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6歳のシモンが、実の父親の希望により、4年半育ててもらった里親の家を離れる話。
物語の大きな流れはそれだけだが、アンナとシモンを中心とした里親家族それぞれの細やかな心情描写に静かに引き込まれる。
フランスでは里親は国家資格で、給与も年次有給休暇もあるれっきとした職業だそうだ。とはいっても里親アンナの一家、その役割が仕事かどうかなど超越していい家族すぎる。愛情たっぷりのお母さん、子供と遊ぶのが上手なお父さん、シモンと同年代の明るい兄弟。季節ごとのイベントや誕生日会も手を尽くして盛り上げる。言いたいことを言える間柄だから喧嘩もあるけど引きずらない。そりゃシモンじゃなくても、ずっとあの家族の中で暮らしたいと思うだろう。
血の繋がりのない子供にあんなに愛情を注げるのは里親としてとてもよいことのように思えるのに、シモンが実の父親のもとに戻る時が近づくにつれ、深い愛情が仇となる場面が増えてゆく。それがとても苦しく、切なかった。
シモンの実の父親であるエディも、決して悪い人間ではない。
アンナ一家と比べると、子供を引き取る親としては不完全かもしれない。でもシモンが生まれてすぐ妻を亡くし、悲しみを抱えて必死に生きながら、何とか息子との生活を取り戻そうとしている彼に、最初から完璧を求めるのは酷なことに思えた。
シモンに実の母の写真を飾らせようとしたり、アンナのことを母と呼ばせないよう要望を出す気持ちも分かる。親権はあくまでエディにあるし、何よりシモンの中にある愛する妻の母としての姿が色褪せていく不安に耐えられなかったのではないだろうか。
援助局のスタッフも、シモンが父親との暮らしに戻るという目標を念頭に動いているだけだ。最初はシモンの気持ちをないがしろにしているようにも見えたが、この目標のためにはいずれ彼は里親のもとを離れなければならない。どこかの段階で、援助局は憎まれ役にならざるを得ない。里親の家でのイベントより父との面会が優先なのも、子供自身に実の父親のプライオリティを理解させるためという意味もあるかもしれない。
登場人物に悪い人間は誰もいない。だからこそやるせない気持ちになる。
シモン役のガブリエル・パヴィはとにかく愛らしいが、それだけではない。悪夢を見て真夜中にアンナにすがる場面は、彼のアドリブも入っているそうだ。里親と実の父親の間で気持ちが揺れ動く様を自然に表現するのは、なかなか難しいはずだ。すごいの一言。
アンナ役のメラニー・ティエリーは、「海の上のピアニスト」で主人公1900のミューズを演じ、短時間の出演ながらその美しさが印象的だった。あの表情の魅力はそのままに、歳を重ねた深みが出ているのが、何だか嬉しかった。
物語は現実的なエンディングを迎えるが、父親との生活がしっかり定着してシモンが成長した頃に、アンナ一家と再会してほしいなとも思う。
本作の原題は「La vraie famille(本当の家族)」だが、実の父もアンナ一家もシモンの本当の家族だ。両方の繋がりがシモンの人生を豊かにすることを願ってやまない。