グランツーリスモ : インタビュー
“車大好き”ニール・ブロムカンプ監督が追求した、時速320キロにもおよぶレースの“極限世界” 車選びにもこだわり
レーシングゲームのトッププレイヤーを、本物のレーサーに育成する――。そんな不可能にも思える夢を追いかけた驚きの実話を映画化する「グランツーリスモ」が、9月15日に公開された。メガホンをとったのは、「第9地区」「チャッピー」などで知られるSF映画の鬼才であり、実は大の車好きでもあるニール・ブロムカンプ監督。自身の新境地ともいえる本作で、社内温度は約60度、スペースシャトル離陸時の宇宙飛行士の約2倍となる重力、時速320キロにもおよぶレースの“極限世界”を追求した、撮影の裏側を語った。(取材・文/編集部)
1997年にプレイステーション用ソフトとして誕生し、全世界でシリーズ累計9000万本を売り上げた、日本発のリアルドライビングシミュレーター「グランツーリスモ」。映画では、2008年~16年に実施された、革新的なドライバー発掘・育成プログラム「GTアカデミー」をめぐる、前代未聞の挑戦を描く。
物語の主人公は、「グランツーリスモ」のプレイに夢中なヤン(アーチー・マデクウィ)。ある日、彼に生涯一度のチャンスが訪れる。それは、世界中から選抜された「グランツーリスモ」のプレイヤーを、プロレーサーへと育成する「GTアカデミー」への参加。プレイヤーの並外れた才能と可能性を信じてアカデミーを立ち上げたダニー(オーランド・ブルーム)、ゲーマーが通用する甘い世界ではないと思いながらも指導を引き受ける元レーサーのジャック(デビッド・ハーバー)、そしてゲームの世界では百戦錬磨のプレイヤーたちが集結する。やがて彼らは想像を絶するトレーニングやアクシデントの数々と直面しながらも、“不可能な夢”に向かい、いよいよ運命のデビュー戦の日を迎える。
――ブロムカンプ監督が、映画のモデルとなったヤン・マーデンボローさんのエピソードで、最も感銘を受けたことを教えてください。
もちろん、彼の物語の全てに感銘を受けました。実は彼に、「『グランツーリスモ』あるいはシミュレーターのレーサーを目指していたのか、それとも本物のレーシングドライバーになりたかったのか」と質問したことがありました。彼は「自分は小さい頃からレーシングドライバーになりたかったんです」と答えてくれて、本当にその夢を叶えるために、「グランツーリスモ」をプレイしていたんです。彼は、例えば金銭的なバックアップなどで、レーシングドライバーになれるような環境には生きていなかった。自分で挑戦を受けて、実際に形にしたんです。しかも、全く前例がない方法で夢を実現させたというのが、クールで、1番リスペクトを感じた部分でした。
――マーデンボローさん本人が、スタントドライバーとして参加していることも、非常に驚くべき点であり、リアリティ溢れる物語に寄与している点でもあります。マーデンボローさんとのコミュニケーションや、彼のスタントから、インスピレーションを受けたことはありましたか。
僕は、ヤンの大ファンです。彼とスタントドライビングに関しては、例えばアスリートの方、レーシングドライバー、バイクレーサーであったとしても、必ずしもスタントができるわけではないんです。スタントは、カメラに向かって演技をしなくてはいけないので、実際の競技とはまた違いますし、より抑制が必要になることが多い。「ヤンが実際に運転したらどうだろうか」というアイディアが最初に出てきたとき、実はスタントチームは抵抗感を示していました。なぜかというと、プロが現場に入ってスタントをしても、映画の製作的には、うまくはまらないことが多いからです。そうすると、双方が相容れない形になってしまう。
僕は当初から、彼が現場にいれば、映画をよりリアルにするための情報を提供し、質問に答えてもらえるなと考えていました。レースの感覚を、実際に言葉にして伝えてくれるんです。そしてスタントチームが彼をテストした結果、了承が得られて、彼はスタントドライバーとしての腕をあげていきました。彼は演出の指示を瞬時に理解していましたし、カメラのために演じることにも長けていました。スタントチームもすぐに、彼に惚れ込み、「彼にやってもらわない理由がないよね」と。ヤンが実際に自分の車を運転していることが、すごくイケてると思いませんか。僕が1番好きな部分です。
――リアリティを追求するため、本物のレースカーやレーシングサーキットを使って撮影するなど、撮影の難易度が非常に高かったと思います。撮影のなかで壁や困難にぶつかったことはありましたか。
ふたつ、大きなチャレンジがありました。まずは、車のスピードという最大の挑戦です。僕はハイスピードのレースの撮影を通して、観客にマックスの満足感を得てもらうことが、自分の仕事だと思っていました。ただ、あのレベルの速さで良いパフォーマンスを引き出すのは、すごく大変なんです。また冬に撮影していたので、車両の表面温度がゼロに近く、撮影にとても不利な状況でした。タイヤの高機能ゴムがきちんと温まらず、トラクション(タイヤがスリップせず、車を前に進ませる力)に問題が出てきますし、高速で走る車の撮影が、すごく難しくなる。ですが、スタッフに毎日、「これだけ高速で走る車の映像を作りたいんだ」と伝えて、プレッシャーを共有していました。
2番目に大変だったのは、ロジ(ロジスティックス)です。例えばレースシーンの撮影には、26台の車、10のレースチームを用意したんですが、エキストラ全員をチームごとに、それぞれ別のトラックに移動させなければいけない。それがすごく大変でした。
また、例えばハンガリーで撮影していて、オーストラリア、スロバキア、日本、ドバイ、ドイツへと移動していくと、
つながりを考えて、全員を連れて行かなければならないんです。飛行機でエキストラ400人を連れて、レースチームごと移動しなければならなかった。僕の普段の映画づくりでは、VFXをたくさん使いますが、そうした作品と比べると、物理的に映画を作っていた時代の大変なロジに近い、大規模な撮影をしているなと思いました。撮影して、ロケの場所が変わったら移動して……、だからこそ、リアルな作品になったと思います。
――オーランド・ブルームさん、デビッド・ハーバーさん、アーチー・マデクウィさんらキャスト陣の熱演が素晴らしかったです。お三方とのタッグの感想や、素晴らしかった点について、教えてください。
今回のキャストには本当に恵まれていました。それぞれに才能があったし、互いの間に生まれるケミストリーもすごく素晴らしかったです。そういう関係は、監督がコントロールできるものではないんです。もちろん、ひとりずつの役者さんに演出はできますし、バランスをとる努力はできますが……。あの3人は、互いから得られるものを使いながら演じていた。そんなキャストを揃えられたのは、運が良かったと思います。さらに、(ヤンの父を演じた)ジャイモン・フンスーは、本作にエモーショナルな重みをもたらしてくれました。僕は、役者としての彼が大好きなんです。
アーチー、デビッド、オーランドは、パーソナリティやタイプが全然違います。ある種、そんな違いが、演じているキャラクターにもにじみ出ているように思います。3人の間である力学が成立しているからこそ、撮影当初から「安心して製作できるな」と思うほど、うまくいっていました。アーチーはまだ若いけれど、素晴らしい役者さんです。劇中でもずっと出ずっぱりで、自分が映画全体を背負わなければならないというなかで、本当に素晴らしい演技を見せてくれて、感心しました。
――本作に影響を与えた作品はありますか。
僕は「フォードvsフェラーリ」が公開時から大好きで、作品としては全く違いますが、改めて見直しました。映画の製作過程や役者たちが好きなんです。あと、意図的にオマージュした作品といえば、スティーブ・マックィーン主演の「栄光のル・マン」でした。最初は「栄光のル・マン」を分析するところから始まりました。いかにものものしく、ぶっ飛んでいるのかを見て、改めて、信じられない気持ちになりました。車たちがレースに向かう始まりのシーンは、レーサーたちの顔に寄っていくようなカメラワークで撮影されていました。本作でも尺としては短いですが、オマージュを捧げた、クールなシークエンスが入っています。
――映像では、レースのリアリティだけではなく、レーシングカーの美しさやかっこよさが際立っていたように感じました。ブロムカンプ監督ご自身も、車がお好きだと伺いましたが、スタイリッシュなレーシングカー撮影のこだわりを教えてください。
本作の抜きんでているところのひとつは、音響だと思います。サウンドデザインとサウンドミックスが、本当に秀逸です。車のジャンルの映画のなかで、間違いなく良いものを作ることができたと自負しています。
また、劇中の車を選ぶキュレーションに関わることが大事だと思っていました。唯一、ヤン本人が乗っていた「NISSAN GT-R NISMO GT3」は使用のリクエストがありましたが、ほかの車に関しては、クリエイティブな選択ができたんです。僕はめちゃくちゃ車選びに参加しましたし、その結果、“イースターエッグ”と呼べるような形で、いろんな車を登場させることができたと思います。例えば、冒頭でヤンが警察から逃げるときに乗っている「フォルクスワーゲンコラード VR6」はかなり吟味して選びました。車に興味がある人には、驚いてもらえるんじゃないかと思います。あとは終盤、レベルアップしたヤンは、「ル・マン プロトタイプ(LMP)2」に乗ります。この「LMP2」の使用は、ものすごく大変でした。リジェ・オートモーティブが参加してくれなければ、使用は叶いませんでした。ぴったりの車を選ぶこと、僕が愛している車を撮影することに、こだわりました。
あとは、車の内部構造に入り込んで、部品やサスペンションを撮影しています。さらにその映像を、サウンドと組み合わせました。車好きの人に、気に入ってもらえる映画になっているといいなと思います。それが、僕のゴールのひとつでもありました。