正欲のレビュー・感想・評価
全383件中、281~300件目を表示
ガッキーの卵焼き食べたいな
多様性を広く認める社会は一見少数派にとって住みやすように見える。しかしその寛容性に甘えて或いは悪用して逸脱行為を正当化しようとする者達がいて,違法行為を咎めると差別主義者のレッテルを貼られたり,作中で描かれているように単なる水好きの筈が巻き込まれて性犯罪者扱いされたりする。そして最終的には当の少数派が損をするという皮肉。
また,検事夫婦やガッキー家族のやり取りをみていると,多様性許容を要求することと規範・因習遵守を求めることのどちらが理不尽なのか分からなくなってしまう。
作品が解決策を明示しているわけではないし評者にもわからないが,とりあえず,変わり者に興味を持ってみる,ぐらいから始めてみるか。
ガッキーの目の死に方で「渇水」の磯村(と生田)を思い出した。
誰かのせいにすればいいのか?
たぶん普通じゃない趣味嗜好を持つ側の者ですが
寺井検事の言うことは、間違いではないんじゃないかと思います。
人間の皮を被った悪魔も実際おりますし、
学校には行くべきと思ってます。
どんな理由で学校に行きたくない、については触れてませんでしたが、
「趣味嗜好が違う人」(夏月たち側)と
「義務教育を受けない」は
ちょっと話の構成としてレベルが違う気がします。
普通じゃない自分に苦しむ人と
普通じゃない自分たちに酔う人の違いを感じました。
寺井検事、
決めつけも多く、マイノリティを刺激する発言は多々みられましたし、
終盤の嫌疑に関しては「おいおいっ」て思いましたが。
私事になりますが、
「ある物」が異常に好きになってしまうフェチです。
詳しくはここには書けないのですが、
小4の時に、それに気がつき、
(寺井の息子と同じ年齢)
自分はおかしいのではないかと悩みました。
大人になったら、無くなると思ってましたが、今も続いております。
墓場まで持っていくつもりです。
フェチだということで誰に迷惑をかけてる訳でもなく、
指弾されることではないと思います。
たぶん、カミングアウトしても「別にそんなに後ろめたさを感じる程のものではないでしょ」と思われるかも知れませんが、問題はそこではないのです。
肉体そのものよりも、その対象物に性的興奮を感じてしまう事実が、恥ずかしくて知られたくないのです。
内容によっては弱みになって搾取される危険だってあるかも知れません。
カミングアウトされた側ならどう返していいかわからないず気まずくなると思います。
それに誰かに話したところで、自分の煩悩は消えないこともわかってます。
そんなリスクを背負うぐらいなら、黙っていた方が良いと思います。
劇中の夏月も佳道も大也も、そうなんじゃないかな、と観てました。
とはいえ、同じ趣味嗜好の人に出会うと嬉しいです。私も、ネットで見つけた時は嬉しかったです。佳道たちのように、交流しようとしたことはありませんでしたが。
「観る前の自分には戻れない」が、この映画のキャッチフレーズでしたが、鑑賞後も自分の中では変化はありません。
ただ、フェチについて改めて考える機会になりました。
意外だった。
何が普通で、何が異常なのか
朝井リョウの原作は未読。登場人物を一人一人章立てした群像劇が、一つの事件に収斂されていく。
様々な場面で多様性が謳われている現代社会で、一般に広く認められる多様性と、「あり得ない」と思われる多様性があるのではないか、そもそも何が普通で、何が異常なのか、といった一種の思考実験を迫られるような作品。
普通であることを当たり前に受け入れる人たちと、異常であることを自覚し、それを押し隠す人たち。夏月がふと漏らす「地球に留学してるみたい」という感覚は、社会で生きづらさを感じる人たち共通のものかもしれない。夏月と佳道の疑似セックスは、普通の人たちが行う行為が、冷静に見ると異様なものであることを感じさせる。
夏月役のガッキーが実質の主役。冒頭の水に浸されるシーンから、おっと思わせ、内面が窺い知れない無表情、検事との対決シーンでの目力など、これまでのイメージを覆す好演。佳道役の磯村勇斗は、注目作には常に出ている感じ。検事役の稲垣吾郎は、もっと冷酷でもよかった。普通と異常の繋ぎ役とも言える山田真歩と東野絢香の演技も印象深い。
ただし、映画としての完成度はどうかというと、微妙なところ。そもそもこの題材を映像作品にすることは難しかっただろう。それでも「水フェチ」なので水浴びシーンが画になるが、これが「匂いフェチ」だったらどうしていただろう。
いろいろな人がいる
横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、不登校になった息子の教育方針をめぐり妻と衝突していた。
広島のショッピングモールで契約社員として働きながら実家で代わり映えのない日々を過ごす桐生夏月は、中学の時に転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知り飲み会で再会をはたした。
大学のダンスサークルに所属する諸橋大也は準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、誰にも心を開かないで過ごしてきた。
学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画した神戸八重子は、大也のダンスサークルに出演を依頼した。
何ら関連の無さそうな人達が絡み合っていく話。
検察官が家では妻や子供の意見を聞かずこうあるべきと押し付けたり、容姿に自信のない女性がイケメンに告白したり、イケメンは女に興味なかったり、いろんな人がいる、という事なのだろう。
久々にガッキーをスクリーンで観たが、役柄なのだろうが、覇気がなかった。
こんなガッキー観たくない。
星野源との結婚生活はうまくいってるのかと気になってしまう。
そんな感想。
稲垣吾郎含めその他の出演者には全く興味を持たず、そんな偏った見方をしてました。
「多様性」は便利な言葉。まぶすだけで暴論さえソフトに変化させる免罪符
本年7月11日の「トランスジェンダー職員の女性トイレ利用制限」についての
あるいは10月25日の「性別変更の手術要件」についての最高裁判決からも分かるように、
この国での「LGBT」への見方も随分と変化か起きているよう。
とは言え、それは「LGBT」に対して、との
あくまでも括弧付きの事柄であって、それ以外についてはどうにも心もとない。
いみじくも作中で「多様性」について語られるように、
ある人の嗜好や思考を100%理解することは不可能なのに、
それを耳障りの良い言葉で軽く括ってしまっている。
また、「LGBT」についても、今でこそ追い風は吹いているものの、
いつ逆風に変わるかは判らぬのは、過去の歴史からも明らかだろう。
タイトルにある「正」が「性」でないのは、
言葉遊びではなく、人の欲望の対象は様々なことの象徴。
勿論、犯罪に結び付く欲望はあり得ないにしろ
個々人の興味の対象は、それこそ多様であって良い。
男女が結婚し、子を多く産むことのみが生産的との
ステレオタイプな思考は、頭が凝り固まった意見。
映画化された四本の『朝井リョウ』作品
〔桐島、部活やめるってよ(2012年)〕
〔何者(2016年)〕
〔チア男子!!(2019年)〕
〔少女は卒業しない(2023年)〕
は、何れも群像劇。
そして今回もそれは例外ではない。
登場する主要な三人
『桐生夏月(新垣結衣)』『佐々木佳道(磯村勇斗)』『諸橋大也(佐藤寛太)』は
共に無機物である「水」に並々ならぬ興味を示す。
他の人とは異なる嗜好を認識し、
それ故に生きづらささえ感じる。
その対極に検事の『寺井(稲垣吾郎)』が居る。
彼は我々の右代表であり、世間的な常識を体現する存在。
が、時として自己の独善的な意見だけを押し付ける煙たい人物、
直近で言われる正義と正義のぶつかり合いを見せられているような。
この二つの属性は
理解し合えることは
たぶん無い。
会話はどこまでも平行線で、
良識派には多数ではない好みを持つ人のことは理解不能だろう。
建前として「多様性」を口にはするものの、
それはあくまでも世間的にはやっているからとの
自分を理解のある風に見せる方便でしかないのだ。
過去作とは違う横顔を見せる『新垣結衣』は印象的。
生々しく、時として底知れぬ暗ささえ感じさせる。
これは新たな境地と言えば良いのか、
それとも・・・・。
食べるガッキーは必見!
重い。
とにかく重い。
観終わったあとの率直な感想としては4.0点くらい。でもこの作品は後を引きそうな予感が既にしてる。ホアキンの『ジョーカー』を観た後に感じた“スルメ”感に近いもの。重くて息苦しくて嫌だなーと思いながらも何度も何度も頭の中で思い返してしまいそうな。だからそれを見越して+0.3点。
前半の舞台は広島弁で展開される。その方言の柔らかさが重くて、後ろめたい(と本人は感じてる?)、仄暗い趣向を若干和らげてくれる。場面が横浜に移ってからはキレキレ感が出てきてコントラストとしては良いけど、より息苦しさを増す。
情報量が多過ぎてまとまらないや。
だからこそ、何度も反芻して楽しみたい。
『いろんな人が居る。それでいいんだよ』って軽々しく言えなくなる。
原作未読だけど、あの水の“躍動感”にフェチズムを感じる様子を小説ではどのように表現しているのかが気になるから読んでみようかな。
ガッキーがとにかくよく食べます。
食べる姿フェチな人にはオススメの映画です。
映像では再現が難しい原作
映画の作品が良いというよりも原作が良い。鑑賞後はとても原作が読みたくなりました。
あらすじ
自分の居場所が見つからない、男女、30代、小学生、大学生など年齢役職もバラバラな地球上で生きている人々が孤独から自分と同じの指向の仲間を見つけ、当たり前から外れた人間たちが生きる話です。
思ったこと
社会で言う普通な指向の人はなぜ多いか?
・自分の本当の指向が見つかっておらず、学んだ結果普通の指向となった。
・自分の指向を何かしらの経験や理由から見つかったけど、それはほとんど反社会の指向。
なぜなら、社会の普通の指向は最低限の迷惑になるようにできている。
なぜ、それが今の社会で非普通の指向が目立つようになったのか?それは情報の自由です。インターネットやSNSで自然に自分の非普通の指向を告白する人が増えています。
同じ境遇の人たちに告白する勇気や指向を満たす勇気を与えてるのは非普通な仲間です。
それでも社会のルールを守る範囲で行わなければいけない。なぜなら非普通の指向が数え切れないほどあるからです。そんな人たちの告白を疑わずに受け入れることが大切です。LGBTQの理解が推進したように。
普通ってよく使うけど使い方が難しいね。
何が「普通」なのか?
誰を普通と言えるかと思うと法を遵守する立場の検事だろうか。
様々ヘチが存在する社会で共鳴する人の存在の嬉しさがしみじみと伝わって来る。
共感する内容が受け取る人々の価値観により受け止め方が違うのは当然だと思う。
検事を中心に出遭う人々の秘めた心の裏側を上手く描いていました。
終盤、SNSの同じ動画に映ってからと言って児童買春の取り調べを受ける展開は微妙で残念でした。
吾郎くんとガッキーの取り調べのやり取りは重みのある内容でした。
久しぶりの見るガッキーの笑顔が少ない映画だったのには困惑してるでした。
世界ってそんなに生き辛いかなぁ
生欲(生きようと思う気持ち)
宣伝コピーが言うような、「価値観を揺るがす問題作」かというと、そこまで特殊な話では無かったです。ただ、共感できるところと、理解しにくいところがありました。
題名の「正欲」とは、普通(多数派)が正しいとされる現実に一石を投じ、では普通でない(少数派)は間違っているのか?という問いかけなんだろうと思いました。
私は「水フェチ」についてはよくわかりません。テレビでタレントが「私、匂いフェチなんです」と言うのと、どこが違うんだろうか。水には魅せられるけど、性的興奮を感じるなんてことがあるのか。多分、明るくカミングアウト出来ないことが問題なんでしょう。
本作は私には、人と違う性的指向の話というよりは、生きづらさを抱えている人の話のように見えました。
最近、性の多様性がしきりに言われますが、生きづらさを感じるのは、性的指向の違いに悩む人だけではありません。
私も、朝スッキリした気分で目覚めて、楽しい一日の始まりにワクワクした記憶が無いので、夏月(新垣結衣)の「地球に留学している気分」というのは分かります(でも、留学生は希望に満ちていそうなので、異邦人ということですね)
学校に行きたくないのも分かりますが、ユーチューバーを逃げ道にするのは危険です。あの子達はリクエストに応じるだけになっており、小児性愛者は喜んで観ても、「普通の」視聴者からは飽きられていきます。母親は視野が狭くなっていました。
寺井(稲垣吾郎)は職業柄、鋭く、断定的な物言いもするけれど、それ程傲慢で排他的な人物とは思いませんでした。
ラストで夏月の言葉にひるむ姿が印象的で、稲垣さんは良い演技をするなと思いました。他の出演者も見事でした。
結末をどう見るかですが、私は佳道と大也の疑いは晴れるだろうと思いました。
レンタルで…
ガッキーさんを大画面で拝みたい方は、映画館に行くしかないですね。。ガッキーさんに癒やされて来ました。
内容は、多様性の押し付け映画です。
この描写だと、逆効果な気がする。
作中で、ガッキーさんが放った言葉「うるさいっ」を、多様性押し付け映画に言って欲しい。
こういう映画を作る事に対して否定的では無いですが、共有する形で作れないですかね。
多分、多様性を受け入れきれて無い方々が作ろうとするから、こういう問題提起型映画はチグハグになるのではないかな⁉。
要らないシーンが多く感じました。
そんなシーンよりも、深堀りして欲しい所が多々あったのに…何故だ⁉。
・磯村くんの絶望までの孤独感はどこから?
・子供が学校に行きたくないのは何故?
などなど。
分からないから、物語に没入出来ない。
仕舞には「水フェチ」押し。
水フェチなんて、いくらでも居ると思いますけどね。
生きている限り逃れられない
描かれている内容は、もしかしたら身近にもあることで、皆が気づいていないだけなんだろうか。
誰しもその人の嗜好があって、それが多くの人と違う、ただそれだけなのに、なかなか理解を得られないで苦しむ。死を考えるところまで追い詰められるとは。。考えさせられる。
多様性、ダイバーシティと言葉を耳にするが、当事者でなければなかなか理解できない。水フェチ?そういうのがあるのか…わからん…というのが正直なところである。
ガッキーの絶望したような表情が上手い。同じ嗜好・指向の人とつながっていくことで、笑顔になるのは間違いないのかも。
犯罪はダメですが。。。
巻き込まれるようになってしまったのが悲しい。
図書館で去年の9月から予約して一年経つが、一向に順番が来ない。なので予約を諦め購入して読んだ原作。「流浪の月」の時もそうだったなー。作家の人気ぶりが伺えます。
ホントこの国の圧力はねえ
LGBTQ問題のレベルでなく、ホントこの国の日常の同調圧力、正常バイアス圧力は嫌になるほど強く、またそれがアタリマエって思われてる。マジョリティの趣味趣向を押し付けないでほっといてってハナシですね。
鑑賞前に主演俳優陣を見て、若干の不安がありましたが結論それは取り越し苦労でした。
皆さん、内面に秘めた感情をうまく表現し、各々の配役に馴染んで違和感なかった。
とくに新垣結衣さん、こんないい女優さんだったのですね。(同居人とセッ◯スしない偽装結婚って役は、あのドラマをやったせい?)
3つの独立した物語が平行して展開し、最後にある不幸な1点で交錯するという脚本は、
ありがちといえばありがちですが、全体として混乱もなくうまくまとめていると思います。
エンディングの投げっぱなしに突然終わる感じはヨーロッパ映画的で私の好みだった。
全383件中、281~300件目を表示