銀河鉄道の父 : インタビュー
役所広司と成島出監督が明かす、映画人としての“きっかけ”
直木賞作家・門井慶喜氏の第158回直木賞受賞作を成島出監督が映画化する「銀河鉄道の父」が、5月5日から全国で公開される。宮沢賢治の生涯を父親の視線を通して描く今作で、父・宮沢政次郎に息吹を注いだ役所広司、メガホンをとった成島監督に話を聞いた。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)
原作となる同名著書(講談社文庫刊)は、門井氏が膨大な宮沢賢治に関する資料の中から、父・政次郎について書かれた資料をかき集め、賢治の生涯を父親の眼差しを通して見つめる究極の親子愛の物語。成島監督はいつか賢治の映画を撮りたいと切望していたというが、調べれば調べるほど賢治の世界観の複雑さに圧倒され、映画化への道筋を立てられずにいた。
そんな時に出合ったのが、書店で見つけた同書だった。「その視点があったのか!」と心の中で叫んだそうで、「あの時代に、賢治の全てを受け入れている。ある意味、イクメンの走りかつ親バカで、一生懸命なところがチャーミング。賢治と家族の格闘ぶりも面白かった」とのめり込み、映画化の権利を獲得。成島監督が絶対条件として掲げたのが、父・役所、息子・菅田将暉というキャスティングだった。
■成島出監督と役所広司の出会いは……
役所扮する政次郎は、父の代から富裕な質屋を営む一家の主人で、責任感と情熱のある明治の男。しかし、賢治(菅田)が誕生すると、明治の男には珍しく子育てに熱心で、子どもにはめっぽう甘い。賢治は長男として質屋を継ぐ立場にあったが、適当な理由をつけては拒み続け、学校卒業後は農業、人造宝石、宗教……と我が道を突き進む。政次郎は「賢治のためなら」と甘やかしてしまう。やがて、しっかり者の妹・トシ(森七菜)の病気を機に、賢治は筆を執るが……。
こんなにも純粋に人を愛する、そして信頼できるということのかけがえのなさを描くにあたって、コミカルな部分も併せ持つ政次郎という役どころは、まさに役所の真骨頂。成島監督とは、「監督」と「俳優」として対峙するのは「油断大敵」に始まり「聯合艦隊司令長官 山本五十六」「ファミリア」に続き、4度目。ふたりは、互いのどこに最も信頼を置いているのだろうか。
成島「僕はもともと役所さんのファンで、助監督の頃からずっと好きなんです。ご縁があって、脚本などでもご一緒させていただく機会があり、もう長い付き合いになります。付き合えば付き合うほど、ご一緒すればするほど進化していくのが凄い。ある程度、ベテランになっていくと(表現方法が)固まってくるものですが、役所さんは常に“今がベストだ”というものを見せてくださる。それが凄いなと思うんです」
役所「監督が『大阪極道戦争 しのいだれ』で助監督をしている頃から一緒に飲んでいて、『僕が監督をする時は出てくれ』って言われていました。『油断大敵』で監督デビューを果たしたわけですが、助監督時代から、映画愛が凄かった。映画が好きで、好きで、その思いの強さが俳優として信頼できるところ。そして、たくさん映画を観ているところも信頼ができます」
■ふたりの父親はどのような人物だったのか?
役所が体現してみせた、厳しさと優しさが同居する政次郎の姿を見るにつけ、今作は親としての目線、子どもとしての目線という全く異なる見え方を意識的に楽しむことができることに気づかされる。そして、純粋な好奇心が湧いてくる。今作を撮り上げた成島監督と、座長として現場を牽引した役所の父親はどのような人物だったのか知りたくなってきた。
成島「うちの父は大正生まれで、特攻の生き残りなんです。17歳で志願して特攻に入ったのに、死にきれなかった。それで奇跡的に、僕が産まれたわけですが……。『永遠の0』で岡田准一くんが演じたキャラクターと同じで、若くして入ってみたら上の人たちがどんどん亡くなっていって、あっという間に軍曹になってしまった。それで夢のある若い人たちを送る側の立場になってしまったそうなんです。
そういうことがあったからなんでしょうね、息子である僕がやりたいということには反対しなかった。その話を親父は全くしてくれず、知らなかったんです。亡くなった後に、伯父から『ずっと言うなって言われていたんだけど……』って、母も知らなかった話を教えてくれました。それで腑に落ちたというか、やりたいことを全てやらせてくれたのにはそういう背景があったのかと。母はもう少し堅気の道をいって欲しかったみたいですが、父は『やれるところまでやってみりゃいいじゃないか』と言ってくれたんです。政次郎と近いものがありましたね」
役所「うちの親父は明治男でね、最初はお金持ちのところへ養子に行ったんだけど別れたくて仕方がなくて……。無茶苦茶やって離婚して、その後にひと回り下のおふくろに求婚したんです。5人兄弟の男ばかりで、僕は末っ子。商売をやっていましたから、親父は一生懸命に働いて、それを家族全員で手伝っていました。年末はみんなで餅つきをしたりして、イベントをしているときの親父は楽しそうでしたね。
商売がうまくいかなくなってからの晩年の親父は怖かったですね。兄貴たちも一緒に商売をやっていたんですが、もうやめようか……ってなったときは荒れてね。家で商売をしていましたから、調子がいいのか悪いのか、ちょっとイライラしているな、兄貴たちとうまくいっていないのかな、というのを親父の背中から感じ取っていました」
一方で、実生活で父親として心がけてきたこと、忘れないようにしてきたことを役所に聞いてみると、「失敗したときは、反面教師として参考にしてくれればいいと思っています。ただ、本当に相談したいときに、気軽に相談を持ち掛けられる雰囲気は大事かなと思っています。あとは本当に親らしいこと、何もしていないんですけどね」と照れ臭そうに話してくれた。
■菅田将暉と森七菜の才能を絶賛
そしてまた、菅田と森が演じた兄妹の佇まいも見どころのひとつとして挙げられる。賢治の知性あふれる瞬間と繊細な一面を全身からにじませた菅田、記憶が曖昧になっていく祖父(田中泯)を平手打ちして「綺麗に死ね」と言い放ち、優しく抱き締めるトシとして作品世界を生きた森の姿は、成島監督と役所にとっても頼もしく見えたのではないだろうか。
成島「原作を読んだ瞬間、役所さんと菅田さんの顔が浮かんだんです。賢治の天才的かつナイーブなところ、役所さんとの組み合わせを考えたときに、彼がベストだと考えました。現場での彼のエネルギーと繊細なところは、想像以上でした。今回初めてご一緒しましたが、本当に素晴らしい俳優ですね。
森七菜ちゃんも吸収する力はもちろんなんですが、耳がいい。こちらの求めていることを感じるアンテナが鋭くて、それでいて自分の世界を持っている。これからもっともっと大きく育ってほしいし、実際にそうなるでしょうね。そして、ふたりとも声がいい。彼らの声が好きなんです。役所さん含め、3人のハーモニーがとても心地よかったですね」
役所「ふたりとも俳優として素晴らしいですよね。才能豊かで、俳優になるべくしてなった人たち。あとは、これからどうやって生きていくかで、俳優としての深みが出て来るのかな……という気がします。いちファンとして、楽しみに観て行きたいですね。
俳優というのは、その顔とその体しかないですから、そんなにはたくさんの役はできません。だからこそ、やっぱり実生活が大事になってくるんでしょうね。俳優にとって経験が大きな財産になるんだと思います」
■大島渚監督と長谷川和彦監督が……
本編中、賢治はトシが病に倒れたことをきっかけに猛然と書き始める。人生において、大なり小なり何かの契機、引き金となるような出来事に出くわすというのは、どんな人でも思い当たる節があるはずだ。成島監督と役所の映画人生における、重大な“きっかけ”がどのようなものであったか聞いてみた。
成島「思い出深いのは、ぴあフィルムフェスティバルで監督した8ミリ映画『みどり女』を応募したら入選して、当時憧れだった大島渚さんと長谷川和彦さんという両監督が僕の作品を推してくれたんです。そのあとの打ち上げで『おまえはどうしたいんだ?』と。映画監督になりたいけど、専門に勉強したわけでもないし、趣味で撮った8ミリなんで……といった具合にモゴモゴしていたら、『映画監督になれるよ君は!』と大島さんにズバッと言われて。
『なあ、ゴジ(長谷川監督のニックネーム)!』『おうおう、俺んとこに来て、ちょっとカチンコ打てば、すぐに監督になれるよ』って。それで、『本当ですか?』って聞いたら、『できるよ。なあ、大島さん』『おう』って(笑)。『そっか、俺、監督になれるんだ』って。その夜のことはずっと覚えています。
ふたりが恩人であることに間違いないのですが、自分が同じような年齢になってみて、『よくもまあ、無責任なことを言えるなあ』って(笑)。ただ、あれだけ堂々と言い切られると、人って信じちゃうんだなって勉強になりましたね」
■「眠る男」の経験が「Shall we ダンス?」の芝居に生きる
役所「『Shall we ダンス?』と『眠る男』と『シャブ極道』をやった年(3作品とも1996年公開)があるんです。その時はご褒美にいっぱい賞をいただいたんですが、順番としては『眠る男』から撮影が始まったんです。
それまでは、テレビでも演劇でも『テンポをあげてスピード、スピード!』みたいなことを言われていたなかで、2ページくらいのシーンの本読みをやったときに、『本番ではこれを3倍か4倍にまで時間を伸ばしてくれ』って言われたんです。そうすると、結構難しいんですよね。しゃべらずに延びるだけで、なんだか気持ち悪くて。
ただ、やっていくうちに次のセリフへいくまでに物語を自分で作って、次の台詞に向けて準備をしなければいけないんだなってことが分かってきた。初めての体験でした。間をいくらでも取っていい、と言ってくれる監督は当時ほとんどいませんでしたから。
間を取るというか、早くしゃべらなければという恐怖感がなくなった状態で『Shall we ダンス?』の撮影に入ったんです。小栗康平監督の『眠る男』に行かなければ、『Shall we ダンス?』でやったような芝居にはならなかったかもしれませんね。
真面目な2作品の後に『シャブ極道』の撮影だったので、開放感がありましたね。あの年に『映画って面白いなあ』って強く感じたことで、これからは映画を中心に仕事をしていきたいなと思ったんです」
今作からは、宮沢賢治を取り巻く家族のあいだに、こんなにも人間味溢れるエピソードがあったのかという驚きとともに、家族を信じ、とことん愛することのかけがえのなさがちりばめられている。役所扮する政次郎の「ありがとがんす」という一言が、とびきりの優しさをもって観る者の心を包み込んでくれることだろう。
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