スティール・レイン : 特集
普通じゃない、を観たいなら…潜水艦ものに外れなし!
米・朝・韓の首脳3人が、北朝鮮に同時に拉致された!?
韓国からまた、常軌を逸した良作がやってきた。12月3日から公開される「スティール・レイン」は、非常に珍しい設定と、鉄板とも言える“潜水艦での物語”、そして軽やかなユーモアが高度に融合した、他にはない“唯一無二の映画”である。
アクションや軍事ものが好きな人や、とにかく普通じゃない映画を求めるそこの“あなた”は、なにはともあれチェックしておいたほうがよい一本だ。この特集では、本作の魅力を【物語】【クオリティ】【レビュー】の3つにわけて詳述していく。
【物語】聞いたことない! 北朝鮮が首脳3人を拉致!
しかも原子力潜水艦に! さらにそこは“爆破9秒前”!
●あらすじ
全世界が注目する平和協定の締結に向け、韓国大統領ハン、北朝鮮委員長チョ、アメリカ大統領スムートによる首脳会談が北朝鮮で開かれた。米朝間の意見が対立する中、核兵器放棄と国交正常化に反対する北朝鮮の護衛司令部パク総局長が軍事クーデターを起こし、三首脳は弾道ミサイルを搭載した原子力潜水艦に拉致監禁されてしまう。緊迫状態に陥った潜水艦内で、国家の威信と野心をかけた者たちの思惑が交錯し、戦場さながらの激闘へと突入していく――。
●もしかして世界初? オリジナリティあふれる設定が最大の魅力
最大のユニークネスは設定にある。アメリカや韓国の大統領が武装グループに拉致される作品はよくある。しかし、アメリカ、北朝鮮、韓国の3つの国の首脳が同時に拉致され、しかも犯人はクーデターを起こした北朝鮮(神格化される“将軍様”も拉致る)という作品は、本作「スティール・レイン」をおいて他に存在しないのではないか。まずもって、この設定に「すごいな、おい」と驚嘆させられる。
さらにさらに、監禁される先は北朝鮮の原子力潜水艦。この世で最も閉塞感がみなぎる極限状況に、緊張状態の三カ国の首脳を放り込んだらどうなってしまうのか? さらにその潜水艦をロックオンした魚雷が、着弾まで残り9秒のところに迫っている! 映画的好奇心をくすぐる筋書きに、「いやそう来るのかよ!」と額を叩きたくなるような展開が連続し、観客は物語にぐいぐいと引き込まれていくだろう。
とはいえ、ひとつ注意点がある。本作は日本や韓国、中国、アメリカの政治的・地理的緊張も描いているが、そこには本作独自の解釈が盛り込まれている。観客の解釈とは異なる描写も散見されるだろうが、あくまでも映画のなかの話として、スルーするのがいいかと思う。
【クオリティ】潜水艦ものの極限状況をさらに追求
胸が圧され、息が切れる“深化するスリル”が味わえる
次に、本作のクオリティについて詳述していこう。
●密室×海底×開戦寸前…極限状況の三重奏が優れた映画体験を呼ぶ
“潜水艦ものに外れなし”と言いたくなるほど、潜水艦を題材にした映画には良作がそろっている。1980年代~90年代にかけ「U・ボート」「レッド・オクトーバーを追え!」などを中心にヒット作が世に現れ、近年は「ハンターキラー 潜航せよ」がスマッシュヒットを記録した。
本作も、もちろんこれらの作品の系譜だ。海底を航行する潜水艦という密閉空間のなかで、各国の利害と陰謀がビリヤードのように衝突し、開戦間近の緊張状態が持続する。極限状況に極限状況が重なり、スリルとサスペンスがどんどん深まっていく過程を、観客は映画館という暗闇の密室で味わうことになる。その没入感たるや。
●キャストは韓国の大スターが結集 画面の隅々まで抜かりなし
主役には韓国の豪華スターと、ハリウッドでも活躍する大物が参加。主人公の韓国大統領役には「私の頭の中の消しゴム」「アシュラ」のチョン・ウソンが扮し、若き北朝鮮委員長役は「その日の雰囲気」のユ・ヨンソク、そしてアメリカ大統領役は「ソウ3」のアンガス・マクファーデンが演じる。日本からはVシネマの帝王・白竜が登場するほか、監督は大ヒット作「弁護人」のヤン・ウソクと、質実剛健の陣容が整っている。
俳優陣の役作りや監督の演出はもちろん、美術や小道具、CGなど映画に必要な諸要素がいずれも非常にハイレベル。ともすれば安易になりやすい「アメリカ大統領救出を目的としたペンタゴンでの会議の様子」でも、かなりの資金をかけて作り込まれており、安っぽく見えないのがすごい。
【編集部レビュー】「シン・ゴジラ」との類似点も発見
口当たり軽やか、だが常軌を逸し攻めまくる果敢な良作
最後に、実際に鑑賞した映画.com編集部員(30代男性)によるレビューを掲載。ポスターや予告の印象から、緊迫感と品質の高さを想像しながら鑑賞したというが、どのような感想を抱いたのだろうか。
本当に潜水艦ものには外れがない。と、ため息がでるような映画である。仕事柄、年間100~200本の映画を観るが、2021年の作品のなかでもスリルと没入感は上位に入る出来栄え。軍事描写は迫真の極みであり、航空母艦、駆逐艦、対潜哨戒機など軍事兵器が続々と登場。海底を航行する潜水艦同士の魚雷戦はもちろん、潜水艦内での銃撃戦もあり、アクション・戦争映画を好むファンにはたまらないシーンのつるべ打ちだ。
さらに密室と海底という、閉所恐怖症の人が見たら発狂するであろう極限状況が、シチュエーションのヤバさを増幅させるし、観ているこちら側の感覚も鋭敏にさせる。陸であればいくらか見慣れた状況(例えば手榴弾のピンが抜ける)でも、潜水艦内だったら「手榴弾が爆発すれば潜水艦も大破=全員死亡」に直結。艦内の何物も傷つけてはならぬとハラハラし続けていると、あれだけ巨大な原子力潜水艦が、そのうち繊細でか弱いガラス細工のように見えてくるから面白い。
●手に汗握る展開…の一方で、個性的なズッコケ三人組の活躍が楽しい時に息を忘れるくらい見入ってしまうスリリングな本作だが、鑑賞中につらさはあるかと聞かれればまったくそうではない。むしろ非常に見やすいとすら感じる。その源泉は主役3人が巻き起こすユーモラスな会話劇だろう。
この米朝韓の三首脳の関係性は、映画.comのあるユーザーレビューで「ズッコケ三人組」と評されていた。言い得て妙すぎる。ただ付け加えるならば、めちゃくちゃ険悪なズッコケ三人組がずっと言い争いしている、そんな感じだ。
現実世界ではアメリカと北朝鮮の首脳は歴史的な会談を和やかにとりおこなったが、本作の彼らは違う。アメリカ大統領は傲慢で人を怒らせる天才で、北朝鮮委員長はプライドの塊でとても怒りっぽい。対して韓国大統領は日和見主義で、両者のバランスを取り持とうとするがまったくうまくいかない、中間管理職的な悲哀が背中に張り付いている。
だから、本作で描かれる首脳会談は建設的なものになるわけがなく、アメリカと北朝鮮があっという間に衝突し決裂。拉致後の潜水艦内にいたっては、両国がタバコを吸わせろ、吸わせないで小学生みたいに低レベルな罵り合いを繰り広げ、間に挟まれる韓国大統領が完全にうんざりした顔を見せる。この関係性がえぐいくらい面白いのだ。
●「そんなこと描いて大丈夫か?」 ギリギリを攻める姿勢にハラハラする
かくしてクオリティ・ムービーの感じで気合いを入れて観始めたところ、潜水艦アクションとしての面白さに大変満足しつつ、ユーモラスな会話劇にも予想外に満足させられることに。物語をどこまでもシリアスに描くこともできただろうが、韓国映画特有の軽妙さを中軸に据え、重厚かつ迫真の潜水艦ものを口当たり軽やかに仕上げた製作陣の選択は、個人的にとても好みだった。
ところが先述のタバコを吸わせろ、吸わせないのくだりは、ユーモラスを通り越して「そんなこと描いていいのか」と口があんぐり開くような側面もあった。北朝鮮委員長がタバコを吸おうとすると、アメリカ大統領が副流煙どうのこうのとゴネ始める。北朝鮮は「疲れてるんだから吸わせろ」と火をつけるが、アメリカ大統領は、密室でやるのは終身刑に値するほど極悪な手段で抗戦して……。
観ていて不覚にもめちゃくちゃ笑ってしまったが、同時に「明らかに実在の人物をモデルにしたキャラクターに、そんなことさせて大丈夫なのか?」と、国際問題へと発展しないか結構真剣に心配してしまった。見れば見るほど、常軌を逸した“攻めた作品”であるという思いを強くしていく。
最後にもうひとつ。鑑賞している最中、会話劇のテンポとスピード感にハッとした。日本の大ヒット作との類似点に気がついたのだ。
予想外の脅威を前に、リアルな軍事と外交描写を打ち出しつつ、猛烈な勢いの会話劇と唐突とも思えるほど躍動感のあるカッティング、兵器や特撮などへのフェティシズムを全開にして展開させていく。少々、角度が急な相似かもしれないが、これは庵野秀明総監督作「シン・ゴジラ」を彷彿させる。同作に良さを感じていた人ならば、本作も結構な確率で楽しめるんじゃないか、そんなことを思いながら、エンドロールを眺めていた。