せかいのおきく : 特集
【このGWにぜひ観てほしい一本がある】
声を失った、けれど恋をした――「この世界の片隅に」
の感動と重なる“生のぬくもり”と“日常の輝き”を
描いた、恋と青春の物語。
まるでしんしんと注ぐ細雪のように、心に柔らかで淡い感動が降り積もっていく。
4月28日から公開される映画「せかいのおきく」。舞台は江戸時代末期、厳しい現実にくじけそうになりながらも、心を通わせることを諦めない若者たちの姿を描き出しています。
そのストーリーやメッセージは、超ロングランと大ヒットを記録したアニメ映画「この世界の片隅に」を彷彿とさせ、生きることがどこまでも尊く感じられる……今年のゴールデンウィークにぜひ観てもらいたい、美しき恋と青春の物語。監督は「顔」「北のカナリアたち」「亡国のイージス」などの阪本順治、同監督の“最高傑作”が堂々の完成です。
この特集では、今作の鑑賞を検討しているユーザーに向け、映画.com編集部が魅力を徹底紹介。これを読めばきっと、映画館で「せかいのおきく」が観たくなる――。
【注目してほしい魅力①】「この世界の片隅に」と
通じるテーマ――激動の時代に輝く日常、生のぬくもり
実際に鑑賞して最初に感じた今作の魅力、それは強く柔らかいテーマでした。
●つらく厳しい時代。若者たちが悩み、生き、心を通わせる姿を描く感動作
主人公は、22歳のおきく(黒木華)。彼女は武家育ちでありながら、現在は父と2人で貧乏長屋に暮らし、寺子屋で子どもたちに読み書きを教えていた。
ある雨の日、彼女は厠のひさしの下で雨宿りをしていた中次(寛一郎)と矢亮(池松壮亮)と出会う。
時は江戸時代末期。もうすぐそこに、明治維新という激動が迫っているというのに、街はどちらかというと平和そのものだ。そして平和で暇を持て余しているからこそ、人は弱い者を不必要にいじめる。
だからおきくたちにとって生きることはつらく、時々、悲しくてやるせない。それでも懸命に日々を送る3人は次第に心を通わせていくが、おきくはある事件に巻き込まれてしまう――。
江戸の片隅で暮らす庶民たち。生活のディテールを匂い立つようにリアルな描写でとらえ、それにより“生のぬくもり”や“日常の輝き”が強調されていきます。やがて胸にポッとともる感動の灯は、今作固有の優しい感覚でありながらも、「この世界の片隅に」にも重なるテーマといえるでしょう。
そして今作の特別ビジュアルを、「この世界の片隅に」原作者・こうの史代氏が描き下ろし。同作に深く感動した人ならば、共通点が多い「せかいのおきく」も、きっと心ゆくまで堪能できるはずです。
●[豪華俳優陣が結集]黒木華、寛一郎、池松壮亮…日本最高峰の“名演”にグッとくる
物語を体現するキャスト陣。メインとなるのは3人です。
まず、主人公・おきく役には日本を代表する女優・黒木華。「小さいおうち」で2014年の第64回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)に輝いた彼女は、今作では浮世絵的な美しさをまといつつ、苦労にもめげず強く生きるヒロインを演じました。
そしてキーパーソンである中次役には、「心が叫びたがってるんだ。」「菊とギロチン」や「鎌倉殿の13人」などで知られる寛一郎。ずっと観ていたい自然かつ味のある演技が強く印象に残ります。また世界の常識や理に疑問を呈し、新たな価値に悩みながらもたどり着いていく役どころなだけに、観客と映画の橋渡しの役割も担っています。
さらにもうひとりのキーパーソン・矢亮役には、日本映画には欠かせない池松壮亮(「紙の月」「愛の渦」「宮本から君へ」「シン・仮面ライダー」など)。今作でもその技巧と才気は冴え渡っており、「ここ笑うとこだぜ、中次」とニヤリと顔を歪めるなど、些細な演技でも5秒ほど直視すれば根こそぎ意識がもっていかれる……それくらいの魅力に溢れていました。
またメインキャスト以外では、ここでは1人ご紹介します。それは、おきくの父を演じた佐藤浩市。彼にしか出せないムードといぶし銀の芝居が、モノクロ調の美しい映像と合わさり、得も言われぬ映画的興奮をもたらしてくれます。
そして、お気づきの通り、寛一郎と佐藤浩市が親子共演を飾っていることにも要注目! まさかのシーンで共演しており、ストーリーとは別軸の感動が襲ってくるのです。
【“映画史に残る名シーン”を特別公開!】
ここでひとつ、今作が“どんな感じ”の映画なのかを理解してもらうべく、こんな動画を用意しました。これを観れば、言葉よりももっと情緒的に魅力が伝わるでしょう。
【注目してほしい魅力②】“恋の物語”が「silent」
ファンにも響く…声を失った。けれど伝えたい事がある
次の魅力、それは「恋と青春の物語」。今作は江戸時代の下肥買い(排泄物を集め、農家に肥料として売る仕事)が主役の一端を担いますが、しかしそれでも“とてもかわいらしい物語”でもあるのです。
●22歳、おきくは身分の違う中次と恋に落ち、世界を知り、そして事件は起きる。
おきくは武家出身ですが、下肥買いの中次に惹かれていき、やがて恋に落ちます。矢亮を含めたこの3人の青春がとても初々しく、みずみずしく、観ていて思わず笑顔がほころんでしまいます。
ところが悲しい事件が起き……おきくは喉を負傷し、声を失ってしまいます。当時は手話がなかったそうなので、しゃべれなくなることがどれだけ不便か、想像もつきません。
しかし。絶望のふちに身を置きながらも、彼女は希望を失いません。恋したあの人に伝えたいことがある。だからおきくは、どこまでも歩き、中次に会いにゆく。前を向いて行きていく。この「せかい」には、果てなどないのだから――。
●“かわいらしい”シーンにキュンキュン! この映画体験は、きっと大切なものになる――
生命のきらめきとぬくもりに満ちた一作ですが、迫真のシーンばかりではなく、阪本順治監督作らしい“くすっと笑える”シーンや、さらに胸がキュンとうずく場面も非常に多く盛り込まれています。
ひとつ例に挙げるならば、おきくが自室で揮毫(きごう)するひと幕。ゆっくりと精神を統一し、真っ白な和紙に向き合い、筆で「忠義」と書いていきます……が、ハッと気がつくと「中次」と書いており、おきくは顔を赤らめながら畳に倒れ伏し(でもむちゃくちゃ笑顔です)、手足をばたつかせるのでした。
といったように、恋することの楽しさが凝縮された胸キュンシーンは全編にわたって大きな見どころ(黒木華の“必殺の微笑み”も印象深いです)。胸に迫るテーマと相まって、観ればきっと、幸福な気分で映画館をあとにできるでしょう。
【注目してほしい魅力③】このGW屈指の“美の芸術作”
日本を代表する名匠の“最高傑作”を劇場で堪能しよう
最後に、今作が映画館で鑑賞するべき最大の理由をお伝えし、特集を締めくくりましょう。
それは、スクリーン映えする“映像美に満ちた芸術作”であることと、SDGsが重要視される現在に直結するモチーフ“江戸の汚穢(おわい)”を描いているからです。
●美しいモノクロ調で描かれる映像世界
圧倒的クオリティ、芸術性、娯楽性…名匠・阪本順治監督の“最高傑作”、堂々完成
そう、今作は主に、モノクロの斬新かつ美しい映像世界を形成しています。色彩が極端に抑えられていることで、私たちの注意は自然と“色以外の情報”に向かいます。たとえば春の草、夏の川、秋の雨、冬の風……映像なのに、これら“四季の匂い”すらも感じられる映像は、観るものすべてを極上の体験に包み込むでしょう。
また、あくまでもモノクロ“調”であることがポイント。墨絵のような美しさを押し出しつつ、ここぞという場面で画面の全体、または一部に色が花開く演出がなされ、色の鮮やかさをより鋭敏に感じる“美しき瞬間”を味わわせてくれるのです。
モノクロ調の映像でありながら、季節の匂いと鮮やかな色彩に満ちた名作を創出したのは、「顔」「亡国のイージス」「大鹿村騒動記」「北のカナリアたち」「半世界」「冬薔薇(ふゆそうび)」などの阪本順治監督。彼の記念すべき30本目の映画であり、初のオリジナル時代劇、そして初の恋愛譚にして、鑑賞した多くの映画人が“阪本順治監督の最高傑作”と感服する一本が誕生しました。
ゴールデンウィークはど派手な大作や、極めてエッジーな秀逸作が多く公開されますが、「せかいのおきく」のような、芸術性とクオリティが図抜けた作品を映画館で味わってほしいと、私たち映画.comは強く強く願っています。
●今こそ観るべきメッセージ
あの宮崎駿も描こうとした“江戸の汚穢(おわい)”は、現代に通じる
黒木華は今作に対し、こんなメッセージを寄せています。
「今の時代につながる尊さがある作品になっていると思いますので、たくさんの方に観ていただけると嬉しいです」
“今の時代につながる尊さ”とは、中次と矢亮が生業とする下肥買いを指しているのでしょう。
下肥買いは民家などの排泄物を集め、肥料として農家に届け、作物をこしらえる手助けをしていた職業です。彼らを通じ、江戸時代は布や紙や食べ物などをゴミにせず、再利用する“循環型社会”だったと示されます。そして、環境問題やSDGsなどへの関心が当たり前となった現代で、我々にどんな行動や心構えが必要なのかを教えてくれるのです。
実は過去には、あの宮崎駿も描こうとしたモチーフであり、ゆえに今こそ観るべき価値の高い作品でもあると言える「せかいのおきく」。今作の美術監督・プロデューサーの原田満生が立ち上げた“ YOIHI PROJECT”(映画製作チームと自然科学研究者が連携して映画や物語を通じ、環境問題をわかりやすく・深く伝える取り組み)の劇場映画第一弾でもあり、それゆえに物語には原田の切なる願いが込められています。
実際に、今作の現場では江戸の循環型社会と同様に、環境に配慮した様々な取り組みを試みたといいます。美術セットや小道具、衣裳にいたるまで劇中に出てくるものすべて、新しいものは一切使用せずに撮影することを決め、準備が行われました。
「この映画で世の中が変わるなどとは思いませんが、こんな時代があったことを多くの人たちに知ってもらいたい。江戸時代は資源が限られていたからこそ、使えるものは何でも使い切り、土に戻そうという文化が浸透していました。人間も死んだら土に戻って自然に帰り、自然の肥料になる。人生の物語もまた、肥料となる。自然も人も死んで活かされ、生きる。この映画に込めた想いが、観た人たちの肥料になることを願っています」(原田満生)
これから私たちは、何を大切に生きてゆくべきなのか? そうした問いの答えを知るためにも、ぜひ映画館で「せかいのおきく」をご鑑賞いただきたいと思います。