテンのネクタイ姿がとてもダンディだったのと、巨匠という言葉とは裏腹にまったく威圧感がなく、とても謙虚な紳士然とした佇まいが印象的だった。「わたしは映画にリアリティを求めているのではありません。空想の世界こそわたしの求めるものなのです」と語っていて、なるほど、つねに空想の世界で遊んでいるからこそ、名声にとらわれないある種少年のような純粋さをたたえているのか、などと思わせられたものだ。
レネ映画の常連俳優で盟友でもあるアンドレ・デュソリエによれば、彼の自宅にはタンタンからマーベル・コミックまで、さまざまなコミック本があり、映画や演劇はもちろん、文学、美術、アニメなど、多くの領域にわたって興味と知識をそなえていたという。今年のベルリン映画祭でワールド・プレミアがおこなわれた新作「Life of Riley(英題)」でも、セットをあえて書き割りにしたり、街並みをアニメで描いたり人物の背景だけグラフィックにするなど、チャレンジングな手法を試みている。ちなみに本作はその革新的な実験精神を称え、通常は若手監督に与えられるアルフレッド・バウアー賞と、国際批評家連盟賞をベルリンで授与された。
レネの前期の作品はとりわけ過去や記憶をテーマに時間軸をシャッフルした独創的なものが多い。最初の長編2作はもとより、かつての恋愛に捕われたふたりの人物を描いた「ミュリエル」(63)、アメリカでもカルト映画として崇められ、アルフォンソ・キュアロンやスティーブン・ソダーバーグらハリウッドの監督にもファンが多い「Je t'aime, je t'aime」(68)など。とくに後者は自殺未遂を起こした主人公がある科学的頭脳実験に志願するものの、予期せぬハプニングで過去のアットランダムな記憶に襲われるというストーリーで、いわばタルコフスキーよりも早くSF的な作品を扱っており、「メメント」や「エターナル・サンシャイン」などの雛形とも言える。キュアロンは、「スタイルと感情面における理想のコンビネーションで、本質性とスペクタキュラーな点を兼ね備えている」と絶賛。「ゼロ・グラビティ」を作るときも参考にしたという。また「インセプション」が公開されたとき、「去年マリエンバートで」との類似性を指摘されたクリストファー・ノーランが、「制作前にはレネの作品を見ていなかった。もしかしたらレネからインスパイアされた作品などから無意識に影響されたのかもしれない」と語った話も有名だ。
今年の仏セザール賞の翌日にしてアカデミー賞の前日に逝ったレネは、最後まで次回作の準備中であったと聞く。きっとあの世でも軽やかに空想の世界をめぐり歩いているに違いない。(佐藤久理子)
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。