首のレビュー・感想・評価
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小人として描く試み
俺の為に死ぬ気で働けっ
テレビCMで散々みてこの信長の悪タレぶりに興味を沸いた、、私もその一人です。いやー面白い、織田信長と言えばヒールに描かれる事はあってもどこか英雄の要素が出ている、そんな演出がお約束みたいな所があるがまさにこの映画の信長はCMのイメージの通り狂いまくっています。「皆殺しに決まっとるだがやー」名古屋弁もいい感じです。北野監督のつくる戦国もの、らしさが良く出ております。とにかく斬って斬って斬りまくり、頭もキレてキレてキレまくり、気持ち良さと気持ち悪さの入り交じる映画でした。好き嫌いはあると思います。私は映画を見終わった時の感想は、「ま、北野監督らしいな でも期待してた程ではなかったかな」とイマイチな印象でしたが、あの信長のセリフが頭から離れず時が経つ程に自分の中でも評価がジワジワと思い返すように変わってきました。
もう一回見てみようかな。
北野武監督からの三つのテーマを受けとりました
首とは何でしょうか?
首とはトロフィーのこと
武将達にとっては自らの戦功を証明するものです
もし映画界なら映画賞のトロフィーを獲得したようなもの
国際映画賞のグランプリなら天下人になったようなもの
首なんかどうだっていいんだよ!
ラストシーンの秀吉の台詞です
秀吉にすれば光秀が死んだのか確かめられさえすれば良いのです
本当に自分が天下人になったのかどうか確信できるものが欲しいだけのこと
世界的な映画監督北野武は、自分は本当に日本の映画界の天下人なのか?
それを確かめようとしているのだと思います
だからといって国際映画賞のグランプリのトロフィーが欲しいわけじゃない
欲しいのは映画界の天下人であると誰もが認知することです
コメディアンのビートたけしと、映画監督の北野武が同一人物であることは誰だって知っています
しかし映画監督の北野武とコメディアンのビートたけしを分けて考えていないか?
俺は映画だけの男じゃない
コメディアンであり、小説家でもあり、映画監督でもある
その全人格で天下人なのかどうなのか?
それを世界中の人間にわからせたい
これが本作の第一のテーマなのだと思いました
現代の日本の映画監督で誰がこのような大規模な映画を撮れるのか
映画監督の北野武ではなく、コメディアンのビートたけしがそれをやってみせるのだ
だからわざと過剰にコメディアンとしてのビートたけしとして出演しているのです
カメラだってコント風のカメラワークで撮らせているシーンがあるほどです
それゆえに感嘆するような芸術的な色彩表現などは本作ではほとんど見られません
そんなことは本作ではどうだっていい
このような強烈な自負心が溢れていると思いました
一方でもし黒澤明が生きていて同じストーリーの映画を撮ったならどんな映画になっていただろうか?
それを意識してに撮っているように思えます
我こそは黒澤明の後継者だということを示す
それが本作の第二のテーマです
真昼の戦場の野原に横たわり放置されている無数の死骸
その光景を監督はドローンの空撮で真上から撮影させています
ウクライナの戦争のドローンからの空撮映像で見たことのある光景と瓜二つです
わざと似せさせた意図的な演出だと思います
戦争が一旦起きれば、このように暴力と死が日の光のように誰にも降り注いぐのだ
それは日本の戦国時代もウクライナの戦争も変わりはしない
まして現代の日本が戦場になるなら同じ光景が繰り返されることは間違いないのです
戦国時代は人の命は軽く簡単に首が飛ぶ
それは現代の戦争であっても少しも変わりはしない
本作では首が簡単に文字通り飛びます
序盤ですぐ首がすぐ飛びました
非戦闘員の人間が、数人づつ機械的に首を切断されるショッキングな映像もあります
妊婦、幼児までその列に待機させられています
ウクライナのブッチャなどの各地でロシア軍がやった大量虐殺とどこが違うのでしょうか
竹矢来の向こう側の無数の野次馬はむごいことするなあとは口では言いますが、殺害された骸から遺品を奪いあうのです
この醜い野次馬はテレビでウクライナやガザの戦争のニュースを見る私達の姿そのものです
野次馬達は口々に斬首を非難します
しかし所詮はひとごとなのです
もし黒澤明がウクライナ戦争を目撃したなら、このような切り口で映画を撮るのではないか
そういう黒澤明の後継者を任ずる北野武監督からのメッセージだと思います
そして第三のテーマ
過剰な男色表現は一体なぜなのでしょうか?
男が男をレイプするシーンは何を意味しているのでしょうか?
信長は過剰ななほどデフォルメしたハラスメントの大魔王として徹底的に演出されています
北野監督の強い意志を持った意図的な演出だと思います
森蘭丸もそうです
信長の小姓という秘書的役割を超えて
信長が求めるなら己の肉体を信長に与えないと生き残れないし出世も得られない人間として登場させています
信長に楯突いたならどうなるのか
松永弾正はそれをいきなり本作の冒頭でやった結果を本作は延々とみせます
弱い立場の者が高位の権力者に刃向かうならどうなるのかを本作では首が簡単に飛ぶシーンで簡潔に説明するのです
秀吉も、家康もしかりです
彼等だって下の立場の者をいとも簡単に犠牲にします
それが当たり前と平然としています
明智光秀と松永弾正との男色関係は、性的ハラスメントの関係ではなく恋愛関係そのものです
しかし邪魔になった途端に弾正は文字通り捨てられます
男から女へのハラスメントの関係性と変わりないのです
黒人の弥助を登場させ、重要な役割を持たせるのも人種差別というハラスメントへのメッセージです
信長の姿はかっての超ワンマンの黒澤明監督を極端にデフォルメした姿なのだと思います
黒澤明監督亡きあと、もうそんな大魔王はいないし、そんなことが通る世の中でもありません
しかし映画界の中には、いまもミニ信長がいっぱいいることでしょう
某映画監督による女優への性的ハラスメント事件はちょっと前のこと
某有名芸能事務所の事件はついこの間のこと
某歌劇団のイジメ問題は現在進行形です
信長はとっくの大昔に本能寺の炎の中に消えたのです
光秀みたいな連中なんか目じゃない
これからの天下はコメディアンという百姓から映画界の天下人に成り上がったビートたけしこと北野武の世の中だ
もうこれからはそんなデタラメはやらせない
分かったか!
なんという強烈な自負心でしょうか
これらの三つのテーマで構成された映画というのが、本作の正体だったのだと、自分にはそのように感じて仕方ありませんでした
自分は圧倒的に支持します
裸の王様?
戦国時代でアウトレイジは当たり前の気がする
前作「アウトレイジ最終章」から6年振り、19 作目に当たるたけし映画の最新作である。本能寺の変の謎を解こうとする新説は数多い中にあって、新たに一つ追加されたということにはなるが、信憑性はかなり低いように思えた。
本能寺の変の本質は、信長が討たれたというだけではなく、家督を相続済みだった嫡男信忠も同時に討たれたことによって、織田家の家督が宙に浮いた形となったことである。信長だけが討たれたのであれば、信忠が全てを相続して、その後の展開は信忠の器量次第だと思うが、清洲会議と賤ヶ岳の戦いと小牧長久手の戦いを経て秀吉の手中に収まるという展開にはならなかったはずである。
京に信長と信忠の親子が僅かな距離を隔てて両方共にいるというのは、謀反が発生した場合には織田家の存亡に関わる事態であり、危機管理が全くできておらず、謀反側から見れば千載一遇の機会であって、偶然発生したと考えるのは無理がある。何事にも用意周到だった光秀が、そんな偶然に自分の一生を賭けるとは思えず、何らかの方法でこのような状況を作り出した上で攻めかかったはずである。
しかし本作ではこのような状況に至った理由は触れられず、信忠の死は台詞で述べられるだけという実に軽い扱いだったのは、上記のような本能寺の変の本質をたけしが見誤っていることを示していた。また、光秀が謀叛を決意するに至る理由が、後継者についての信長の真意と、信長と光秀の主従を超えた関係性にあるというのは、発想があまりに吹っ飛び過ぎていていたと思う。
残虐シーンはたけし映画の売りの一つで、今作でも容赦ない描写が連続しており、よくこれで R15+ で済んだものだと思わせられた。ただ、肝心の首の重さが感じられなかった。成人男性の首の重さは 6kg ほどあり、重めのダンベルほどの重量であるので、軽々と持ち上げたりするのは違和感があり、まして水に浮くなどということはあり得ない。血糊や切断面にこだわるなら、重量にもこだわってほしかった。
信長に直接会ったことのある宣教師ルイス・フロイスの手紙によれば、非常に甲高い声で喋っていたというので、加瀬亮の信長は実際とそれほどかけ離れていないのかも知れないが、行動は「アウトレイジ」3部作に出て来たどの暴力団組長より品がなく、到底受け入れ難かった。肖像画でも月代を剃っていたのは明白であるのに、またしても総髪である。総髪は医師や学者などの非戦闘員の髪型であって、総髪の信長というのは明らかな誤りである。
大河ドラマなどに常連の実力派俳優が多数揃っているが、登場人物が多過ぎて一人一人の描き方が中途半端になっている。また、言葉遣いも現代語のままであるので重厚感に欠け、正統的な時代劇の風格が感じられない。暴力描写も、「アウトレイジ」のような現代劇であれば異常性が際立つが、戦国時代の合戦や敵情視察で人が死ぬのは当たり前なのでインパクトに欠ける。茂助のような架空の人物がどのような結末になろうと問題ないが、後に秀吉の御伽衆となる荒木村重や曽呂利新左衛門の生涯を勝手に変更してはダメだと思う。
そもそも本能寺の変の時点で 45 歳だった壮年期の秀吉を 76 歳でメタボ体型のたけしが演じるというのも無理があるし、相変わらず滑舌が悪くて台詞が聞き取りにくいのは難点である。時々ガス抜きのようにギャグシーンが挟まれるが、観客は期待していた訳ではないと思うし、それほど笑えた訳でもなく、不要だったのではないかと思う。
音楽はたけし映画に初参加の岩城太郎で、非常に重厚感のある曲を書いていたのは流石だと思った。今年の「ちむどん家康」でわざと調律を外したピアノの音を聴かせて自己満足に陥っているド変態作曲家とは、バッハとゴキブリほどの差がある。これまで「葵・徳川三代」と「義経」で大河ドラマを担当しておられるので、是非再登板をお願いしたいところである。エンドロールに何の関係もない歌謡曲が流れなかったのも良かった。
(映像5+脚本3+役者3+音楽5+演出3)×4= 76 点
うーん。
ちゃちい
戦国時代の狂気と冷酷さ、儚さを描く 異例の北野流、時代劇版「アウトレイジ」
たけし監督やり放題!
下手なコントを見たいわけでは無い
きのう何食べた
「首」を長くして待ってました!極上のエンターテイメント!
北野武監督の新作をそれこそ「首」を長くして待っていたので楽しみでした。
そして観たあと「そうか、北野監督だもんな」と今更の如くその手触り感を思い出したのでした。
「時代劇版アウトレイジ」という印象でした。でも時代劇としてとても新鮮な感じがしました。時代劇はどうしても作者の考察が大きく影響すると思いますが、時にそれは美化されてしまうこともきっとあります。でも、北野監督の描き方を見ると「実際はこんな感じだったのかも」とリアリティが出ます。そこが面白かったです。
血生臭いストーリーの中にちゃんと笑えるエッセンスも盛り込んであって、これも妙なリアリティを醸し出してて。気がつけば極上のエンターテイメント作品になっていました。
時代劇の面白さを味わえました。
見応えはあるが、おもしろさは…
北野武監督作品で、予告もおもしろそうでしたので、それなりに期待していた本作。率直な感想としては、見応えはありましたが、おもしろかったかと問われれば、つまらなくはなかったという印象です。
ストーリーは、織田信長が自身の跡目相続を餌に、謀反を起こした荒木村重の捜索を命ずる中、この機に乗じて豊臣秀吉が家臣や元忍たちと画策して織田信長や明智光秀を陥れ、天下を取ろうと暗躍するさまを描くというもの。本能寺の変の謎は、さまざまな作品で描かれてきた鉄板ネタではありますが、本作ではそれを新たな人物像や解釈で描こうとしています。
荒木村重の反乱、家康饗応役での光秀の失態、本能寺の変、高松城の水攻め、中国大返し、山崎の戦いと、一連の歴史的イベントをきちんと押さえているあたりは好感がもてます。それでいて、独自の解釈として、裏で張り巡らせた謀略や暗躍する元忍などを絡めて、おもしろさを生み出していると感じます。また、光秀と秀吉にスポットを当てることで、比較的わかりやすく仕立てているところもよかったです。
とはいえ、それでもある程度の歴史的素養がないと難解に映るのではないかと思います。かく言う私も、理解が追いつかない部分がありました。また、思いのほかグロシーンが多く、そこまで描く必要性があるのかと感じます。タイトルの「首」は、天下人から農民まで、己の首をかけて相手の首を狙う、血で血を洗う戦国時代の惨たらしさを訴えているのかもしれません。その一方で、首をかける人々の行動を冷ややかに笑い、他人の命が失われることを意に介さない秀吉の冷酷さを描いているのかもしれません。
キャストは、ビートたけしさん、西島秀俊さん、加瀬亮さん、中村獅童さん、木村祐一さん、遠藤憲一さん、寺島進さん、浅野忠信さん、大森南朋さん、他にも名の知れた俳優をずらりと並べた、かなり豪華な布陣です。それなのに、コミカルな雰囲気を醸すビートたけしさんの演技が(これはこれで嫌いではないですが)、本作の雰囲気からは浮いているように見えて、他の役者との相乗効果を生み出せていないように感じました。あと、年齢的にも、信長役の加瀬さんよりずいぶん上で、史実と大きく異なるのも気になりました。また、加瀬さんを始め、聞き取りにくいセリフが多かったのも残念でした。三河人の私でさえこうなのだから、他地域のかたにはなおさらだったかもしれません。
戦国時代の話だけど“サムライ”が出てこない
残酷場面に弱いんでそのへんは、あぁいやだなと思いながら観に行ったんですけども、思ってたより大丈夫でした。
戦国時代の話ですけど、いわゆる“サムライ”が出てこない。「武士道」だとか「侍魂」だとか、そういうヒロイズムやらダンディズムやらを帯びた登場人物がいないんですね。みんながパワーゲームに振り回されるプレイヤーであって、一喜一憂右往左往の滑稽さを俯瞰で見る感じの映画。だからあんまり登場人物に感情移入することもないから、それぞれの死に悲壮感とか陰惨さを感じずに見進めることができましたね。最近観たスコセッシの『キラーズオブザフラワームーン』をもっと乾燥させた感じの印象でした。悪趣味なまでの人命軽視は、最近の世の中への逆説的な批判というか風刺というかで、「芸術映画監督の北野武」というよりは「TVタックルとかのビートたけし」らしい映画だなって感じましたね。
オールキャストの戦国絵巻
んー、ん〜… 良かったと言いたいポイントを探してるけど、うーん… ...
男色の戦国の世
今年のNHK大河ドラマとなった戦国時代を舞台に、北野たけしが監督・脚本・主演も手掛け、たけし色がかなり強く染み出た戦国絵巻。史実を元にしながらも、信長、秀吉、家康・光秀、官兵衛、村重等のキャラも大いにアレンジする中で、戦国武将達が密かに抱える野望と策略が描かれている。
北野作品だけあり、大河ドラマでは決して描くことができない、刀を突きさし、血しぶきが舞う戦闘シーンや生首を切り落とすシーンが、ふんだんに盛り込まれている。実際の戦場は、きっとこんな感じだったのだろうと思わせるリアルさが伝わってきた。北野監督が『アウトレージ』等でも魅せた、血生臭いバイオレンス・アクションシーンをしっかりと受け継いだ集大成として、壮大なスケールの戦乱の世が描かれている。
そして、何より驚かされたのは、光秀、村重、そして信長までもがオッサンズ・ラブの構図になっている事。光秀を演じた西島秀俊は、『きのう、何食べた?』でも、内野聖陽との恋人関係を演じ、なかなか好評だったが、今回の村重役の遠藤憲一や信長役の加瀬亮の男色シーンは、正直、目を背けたくなった。しかし、これも北野作品でなければできない演出なのだろう。
物語は、信長が天下統一に動き出す中で、傍若無人の信長に認めてもらえない家臣・荒木重信の謀反を起こすが、失敗に終わる所から始まる。逃げ延びた村重を捕える為に、信長は跡目相続を餌に、大名達を重信捜索にあたらせた。しかし、その裏で秀吉は、信長を亡きものとして天下人となる為に、黒田官兵衛や実弟・秀長等と共に、明智光秀を信長討伐大将に担ぎ上げようと策略を練っていた。そして、本能寺の変から明智軍の全滅へと結びついていくのだが、ラストシーンは、あっけない幕切れで、物足りなさも感じた。
出演者については、たけし監督の元、これまでに彼の作品出演に声のかかった日本を代表する豪華な俳優陣が集結した。誰もが主役を張れる中、秀吉の北野武、秀長の大森南朋、官兵衛の浅田忠信の3人で語るシーンは、台詞と言うよりコントを観ているようで、アドリブ合戦の様相で笑いを誘う。そんな中で、信長役の加瀬亮と百姓上がりで秀吉に憧れる難波茂助役の中村獅童は、これまでにない役回りで異彩を放っていた。
今年の大河ドラマでも、その史実とは違う脚本に異議もあがったようだから、本作については、それ以上に賛否両論となるだろう。
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