プアン 友だちと呼ばせてのレビュー・感想・評価
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カスすぎて共感できない
ニューヨークでバーを経営するタイ出身のボスは、バンコクで暮らす友人ウードから連絡を受けた。ウードは白血病で余命宣告されたため、ボスに最後の願いを聞いて欲しいと言った。バンコクへ駆けつけたボスが頼まれたのは、ウードが元恋人たちを訪ねる旅の運転手だった。そして旅が終わりに近づいた時、ウードはボスにこれまで黙っていた秘密を打ち明けた、という話。
最初、過去と現在を行き来し過ぎて今どこ、みたいな感覚で分かりづらかった。
ウードがカス過ぎて全く共感できず、途中から興味が無くなり寝落ちしそうになった。
ボスの彼女に手を出そうとしたり、両方にウソを言って別れさせようしたりで、ホントカス。
タイの女優で綺麗な人もいたが、特別魅力的な人もいなかった。
Do you believe in your LOVE after 10 years' solitaire
個人的には久々のタイ映画でしたが、製作総指揮はウォン・カーウァイと言い事で泰中合作感あり。と言うか、ウォン・カーウァイ色は感じました。
タイ滞在歴4年のbloodです。たった4年しか居なかったワタクシでも、ロケーションが分かると言う親切さw
いきなりの脱線です。
タイは政府を上げて映画撮影を誘致していました。と言うか、今もしてるかも知れませんが。平山監督・竹野内豊主演の映画が、bloodのタイ在住中に撮影されたりしました。
でですよ。
ちょっと驚いたのがですね。パタヤの南側の、無茶苦茶綺麗なビーチが、タイのアーミーのキャンプになってるんですが、この広大なキャンプの敷地を映画撮影に貸してくれるんです。巨大なセットの設営OK、撮影のために民間人が立ち入る事ももちろんOK。軍事機密はないのか?って言いたくなるw
この映画のラストのビーチのバーは、そのアーミービーチのうちの一つで、一般の海水浴客に開放されている場所です。その後、BMW E24のクーペが走り去るシーンはコラートじゃないかと。
ちなみに、パタヤのアーミービーチは日本のCMの撮影地にもなっていて、長澤まさみさんが某飲料メーカーのキャラクターだった時期、パタヤのレストランでの目撃情報がチラホラでした。
脱線終わり。
物語りの方は、元カノを訪ねて回る、男2人のロードムービーにございます。短期間に3人ですよ。全員NY滞在中ですって。それだけじゃなくって、更にプラス1 ですよ。お盛んだねー、って言うのは昭和世代の感覚でしょうか。
なんだかんだと言いたくなるし、お前はどんだけ性悪なんや?と毒付きたくもなるけれど、終わり良ければ全て良し、って事で。
良かった。
割と。
ボスは良い人
死期が迫ったウードの元カノを訪ねるという感覚に、
共感できるようなできないような…
元カノの立場だったら、有りか無しかとか、
いろいろ考えてしまって、入り込めず…
また、そこまで訪れたい理由も解らず…
が、ボスのパートになったら、
俄然、面白くなった!
ウードのパートは序章のような、伏線のような…。
ボスの感情は解りやすいし、
かつ、お金持ちの生活は知らないから、
違和感より興味の方が強いし。
しかし、ウードのボスへの告白は、
わたしがボスだったら、
「うわぁ~、人って恐いよー。」ってなって、
人間不信になっちゃうかも。
そして、死期が迫ってる人からって…
ボスが不憫でならないよ。
でも、全体的にまとまってて面白かった。
死よりも恐ろしいこと。
死を悟った人間は何を考えるか。人間にとって死よりも恐ろしいこと。それは自分の存在が人々から忘れ去られることだろう。
かつてボスとプリムに横恋慕したウードは死を前にして自分の罪をボスに告白して、プリムと再び結びつけようとする。
一見、死ぬ前の贖罪の行為とも思えるが、ウードは二人の恋愛が成就することによって自身の存在
を二人の記憶に残したかったのかもしれない。二人の恋愛が成就されれば、それに大きく関わった自分の存在が二人に忘れ去られることはないから。
元カノたちに会いに行ったのも自分の存在を彼女らの記憶に残したかったからかもしれない。
人は生きていれば互いに傷つけあって二度と会いたくない人もいるはず。でもいくら相手を否定しようがそんな人間との出会いが今の自分を構成していることは間違いない。
想い出を演出する美しいカクテル
死が迫るとどう爪痕、足跡を残すのか。歴代の元彼女に会いに行く、そう思いついた非常に男目線の身勝手な着想。
巻き込まれた親友が渋々協力するタイの旅、ここからの展開は想像もしなかった意外な展開へ。
友へ最期に最も伝えたかった本当の後悔と想いに涙。想い出を演出する美しいカクテルはとってもハートフルで最後に暖かい涙に包まれる心染み入る映画、お薦めです
余命少ない友人の頼みをかなえるロードムービー と思いきや、途中から...
余命少ない友人の頼みをかなえるロードムービー
と思いきや、途中から話が展開していく
この旅の本当の目的が明らかになっていく
過去にしてしまったこと、伝えられなかった言葉、伝えられなかった想い
抱えたまま、時が過ぎていくだけにしない作品だった
こんな最後の旅、悪くない
あったかもしれない未来。でも、実現しなかった今。だから、どうする?
予告編を観てなんだか面白そうと、思っていた作品。
やっと観ることができた。
映画館を出ての第一印象は、『いい映画を観させてもらったな〜』、『観てよかったぁ』だった。
冒頭からしばらくは、スタイリッシュでお洒落でテンポ良く満足して鑑賞。予測してた流れ。
しかし…、そこからの展開が予測を超えた展開で……、さらに没入した。
夏目漱石や太宰治、村上春樹さんのテイストもあったし…。
脚本が秀逸。
黒澤明監督や橋本忍さんの書いたストーリーみたいだなあーと感じた(ぶれや不具合がないわけではないけど…。でも、)秀逸。
元カノ達、
(踊りが好きな)アリスさん(素直な表情や仕草がとっても美しい)、
(女優を夢見る)ヌーナーさん(もの憂げな可憐な表情がとっても美しい)、
(写真家の)ルンさん(純粋。だけど地に足付けてる感がとっても美しい)。
そして、ルンさんの娘さん(天使)。
そして、そして、プリムさん(千変万化のチャーミング。美しい)、(横浜生まれだそう)。
お母さん(ホントにお姉さんみたいで美しい)も……
みんなみんな、チャーミングで魅力的で、なによりアジアン綺麗だった。
みんな、キャラが立っていて、かつ、まったくかぶってなくて、すごい。
カクテル、カセットテープ、そこから流れてくる音楽、DJのお父さん、深夜ラジオ、車、そして景色……、も、もうひとつの魅力。あと、♪nobody knows♪の音楽も。
タイの人はああやって、手を合わせるんですね。
そこも好きでした。
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
したたかな構図をもった青春・ロードムービー・友情映画
前半と後半明らかに主人公たちの立ち位置が変わるのだが
それがこの映画の核になるとは・・
前半の流れからは予想もつかない。
それがどうのこうのいうより、人としての生き方が?となる
ところ。善人が誰というより、この映画様々なしかけをこら
しているものだから、愛のカオスという状態までいってしまい
時代も行ったり来たりで (なんだかなあって・・)
最後の車からみせる笑顔に救われる。決して悪人ではないが
友達としては致命的な裏切りが、すべてながれさるようないい
笑顔でした。上映時間を90分ちょいでまとめたらもっと高評価
になるかもしれない。笑
ジェンダー落ちだと思ったら、全然違った。
なんかね、予告でここまで言っちゃって、、、
どうせジェンダー落ちなんだろうと、、タカを括っていたのですが、見事にやられました。ジーンと来ました。ウォンカーウァイが肩入れするだけ有ります。
タイの映画侮りがたし。
前半この監督の得意なカメラ回しとか、外連味たっぷりなんですが、段々とシンプルな繋ぎになり、じわじわ来ます。ファンタジーも中々うまく処理されてて完全にやられました。
17キロ以上痩せて2ヶ月の撮影に臨む役者根性もリアリティを担保してます。役者にここまでやらせる、そうしたいと思わせる良い脚本です。
初めに書いたミスリードはたぶん最近のアジア映画に有りがちな邦題のせいだと思う。原題はOne For The Road....最後の一杯...観れば分かりますがほろ苦い大人の映画ですわ。
odessaなので音は文句無し。 BMW 2000 csで巡るロー...
odessaなので音は文句無し。
BMW 2000 csで巡るロードムービー。
見終わった後、あー王家衛作品やなぁって改めて思った。
タイ語の映画は語感が優しい感じがした。
監督の隠れメセージ
ストーリーは他の方が詳しく書いてるので割愛しますが、一度落としておいて最後持ち上げる展開はちょっと安直な感じもしましたけど、観た人が幸せな気分になれるならまぁ良いか。
タイ国内を回るんですけど、コラートの女傑ターオ・スラナーリー像、サムットソンクラムの大聖母教会、チェンマイの城壁跡、パタヤの海岸など観光案内的なところもあって楽しんで見てました。仏教国タイでヌーナーの撮影場所が教会なのは何でと思ったけど名所紹介もしたかったのかな。
50年以上前に作られたBMW2000Cがエレガントで美しかったですね。タイは日本と同じ車は左側通行なんで右ハンドルです。輸入車もベンツであろうがポルシェであろうがフェラーリであろうが右ハンドルです(しか見た事無い)。日本は50年位前は外車は左ハンドルという概念があったと思いますが、タイではそんな昔から右ハンドルだったんだなあと実感。
ナンバープレートの最初のタイ2文字『วก』が日本語だと「曲がりくねる」とか「蛇行する」と言う意味があり、辞書によっては「引き返す」と言う意味もあるので、この映画のメインテーマそのものであり、監督の隠れメッセージを発見した思いで一人納得。
上手そうなタイ料理屋に入ったら味がそれ程でもなかったみたいな・・・でもトム・ヤン・クン食いてえ!
①本場タイでタイ料理は食べたことはない。それで今までで一番美味しかったのはシンガポールで食べたタイ料理。汗かきなので普通のタオルではなくバスタオル持参しました。②さて、そんなことはともかく、久しぶりに東南アジアの空気を感じられたし優しいお話なので好ましくはあるが、何せ話が長い。脚本に問題があって、もっと刈り込めるだろうし、話の流れが平板でもう少し捻ったり伏線を張って伏線回収とかしたら長さを感じなかったかもしれない。③アリスのエピソードは良かったが(看板が倒れたりボスのダンスの相手が声をかけてきた女の子の母親・・・しかもこの男でいいわ、というドヤ顔、とか可笑しい)、ヌーナ&ルンと同じような調子で続くので(ヌーナーのエピソード自体は悪くないのに)飽きてくる。DJだったウードの父親のラジオ番組を録音しており、その中から元カノ毎にテープを作っていて、違う元カノに会いに行く度にテープを変えるという趣向はロードムービーらしくて良い。④ところが、中盤で唐突に新事実が出てくるわ、新しい登場人物が出てくるわ、如何にも此れからが本筋感ありあり、ということで此れまでは長い前振りだっのかい、とまた映画の長さを再認識させられてしまった。⑤特に気になったのは、ウードは白血病にならなかったら“あの秘密”を墓まで持って行く気だったのか、ということである。白血病になったということでその当たりのモヤモヤ感が中和されているみたいだが、親友(と自分で言ってる)を10年間近く騙していたとは、元カノに謝罪するところではない背信行為ではないだろうか。親の金でNYでバーを出させて貰い高級マンションに住み女にももてるボスへの妬みや恋敵であること(此方の方が主だろうけど)がその動機として説明されているが数年間ならともかく10年間も黙っている(しかもボス・プリマ両方の気持ちも分かっている)のは余りに手前勝手の謗りを免れない。もっと説得力のある理由・背景を用意すべきである。一見プレイボーイ風のボスが抱えていた闇、バーテンダーになった動機等も此処で明らかになるので、もう少し工夫が欲しかった。脚本の弱いところである。⑥最後、友情は戻ったような描き方だが、どうしても私にはウードの自己満足だった印象が免れない。⑦プリム役の女の子が可愛かったので⭐一つオマケ。
エモい…エモすぎる。
余命宣告された青年、その過去の片づけのために運転手を引き受けた旧友。二人のロードムービー。今回監督じゃなく総指揮なのにウォン・カーウァイ色が強烈で、1秒残らず全編がエモい映像、音楽。それがクドくなくひたすら美しいのはさすが。ラストのNobody knowsが名曲すぎる。
そして主演ふたりがさっぱりとしたなかなかのイケメンだった…
アジアン俳優がおしゃれに描かれている映画が好きだ。
確かに映像は良いが、
話の展開としてはかなり無理があるのでは・・・
この若さでの元カノの多さ
(ほとんど付き合ってないのも入ってる?)
また、ボスのカクテルの腕が良いこと?
この二人は本当の友達だったのではないよね
自己満足っぽいところで進んでいるとしか思えない
それに、最後は理解できない(治療に関する事)
少し眠くなりました
友情の押し売りだ!(笑)
始まりはニューヨークのBAR。
オリジナルのカクテルがとても美しく映し出される。
私の様なBAR好きはそこでワクワクしたわ〜〜。
真夜中に昔馴染みからの突然の電話。
聞けば病気で余命幾許も無いとか
最後に頼みたいことがあるのでタイに帰ってきて欲しい。
で、帰ってみると本当に痩せこけた元友達。
俳優さん、何キロ痩せたんだろうか?
本当に病人に見えるほど。
そこからはタイを年代もののBMWで走るロードムービー。
車も音楽も中々におしゃれな作りだけど
病気の彼の本当の目的は何なのだろうか〜
タイとニューヨーク時代の回想シーンが
結構いったり来たりするので
少々とっ散らかるけどいいシーンも多いので
楽しめると思います。
で、月に8回ほど映画館で映画を観る中途半端な映画好きとしては
死を前にした男が昔、傷付けた元カノに
最後に赦しを乞うて回る。
長い人生ならそんなこともあるだろうが、
たかだか30過ぎで
何人も謝らないとならない元カノがいるって
それ、クズ野郎だろう〜〜(笑)
しかも最後に飛んでもない隠し球まである。
友達だから、最後に〇〇とかって、
私には友情の押し売りに観えるんですけど〜〜
最後にカッコ良いセリフがあったので
忘備録として書いておきます。
バーテンダー 「あなたの人生最初のカクテルに
私が最初に覚えたカクテルを〜。」
物語の美しさと身勝手な真実のきびしさ、
久しぶりに同じ映画を劇場で2回観ました。初回観終わって、ラジオのDJ、カセットテープやカクテルと言った意味ありげでおしゃれな映画的小物の演出や、最後に全てが繋がっていく大団円に圧倒させられて、(いや、むしろ騙されたとも言えるくらい)混乱し何も考えられず、どちらかと言うと分かりやすい娯楽映画ぐらいの印象だったのですが、頭の中で反芻していくうちに、少し引っかかるものがあって、翌日また観ることになりました。
やはり一筋縄ではいかない映画でした。まず、A面ウードと元カノ達の物語が、B面のボスとプリム、ウードの衝撃的な物語の前に色あせて見えますが、B面との対比においてA面はやはり重要なパーツです。A面は二人の主人公の心情に寄り添え安心して味わえる映画的な虚構の物語、陳腐とも言える内容を凝った演出で観客は飽きることなく楽しめたのに、かたやB面に於けるウード、親友を裏切り続けた彼に、観客は感情移入出来なくなります。現実の厳しさを突きつけられて居心地が悪くなります。遠い世界の物語が、突然身の周りで起こりえる身近な現実の世界に引き戻されて、自分が試されているような感情に心がざわつくのです。登場人物のエゴや偏狭、裏切り、嫉妬、幼稚さや弱さ、貧富の差までも容赦なく描きながら、バックの音楽やDJがノスタルジックに夢や希望の人間賛歌を唄う。これはパラドックス、それとも、全てを容認するアジア的(仏教的)諦観なのか。もっと直情的にわかり易く感動的に描くこともできたのに、この監督は複雑で屈折したこの作品を創りました。結果観客は戸惑いモヤモヤしながら、それぞれの経験に則した解釈を試みます。良い映画とは多様な解釈を容認し、監督の意図を超えて広がっていくものですが、僕には混乱するだけで、新たな解釈を加える程の力量はありません。しかし、この映画の大きな可能性はわかります。
この映画のラストではまた、おとぎ話に戻ります。おしゃれな海辺のオープンバーで抒情的に幕を閉じます。そして Nobody Knowsのタイトルバック。
もうひとつ、この映画の重要なキーワードは謝罪。ウードの死を前にした元カノや亡父、ボスへの自分勝手な悔恨の謝罪。ボスの母からのボスへの初めての謝罪、相手は突然のことに戸惑いながらそれぞれの方法でメッセージを返します。このそれぞれの描写はとても印象的でした。
最後にボス、彼はより単純なキャラクターとして描かれます。彼のバーテンダーとしてのシェイクさばきを印象的に描いたシーンは冒頭から何度も登場しますが、僕にはただスタイリッシュな画を狙ったとは思えず、かっこ良さだけではなく、なんとなくダサく泥臭い印象を受けます。これは彼の幼稚さを表すために監督が意図したものなのか。同様に風光明媚なタイ各地の風景、スタイリッシュな構図、ハッとするようなカメラワークがちりばめられているのに、時としてそれが過剰すぎて、ダサく感じてしまう瞬間があるのは、 これもまた監督の作為なのでしょうか。
【"贖罪の旅、そして再びの出逢い・・。"郷愁に満ちたロードムービーと、色鮮やかに色彩が変化するNYとタイの観光地の時間軸を巧みにコントロールした対比も見事な、心に沁みる逸品である。】
◼️ニューヨークで、バーを営む資産家の息子ボスの元に白血病で、余命宣告を受けた友人のウードから電話が入る。
ウードの願いは元カノ三人(アリス・ヌーナー・ルン)を訪ねる事だった。
だが、彼の真の願いは別にあった・・。
◆感想
・今作の時間軸を行き来しつつの、倒叙形式の脚本が秀逸である。
観ている側は、”郷愁のロードムービーかな?"と思っている内に、ボスとウードが友になった経緯を知り、更にボスの抱える哀しみと、ウードが抱えるボスに対する贖罪の念の理由を知って行くのである。
・BGMのカセットテープが、A面(ウード面)からB面(ボス面)に切り替わるシーンも上手い。(ついでに言うと、アリス、ヌーナー、ルンとカセットは変わって行くのである。ウードは、温かく迎えられたり、引っ叩かれたり、居留守を使われたり・・。)
ー そして、その切り替わりと共に、ボスとウードを結びつけたバーテンダーを目指すプリムの存在が明らかになっていくのである。
裕福な家に生まれながらも、居場所のないボス。
そんな彼に未成年と知りつつ、一杯だけプリムが作ったカクテル。
そして、二人は恋に落ちていく・・。-
・NYで働くウードが積年の想いをプリムに告白するシーン。だが、プリムはボスへの想いが忘れられず・・。
ー このシーンのウードの表情が、実に切ないのである。そして、ウードがボスについてしまった”嘘”。”彼は、白人と共にこの地を去ったよ・・。”ー
・更に言えば、年代物のBMWに乗った、長閑なタイのロードムービーシーンと大都会ニューヨークのカラフルな色彩のシーンの対比も見事である。
ー これは、資料によればプーンピリヤ監督の”色の魔術師”と呼ばれている、巨匠ウォン・カーウァイに対するリスペクトだそうである。-
<原題の"One for the Road"が粋な作品である。
ウードの”嘘”により、一度は離れ離れになってしまったボスとプリムが、ウードの魂魄の導きにより、プリムがオープンなバーを構えるタイの海岸で再会するラストシーンの爽やかさは、忘れ難い作品でもある。>
全80件中、21~40件目を表示