愛すべき夫妻の秘密 : 映画評論・批評
2022年3月1日更新
TV黎明期の人気ドラマの舞台裏を題材に、配信時代の作劇に挑んだ名脚本家ソーキン
「ソーシャル・ネットワーク」の脚本でオスカー像を手にしたアーロン・ソーキンが、監督業に進出して2作目のNetflix配信映画「シカゴ7裁判」に続き、今度はアマゾンと組んだ脚本・監督作が「愛すべき夫妻の秘密」だ。
米国でテレビの普及が本格化した1950年代、6000万人もの視聴者を釘付けにしたシチュエーション・コメディ(シットコム)「アイ・ラブ・ルーシー」。このドラマで主人公夫婦を演じ、実生活でも夫婦だったルシル・ボールとデジ・アーナズの関係や直面した危機を題材に、ソーキンは時間軸と叙述法を巧みに操りながらストーリーを構築していく。
全編の基調をなす第1の時間軸は、1952年のとある5日間、月曜の台本読み合わせから金曜の公開収録までを順に追う流れ。いつものように脚本や演出にも積極的に関与するルシル(ニコール・キッドマン)とデジ(ハビエル・バルデム)だが、折しもデジの浮気疑惑、ルシルの共産党員疑惑が相次いで報じられる。さらにルシルは自身の妊娠を局と協賛社の幹部に明かし、前代未聞の提案をして猛反対される。
この流れに断続的に挿入されるのが、ルシルとデジが出会ってから「アイ・ラブ・ルーシー」主演を勝ち取るまでの経緯を伝える第2の時間軸。また、ドラマの共同脚本家3人が現在の年老いた姿で回顧する体(てい)のドキュメンタリー風パートは、第1と第2の時間軸をスムーズに切り替える役割を担う。さらに第1の時間軸の中には、ルシルが脚本からオンエア映像を予見するモノクロのシーンが差し込まれ、当時の放送を垣間見る楽しさも添える。
ソーキンはエピソードの数々をリニア(線形)に積み上げるのではなく、独立した2本の時間軸を行き来し、さらに過去を振り返る視点と、未来を予見する視点も組み込む、いわばリニアとノンリニア(非線形)のハイブリッドな叙述スタイルに挑んだ。この工夫を凝らした構成ゆえ、初見では集中して観ないと消化不良になりかねないが、そこは配信サービスの利点で、全容を把握したうえで再見すると格段に見晴らしがよくなる。ソーキンの狙いもまた、繰り返し鑑賞することで味わいを増す、配信時代ならではの新しい作劇にあるのではないか。
ただし、そうした試みはまだ道半ばかもしれない。今年のアカデミー賞には、本作からキッドマン、バルデム、そしてJ・K・シモンズがそれぞれ俳優部門でノミネートされているが、ソーキンのオリジナル脚本は候補から漏れた。それでも、男性優位の業界で逆風を受けながらも才能とチャレンジ精神で成功し、女性の地位向上に貢献したルシルの生きざまと同様に、還暦を迎えたオスカー脚本家が新たな作劇を模索する姿勢にも、勇気をもらえる気がするのだ。
蛇足ながらゴシップ的なことを書くと、ニコールの元夫はトム・クルーズ、ハビエルの妻はペネロペ・クルスで、トムとペネロペはかつて恋人同士だった。時系列で追うと、婚姻関係にあったニコールとトムが「アイズ ワイド シャット」の夫婦役で共演し(ちなみに同作にも“配偶者の浮気を疑う”という要素がある)、のちに離婚。離婚成立前にトムはペネロペと恋仲になり、結婚目前と噂されるも破局。ペネロペはその後ハビエルと結婚した。だからもし、トムやペネロペが「愛すべき夫妻の秘密」を観たら、もちろん演技だと承知のうえで眺めるにせよ、ニコールとハビエルのキスやベッドインの場面に複雑な思いを抱くかも……なんて想像は、ただの余計なお世話ですね。
(高森郁哉)