ゴジラ-1.0のレビュー・感想・評価
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美しいテーマに彩られた作品
ゴジラ-1.0 このタイトルに2つの意味を感じることができた。
始まって早々、時代背景は高度成長期に入った日本ではなく、その前に起きた大戦。
主人公敷島が抱える心の葛藤「生きていることはダメなことなのか?」
特攻出撃に機体故障を偽り、小さな島にある整備工場へ逃げ込む。
そこに突如出現したゴジラ。戦闘機の機銃操作もできないほど恐怖に襲われ、立花を除く整備員全員が死亡。
戦争が終わって実家の両親は空襲で死亡。隣の姉さんから生きて戻ってきた「恥さらし」となじられる。
当時の日本社会の常識。
赤ちゃんを託され死んだ母の代わりに身一つで走り回る典子。主人公との出会いと居候。
気の抜けた主人公は典子に出て行けと強くは言えないままで、隣の姉さんからヤジられるが気にかけてもらえる。
アメリカ軍の残した機雷掃除の仕事はいい稼ぎになる。
典子は敷島に「生きて」というが、敷島は食べるためにお金が必要だという。
やがてゴジラの存在をアメリカ軍がキャッチするが、ソ連との関係で日本での戦闘行為を拒否するという設定だ。
これによって日本は軍無しでゴジラと戦う必要になる。
秋津のセリフに監督の日本政府に対して言いたいことが語られる。「緘口令 この国は変わらない」
ゴジラの口に機雷を入れて爆発させてもゴジラは再生するという設定。
九死に一生を得たように高雄が現れるが、主砲を撃っても全く効果がなく、ゴジラの放つ熱光線の恐ろしい破壊力。負傷した敷島が気絶するが、こんな場合絶対気絶した者勝ちだと思った。どうせ死ぬなら気絶しているうちにやってくれ。
余りにもすさまじいゴジラ。二度逃げたという自己憐憫。「俺は本当は生きてちゃいけないんだ」
そんな敷島に典子は「どんなことがあっても死んではいけない」
そして東京に上陸したゴジラ。すさまじい破壊。熱光線は原爆そのものだ。
典子は敷島を庇いゴジラの犠牲になる。
典子は死んだ。大人の嘘。心の芯でわかる事実に、アキコが泣く。
さて、
ゴジラとはいったい何だろうか?
それは、災害と戦争のモチーフではないだろうか?
そしてそれは、「人の過ちの象徴」だ。 「理不尽に何もかもを奪う愚かさ」
野田の出したわだつみ作戦。心に火が付いた敷島。整備士の立花を説得し「震電」の整備を依頼した。
「俺の戦争は終わっていない」という特攻への覚悟。
そしてまた秋津が言う「この国は命を粗末にしてきた」「ゴジラとの決戦は死ぬための闘いじゃない。未来を守るためだ。若者たちの未来を」ここにまた監督の政治に対する思いが込められている。
敷島に抱きしめられたアキコはすべてをわかっている。だから泣くのだ。戦争の悲しみが伝わってくる。
大どんでん返しの伏線「電報」 さすがにわかりますが、そう簡単に理解させないところが面白い。
この作品のテーマは「それでも生きろ」というところでしょうか?
作戦もヤバくなってきたところに、水島らが加勢。ゴジラを引き上げます。しかしまたもや熱光線を準備するゴジラ。
そこに特攻隊敷島号。あの電報が無になってしまうのか?
見事特攻した敷島号は、ゴジラの頭を吹っ飛ばした。そしてまたどんでん返しのパラシュート。
「生きろ」立花が言った言葉に「新しい考え方」が込められている。
これからの時代の新しい選択だ。
ゴジラとは畏敬の神でもある。敬礼する男たち。
そして、
電報が敷島に渡される。
無事だった典子。
「生きている」という喜び。
くだらない古い概念を終わらせることが、この作品が伝えたかったことだろう。
しかしオチがある。
ゴジラの復活。
それはいまだ終わらない戦争。いまだ続く人の過ち。
ゴジラ-1.0のもう一つの意味、それは、
いまだに解消されない「戦争」というマイナス(負)の遺産。
最高に面白い作品だった。
命を考える。新たなるゴジラの物語。
「ゴジラ✕コング 新たなる帝国」に大満足した帰り道、予約していた本作品のBlu-rayを受け取って、自宅で鑑賞です。
怪獣王ゴジラが好きな自分にとっては、人間と戦う本作品、あまり期待してなかったのですが、映画館で見た時に、予想以上の大興奮。今回、3回目の鑑賞です。
いや~、何度見ても面白い。
今までの作品は、昭和29年の第1作ありきのゴジラシリーズだったのですが、本作品は、その前の物語。正に新ゴジラですね。
ゴジラが登場するCGシーンが、迫力満点で面白いのは勿論なんですが、人間が演じるドラマ部分も見応えありました。
戦争という特殊な状況からの復興のなかで、神木さんが精神的に成長していく様子。
戦後の混乱期を、全く血の繋がらないもの同士が、家族として共同生活を行い、絆が深まっていく。
そして、ゴジラを退治するために奔走する人々。
それぞれのドラマ部分もホンッと魅入っちゃいます。
でも、やっぱりスゴいのはゴジラですね。
なんと言っても、アカデミー賞視覚効果賞受賞ですから。
何度見ても、銀座の破壊シーンは、迫力満点で素晴らしい。特に熱線を吐く時のトリガーみたいな演出は最高です。
ホラー映画に有りがちな、まだまだ続きそうな演出は怖さを倍増するにはもってこいかな?
自分としては、是非とも続きが見たい。
今度は怪獣とのバトルものになると良いな。
役者は豪華なのだが・・
うーん、VFXは素晴らしい。脚本自体はそう悪くはないと思うが、役者や掃海艇や震電の振る舞い方に違和感を感じた。演技指導が良くないのかも。
浜辺美波の唐突な神木隆之介との出会いや安藤サクラの妙に冷たい出だしの絡み方は三丁目の夕日の登場人物達の劇中の絡みの自然さには遠い。掃海艇の山田裕貴も震電の修理人の 青木崇高も、その作業の内容からは浮いてしまっている(あまりにもその作業内容が軽い)。そもそも、震電をゼロ戦のようにヒラヒラと飛ばすところにリアリティの無さを感じ、それを操縦するのがあきらかに技量に欠ける学徒動員の特攻隊上がりの神木隆之介というのもうなずけない。
VFXとストーリーは楽しめる。しかし、演出と脚本は今一つで、特に役者がもったいない。これならシン・ゴジラの方がずっとアカデミー寄りだったな。改めてシン・ゴジラを見直してそう思った。
反戦映画というほどではないが面白かった
特撮、怪獣、もっと言うと東宝自体も嫌いなのに見ようと思った理由は、もちろんアカデミー賞受賞と、それまで私の中では三丁目の夕日や永遠の0の人でしかなかった山崎貴監督のインタビューを見て立派な人だなあと思ったから。面白かったというのが率直な感想。
自分の弱さ故に戦争で生き残ってしまった主人公が、同じく多くの大切な人を亡くしながらも生き延びた仲間達と出会い、共に戦いトラウマを乗り越えていく。
辛いシーンが続いても豪華キャストによって和む瞬間があった。佐々木蔵之介が関西弁になる瞬間が一度あったり、東京の役所の公務員がコテコテの関西弁だったりするのは何故?
戦争末期の冒頭からゴジラが襲撃してきて、その時点で少なくとも太平洋には核爆弾は落とされていないと思われ、ゴジラ誕生の理由はわからない。
「今の日本は自国の軍隊も持てない、GHQの援助も得られないのだから、我々の力で」というところで自衛隊発足かー?と思ったがそうではなくて良かった。最後、全ての人が自ら敬礼するが、ゴジラに対して?あそこまで揃いも揃ってゴジラに敬礼するとは不自然な気がした。
つくづく思うのは、俳優はあまりCMに出すぎてはいけない。神木隆之介を見ていて何度も「宝くじ」を連想させられてしまった。
ゴジラと特撮は最高
2回目の鑑賞。
ゴジラと軍艦、戦闘機が映っていると画面が引き締まる、またいは予算のかかり方がそこだけ違うと観客からもわかってしまう。
特に戦闘機でゴジラを誘導する場面では、長閑な農村を背景にして優美に飛び回る戦闘機を、荒々しいシルエットのゴジラが一瞬素早く動き噛みついて落とそうとするのは、縮尺は違うけれど何か犬みたいでかわいいと思ってしまった。
カメラワーク
アカデミー賞で視覚効果賞を受賞したのでその辺に注力して観たが、確かにゴジラに違和感がなく本当にそこにいるかのように感じた。カメラワークが効果的に使われていると思った。水面下から襲いかかるゴジラには、ただただ恐怖。
個人的には、戦後の日本の様子が細かく丁寧に描かれているところが良かった。
それと戦闘機や軍艦が好きな人にはたまらないのかな、と。
ゴジラがひたすら街を蹂躙する様子が多いのかと思ったが、思いのほか人間ドラマが大半を占めていた。ゴジラの映画はだいたいこうなのかな。怪獣系の映画はほとんど観たことなかったのだが、なかなか面白かった。
幼少期に家族3人で観たゴジラを越えた♪
四の五の言わず今すぐ映画館に観にいきたまえ♪
兎に角神木隆之介くんがカッコいい!ずっと逃げ続けていた彼が遂に・・・
戦後何もなく皆貧乏だった時代に「ゴジラ」
がこれでもかと最悪をもたらす・・・😱
ドSな映画です♪
映像がキレイだし迫力あり!
幼少期に観た時は、ゴジラのちっちゃなフィギュアがおまけで貰えました♪
まさか自分の子供とアップデートした「ゴジラ」を観られるとは思わなかった😌
映画って
本当に素晴しいエンターテイメントですね♪
戦争に敗けた鬱憤をゴジラの駆逐で晴らすな
大阪ステーションシネマにて、遅ればせながら観賞してきました。2023年11月3日封切りでもう5ヶ月を超すロングランですね。着ぐるみじゃない完全CGで、視覚効果賞のオスカーを獲ったゴジラとあらば、流石にスクリーンで観るしかない。
1945年の大戸島の時点で大興奮。深海魚が浮いてくると呉爾羅が現れるという伝承のある島で、戦時は故障した航空機の不時着所となっていた。1954年にはじめてゴジラが観測されたと思っていましたが、今作で1945年にすでに観測されていたことが明らかになりました。それで-1.0か。エピソードゼロでもないしね。ゴジラは1945年時点では大型恐竜くらいの大きさであり、1946年のビキニ環礁水爆実験の影響であの50.1mの大怪獣サイズになったと。
巨大化前の口で人間を咥えて振り回す様はジュラシックパーク的で、やはり未成熟のゴジラという感じ。しかしこのシーン、噛みちぎらずに投げる、投げる。そして翌日布をかけられたご遺体もいやにきれいでした。これは別に文句言いたいわけじゃないけど。グロ描写に弱い人のための優しさかなー。時代だなー。
とはいえ敷島に絶望と悪夢を植えつけるには十分な出来事でした。特攻隊として出発しながら、生きて家族のもとに帰る方が重要だと判断した敷島は間違ってないと思います。けれど同じく家族がいる仲間たちが特攻して死んでいき、嘘をついて一人だけ免れた自分を卑怯だと責める気持ちは消えない。大戸島に逃げ込み何も語らず時が過ぎるのを待つつもりが、あの夜あの惨劇を目の当たりにしてしまう。自分のせいだ、自分は生きてちゃいけない人間なんだ…。「図々しく生き延びた、この恥知らず!」澄子さんは吐き捨ててくるし…
まあでも2年後くらいには、澄子さんも反省したでしょう、なんであんなこと言ったんだろって。戦時は人々の感覚や価値観が狂っていたというのがよく描写されてたんじゃないでしょうか。敷島はマトモですよ。
俺の戦争は終わってない云々はよくわかりませんでした。言いたいことわかるようなわからないような。要は国への帰属意識があり、敗戦と共に「敗けた。俺は役に立てなかった。のうのうと生きていて恥ずかしい」という気持ち。役に立ちたいという気持ちなんでしょう。わだつみ作戦の人たちも「今度こそ役に立ちたい」とか言ってたし。アメリカから国を守れなかったが、ゴジラから国を守ることができれば、誇りが回復できるという。戦争直後は戦時のメンタリティーを引きずっているということなんでしょう。
そう考えると、ゴジラは自然災害ではなく、襲いくる「敵」なんですね。最後に敷島が特攻作戦を成功させ、なおかつ生還したというエンドは、戦時の価値観と戦後現代の価値観を満足させるいいとこ取りの結末だったと言えます。敷島や橘もこれからは前を向いて歩いていけるでしょう。絶対これから仲良くなりますよあの二人。典子も生きてたしね。
いやー身勝手ですねー。そんなものの捌け口にされたんですか、我々のゴジラは。ゴジラはね、無垢な海底生物なんですよ、ちょっとデカいだけの。大戸島では恐れられると同時に崇められてたはずです。1954年時点では、呉爾羅の怒りを鎮めるために生娘が生け贄にされましたが、それも人間が勝手にやってたことだしね。神性生物として人間が勝手に崇めてるだけの野生生物。奈良公園の鹿みたいなものでした。
それが人間の水爆実験で肥大化させられて、熱戦を放つようになっちゃったんでしょ。熱戦を撃つのも辛いですよきっと、ホントはやりたくないんじゃないかな。
まあでもゴジラが東京に上陸するなら、駆逐するのは当然ですよ?黙って破壊されることはない。黙って駆逐し静かに黙祷を捧げるべきです。若しくはアメリカの水爆実験に罪があり、日本に罪はないとする立場をとるなら、ゴジラへの哀れみと共にアメリカへの怒りをもって本作戦を遂行するべできですよ。
ゴジラが青い光を放ちながら朽ちていくシーン、感慨がなかったですね。それもそのはず、皆ゴジラが何なのか考えてなかったからです。なんかわからんけど死んだわ、よかった、みたいな。敷島に至っては、考えて反省し意味付けをするべき対象はまず戦争ですよ。澄子さんとの軋轢も、自身を責める気持ちも戦争に由来します。戦争を決行した日本政府、その軍部、それからアメリカ、そして世界、人間。それらについて振り返り、意味付けをすることで、これからの人生の展望、為すべきことが見えてくるはずです。それらの論点をゴジラとすり替えて、ゴジラ駆逐によって解決したと思い込んでしまった敷島は、どこかでまた壁にぶつかります、必ず。だって何も解決してないもん。
まあ戦時に大戸島でゴジラに遭遇して、問題がぐちゃった敷島は不運ですがね。戦争は人災、大戸島のゴジラは天災、銀座のゴジラは半分天災半分人災(アメリカの水爆実験のせいとも、人類共通の罪とも言える)、ややこしいわな。
戦争のやるせなさをゴジラの駆逐で解決した気になってしまうあたり、なんか日本だなって気がします。問題を取り違え、やってる感で満足してしまう感じ。そういう意味で、しっかり日本映画でしたね。
スッキリしてませんよ?私は。続編作ってくださいね、山崎監督!
いたずら
でしょうか、古今東西の「映画」への、オマージュというよりは
シンゴジラでお子さんお孫さんのヒンシュクをかった方々も今回は大丈夫たぶん
くちくかん見たさに通ってしまいました
艦名はカタカナがよかったなァ
ちゃんと日本の怪獣映画になっているような気がします
小さい頃数本見ただけなんですけど
たまたま隣り合ったご婦人の度々のため息を感じながら観た日は辛かった
仕舞いには鼻で笑ってたし
怪獣映画だって知らずに見たのかはたまた
これもオスカーはオッペンハイマーとのバーターかと
面白かったし何度も泣かされた
ゴジラは圧倒的過ぎて怖くて、人のドラマはしっかり泣かせてくれる
突っ込みどころも無くはないが初代ゴジラ映画へのオマージュもありながら
全体的に「最高!」評価で間違いないかな
シンゴジラを越えた、とまでは言わないがよい映画じゃった
ゴジラこっわっ((;゚Д゚))
知り合いに勧められて鑑賞
いやー凄かったです
ゴジラと対峙した時のあの絶望感
そりゃそうなりますわぁ
久々前のめりになって見た映画
劇場行って良かったなー
本日2回目いってきますく(`・ω・´)笑
隣のおじちゃんは言っていた。見に来る若い子が少ないんだと・・・あぁ嘆かわしや
えっ!いまレビューするの!?
昨年からやってたじゃん。
ごめんなさい。2回目でも3回目でもなく初視聴です。
こんな素晴らしい作品を見逃していたことをすごく後悔しました。
はじめに私事ではありますが、私は恐竜とかサメとかなんかでっかくて顔が怖いものが苦手なんですよ。
だからこの映画もあぁ怖そうと避けていたんです。
実際に劇場で見てきて、やっぱり恐ろしかったですよ。
あんな恐ろしいくてでっかいやつが自分の目の前にいるんですから。
でもねでもね。そんなことどうでもよくなるぐらいにドラマパートが良かった。
ひょんな事から家族を持った青年とゴジラの対立関係を描いたストーリーなんですが、もうね息をのむ展開のオンパレード。
あのシーンも、このシーンも大好き。本当に好き。
クサイとか言われちゃうくらいに王道な展開なんだけど、やっぱり王道って確かな面白さがあるから王道なんよ。
キャラもいいね。キャラの味付けがドラマというよりマンガやアニメよりで個性豊か。それでもちゃんとそれぞれに人間臭さがあるのが、視聴者の心をつかむんや。
そんで次は特撮パート。これは凄すぎますね。ああCGでここまで息をのむような映像を作れるんだと感心しました。そしてゴジラの見せ方が上手い。しっかり人類に対する脅威してたよ。
私は仮面ライダーとかウルトラマンとか特撮大好きなんで、熱戦を吐くゴジラがかっこよすぎましたね。
最後に音楽、大好きです。とくに「Godzilla-1.0 Godzilla Suite I」でね。
テンポはとてもゆっくりなんですが、一音一音が重くずっしりとしている。
これはまるで、ゴジラのために作られた行進曲ですね。
曲を聴くだけで、あの力強く恐ろしいゴジラの姿が思い浮かびます。
ああ恐ろしい、ああ恐ろしい。
総括
これは間違いなく傑作です。
たまたま隣にいたおじちゃんが、若い子が見に来るのは珍しい。
いつもはわしと同じぐらいの人しかいないと言っていました。
これはね、10代20代の方にも分かりやすいし面白い作品であることは間違いないんで映画館で上映しているうちに見に行くべきですよ。
えっ?アマプラで配信されるって。
家に大きなスクリーンなりテレビなりと、それなりの音響設備があるならそれでも構いませんがそうじゃないなら映画館一択です。
あの迫力に気圧される感覚は自宅では味わえません。
さぁこれを読んでいるそこのあなた!
最寄りの映画館のチケットを予約するのです。
今すぐに、さもないと.....
アンチ邦画を唸らせたゴジラ
実はマ王は邦画を映画館ではあまり観ない😐
理由は邦画は洋画に勝てない、という昔の考えを未だに大事に抱えているからである🥸
昔はね、制作費の段階で海外の映画がズバ抜けてたし、お金を掛けてる分だけ良質の作品が多かった(と信じてる)
でも近年になって撮影技術の向上と撮影方法の変化と表現の幅が大きくなって、遂に邦画が洋画を追い抜いた様子だ←実際には観るに値する洋画が減ったのと「全米No1」告知が減ったのと日本はマンガと小説原作勢力が幅を利かせているから(邦画のガラパゴス化)
そんなアンチ邦画のマ王が「コレは映画館で観た方が良いのでは?」と思わせたのが「ゴジラ-1.0」である✨
だがマ王は「ゴジラ」そのものを映画館で観るのが初めてだったし「ゴジラ」という媒体は「シン・ゴジラ」に続いて2作目だったのよ💦←「シン・ゴジラ」はアマプラで
しかも偶然映画館のタダ券を手に入れたのもあって「この勢いで観に行くしかないな」とマ王は重い腰を上げたワケなんだけどね😅
いやまぁ想像以上の面白さだったからビックリしてさぁ😳
だって「ゴジラ」だけど「ゴジラ」の映画ではないからね🥸
戦後の復興を果たしつつある日本に再び「破壊」が訪れる、その中で人々はどうやって試練を乗り越えるか、というヒューマンドラマが骨だから😆
見応えは充分だったよん👍←純粋に物語がシッカリしてるから
ただし、物語中盤に起こる出来事でヒロインがいなくなるんだけど、このシーンを観た後の「あのラスト」は御都合主義じゃないの?と思ったのはマ王だけかいな🤔
浜辺美波のファンにはゴメンナサイだけど😋
映画館での鑑賞オススメ度★★★★★
ゴジラ密度★★☆☆☆
ヒロインの運度★✕100
粗はあるもののよかった
ところどころ時代考証やその当時口にすることなさそうな言葉にあれ?と思うところはあるものの最後はありがちと思えそうな展開を積み重ねつつ特撮なのに涙した。
初代ゴジラへのリスペクトもなんか感じられたのもあるけど子役と安藤サクラがすごく良かった。
あまりに切なく哀れなゴジラ。涙するには悲しすぎる。
ゴジラ映画と言えば正月。お年玉を握り締めて兄貴と円町東宝へ自転車で行った。その頃は二本立て興行で森繁の駅前シリーズだった。色気と怪獣の妙な組合せ、しかしこれを2回観るのは少し辛抱強さが求められるが小学生には全く問題はなかった。スクリーンに登場するゴジラはいかにもゴムで作った着ぐるみとわかってしまったけれど国会議事堂をぶち壊すシーンは息が止まった。
しかしどうだろうこのゴジラ−1.0は。特撮の最終技術を駆使して作られているがあまりにもリアル過ぎて退屈してしまった。シン・ゴジラも見たんだけれどこの退屈感は抑えようがなかった。
ゴジラは原水爆の副産生物という設定。そして日本国高度成長期に海からやってきた。暴れ回るだけ暴れ回って海に帰って行く。咆哮する姿は怒りに満ちてかつもの悲しい。そして、疑問は何故日本に来るのだろう?世界で唯一の被爆国である日本になぜやって来て暴れ回るのか?敗戦直後の日本に置き換え映画を作ってもこの疑問は永遠なのだ。
切なく吠えるゴジラは我々になにを言おうとしているのだろう?
ナウシカを見たような大人向けの映画
前知識はアカデミー賞を受賞したこと以外は白紙の状態で再上映期間中に鑑賞。
一言で言えば覚醒した人間の生き様をゴジラを通して描いた作品である。戦後まもない東京を舞台にしているが、初代ゴジラに対するリスペクトを感じた以外は特徴はない。また戦うことについてアメリカもゴジラも同じことだが、戦中末期における主人公の心境の変化が少し乏しい感じがした。
むしろ戦中において、天皇陛下(お国)の為に命を捧げろという教育を受けた登場人物がゴジラ出没により思想転換する様は少し無理があると思ったが、覚醒した段階で守るべきものを悟った時点で昇華されたと解する。
それは生きていこうとする覚悟であり、次の世代に期待を寄せる先駆者の想いそのものである。それを感じ取れた分感動も大きい。ゴジラ映画でこれだけ泣けた映画はなかった。吉岡秀隆に助演男優賞を挙げたい。
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