【イントロダクション】
ボリウッドの大スター、シャー・ルク・カーン主演のスパイ・アクション大作。元エージェントによるテロ行為を阻止する為、カーン演じるパターンが奔走する。
インド外務省情報局(The Research & Analysis Wing:RAW)エージェントを主人公とするスパイ・アクション映画シリーズ“YRFスパイ・ユニバース”の一作で、本作は第4作目に当たる。
監督は『バンバン!』(2014)、『WAR ウォー‼︎』(2019)のシッダールト・アーナンド。脚本にシュリーダル・ラーガヴァン、アッバス・タイヤワーラー。
【ストーリー】
2019年、パキスタン。パキスタン陸軍のカーディル将軍(マニーシュ・ワダワ)は、脳に出来た腫瘍の影響で余命3年を医師から宣告される。同日、インド政府が憲法370条を廃止し、ジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪した事がニュースで報じられる。自分の寿命が残り少ない事を知った将軍は報復を決意し、国際テロ組織「X」のリーダー・ジム(ジョン・エイブラハム)に連絡する。
2020年。RAW諜報員であるパターン(シャー・ルク・カーン)は、上官のナンディニ・グレーワール少佐 (ディンパル・カパーディヤー)に、身体・精神的な負傷をしつつ尚も国家に奉仕する精神のある元軍人を再雇用するチーム「J.O.C.R(ジョーカー)」の創設を提案する。彼らはRAW局長スニール・ルトラ大佐(アーシュトーシュ・ラーナー)の承認を受け、「X」によるドバイで行われる科学会議を狙った大統領襲撃計画の阻止を命じられる。
ドバイに向かったパターン達は、増員された警護体制と直前のルート変更により厳重に守られている大統領とは違い、護衛から引き離された科学者達の拉致こそが「X」の真の狙いだと気付く。パターンは科学者達を拉致しようとするジムと交戦するが、科学者の1人であるサハニ博士を拉致されてしまい、ジムも取り逃してしまう。
その後の調査により、パキスタン人医師のルバイ(ディーピカー・パードゥコーン)がジムと関係している事が判明し、彼女が滞在するスペインへと向かう。
スペインにてルバイを調査していたパターンだったが、彼女は既にジムの部下であり、捕えられてしまう。ジムはかつて、祖国の為に勇敢な活躍をし、勇敢勲章を授与される程の兵士だった。しかし、ソマリアのテロリストの報復に遭い、インド政府が身代金の要求を拒否した為に妻と生まれてくるはずだった子供を殺害されてしまう。祖国に裏切られた彼は、善悪の境界線を見失い、テロリストへの道を歩む事になったのだ。ジムは各国から優秀な人材をスカウトして組織を立ち上げており、パターンも勧誘される。しかし、パターンがこれを拒否した事で、ジムは部下に彼の抹殺を命じて去って行く。
絶体絶命の中、ルバイがジムを裏切ってパターンを助け出す。彼女はパキスタンの情報機関ISIの元エージェントであり、「X」の企みを阻止すべく潜入していたと言うのだ。
ジムの狙いは、ロシアのヴォスコウィッチ・タワー内の巨大金庫に保管されている「ラクトビージ」という物質だという。ルバイから協力を打診されたパターンは、彼女と共に「ラクトビージ」の強奪計画を開始する。
そして、現在(2022年)。パターンはアフリカにてジムの部下ラーフィを捕え、ジムが弾道ミサイルを購入した事を突き止める。
【感想】
インド、ボリウッド界の大スター、シャー・ルク・カーン主演、23億5,000万ルピー(約40.8億円)という巨額の製作費が投じられた本作は、インド国内で歴代4位の興行成績を記録する特大ヒット作となった。
実際に鑑賞してみて、“ボリウッド映画は、最早ハリウッド映画と遜色ないレベルにまで到達している”という事を実感した。
スケール、アクション、ストーリーと、どれもハリウッド大作のスパイ・アクション映画に引けを取らない。また、ハリウッドを代表するトム・クルーズ主演のスパイ・アクション・シリーズ『ミッション:インポッシブル』と類似点が多い(トップ俳優の起用、元エージェントの裏切り、列車でのアクション、ウィルス兵器や弾道ミサイル、局長が主人公の活躍を理解して味方になる最後等)とも感じられた。
とはいえ、まだそれは「並んだ」と表現すべきレベルであり、決して「抜いた」とは言えないだろう(製作費の違いこそあれ)。特に、主人公からヒロイン、敵役のキャラクター性、ストーリー展開やアクションの演出に至るまで、あらゆる要素がハリウッド大作スパイ映画の「よく出来たトレース」止まりになってしまっており、インドらしい地域性や文化の違いがダンスシーンにしか現れていないのは些か勿体なく感じられた。
主演のシャー・ルク・カーンは、コロナ禍を挟んだ2020年〜2022年の撮影当時55〜56歳であるが、年齢を感じさせない圧巻の肉体美とアクションを披露している。それは奇しくも、『MI:P』シリーズにて還暦を迎えてもアクションに挑み続けるトム・クルーズとも重なる。
ルバイ役のディーピカー・パードゥコーンは、『トリプルX:再起動』(2017)でもその美貌を披露して印象を残していたが、本作ではパターンとの恋を思わせるロマンチックな展開からアクションに至るまで、その魅力を徹底的に炸裂させている。
ジム役のジョン・エイブラハムも、撮影当時40代後半だったとは思えない、実年齢を感じさせない若々しさと迫力に満ちていた。ドバイでパターン達を一度退けた際の、「手持ちの札でしか賭けはできない。エースは全部俺がもらった」という台詞はカッコよかった。
ジム繋がりで言うと、スペインにてパターンの始末を部下に丸投げして、自分はさっさとヘリで何処かへ行ってしまった瞬間には、思わず「この、うっかりさんめ!」とツッコんでしまったのだが、後々「パターンにラクトビージを盗ませる為、生かしておく必要があった」と、脚本の整合性が取られる点は上手いと感じた。この手のアクション映画でありがちな「詰めの甘い敵」というパターンに一捻り加えていた点は評価したい。
このように、上手くハリウッド大作あるあるに捻りを加えていたりと、感心する部分はあるのだが、それでもやはり大筋がハリウッド大作のトレースである以上、ツッコミ所は多い。
特に、ジムが2020年の博士拉致と「ラクトビージ=天然痘」の変異株の開発に2年を費やしていた点は、「その間にパターン達RAWはジムの企みを阻止出来なかったのか?ルバイが自身を囮に呼び寄せるまで全く居場所も分からず打つ手なしというのはあんまりでは?」と疑問が湧いた。
しかし、捕えられたパターンの救出に、ユニバースの過去作『タイガー 伝説のスパイ』(2012)から主人公のタイガー(サルマーン・カーン)が特別出演するという演出は、ファンサービスとしてファンには堪らないだろうし、シリーズ初見の私でもテンションが上がった。
ジムの隠れ家を急襲した際、凍った湖の上をルバイがスケート靴で疾走するシーンもバカバカしくも外連味があって印象的。
てっきり、クライマックスでの崖付近の家での最終決戦は、家を支える足場が崩れていっていたので、列車の時のように崖下に家が崩壊してずり落ちて行く中で脱出するのかと思ったが、思わせぶりな演出に終わってしまったのは残念。ジムにエージェントととしての心得を説くシーンがある事から、崩壊させて崖下に転落させるわけにはいかなかったのかもしれないが、家が転落した後でジムが崖の端に掴まっているような描写でも良かったはず。
【総評】
ボリウッドの本気は、最早ハリウッド映画と遜色ないレベルにまで到達している事を実感する一作だった。これにインド映画らしい地域性や文化が盛り込まれた独自のスパイ・アクションとなれば、このシリーズは更なる発展を遂げるように思う。
ミッドクレジットシーンで、パターンやタイガーが後継者を立てるかどうかについて話し合い、「まだまだ若い者には任せられん」といった発言をしていたが、シリーズが続けば、本当に後継者となる新ヒーローも登場するかもしれない。