「なんじゃこれ」死刑にいたる病 angreenさんの映画レビュー(感想・評価)
なんじゃこれ
わたしにはこの映画は、親から虐待を受けて育った人を単にネタとして消費した、娯楽にもホラーにもサスペンスにも、もちろん社会派にもあるいは心理ドラマにもなっていない、最悪にタチの悪い映画としか思えませんでした。
阿部サダヲさんの演技に注目が集まっていますが、演じている人は楽しいかもしれませんが、こっちには何の説得力もありません。「愛想の良い/魅力的/優しい/人が、実は悪人/殺人鬼/シリアルキラー」って設定、いつの時代感ですか?
子どもに声をかけただけで警察に通報される時代なのに、いくら高校生相手とはいえ、あそこまで親切にしてたらその時点で相当怪しいですよ。
「愛想の良い/魅力的/優しい/人が、実は悪人/殺人鬼/シリアルキラー」という設定がかつて生きていたのは、人への素朴な信頼があったからであり、コミュニティが機能していたからこそ、なんであり、それへの束縛感や弊害を強く感じる心理が人々にあったからこそ、なんで。
いっそ、パンにマインドコントロール用の薬物でも入れてくれてたなら、話しはまだ分かります。
ただ、これではパン屋さん(榛山=はいやま)の流儀に合わない、ということになるでしょう。
榛山は、時間をかけて信頼を得て親しくなった相手をいたぶり殺す、というやり方で連続殺人を行っているのです。
その割には、昔はえげつないやり方で小学生に暴力三昧ふるっているので、「秩序型殺人犯」の割に一貫性のないヤツですが。
時代感については、そればかりではありません。
榛山がシリアルキラーということで、『羊たちの沈黙』のレクターなどと並んで語られていますが、
『羊たちの沈黙』は1991年の映画。
1991年時点では、まだ家庭内の虐待は大きく表立っていませんでした。
あるいは#MeToo運動もなかったので、強い立場を利用し性的搾取を行う人間が存在することは、一般には知られていませんでした。
多くの勇気ある人たちが、自分のような被害者をこれ以上出したくないという思いもあって告発することで、表面化/社会問題化したのです。
人間の深層、社会の深層、家庭の深層の闇を、語ることもできない時代だったからこそ、シリアルキラーものにはインパクトがあり、そのインパクトが深層の闇をじょじょに解放する契機になった、といってもさほど見当違いではないはずです。
今は、「その後」です。言ってみれば続編、もしくは続々編。『スターウォーズ』の『エピソード8/最後のジェダイ』くらいの感じ。今描くなら、今にふさわしいシリアルキラーものでなくてどうする?!
制作スタッフもその時代感は感じているのでしょう。榛山は最初から獄中にいますから。シリアルキラーはすでに「拘束」されて自由はないのです。できることと言えば獄中からあちこちに手紙を書いて、相手の行動をコントロールしようとするくらい。
ですが、いったい、何がしたくて、そんなことをしているのか不明瞭すぎて退屈です。
榛山が〝操作中〟の青年=筧井雅也が、榛山の影響なのか、通りすがりのサラリーマンをボコボコにするシーンがあります。その時「殺すことはできなかった」のを理由に、「僕はあなたの子ではないと分かった」と榛山に告げる雅也。
つまり、殺人は「遺伝」要素で行うかのように描いている。
てことは、榛山の父とか祖父も殺人鬼なんですか?
「遺伝」を殺人理由にするなら、榛山があんだけ殺人してたのも、理由は遺伝ってことですか?
だったら虐待なんか関係なく、もっと恵まれた人間をシリアルキラーにしてもおかしくない。
たとえば、文化庁に勤めるようなエリート人間を。
雅也にしても、榛山みたいな怪物相手にコナンばりの推理を展開できるくらい頭がいいのに、なんでFラン大学なんですか? (「どうしてそんな事わかったの?」ってびっくりする名推理。まさか、岡田なる新人役者にかっこいい役を与えるための脚本ではないですよね)
あんだけ頭いいなら、祖母が校長で父親も高収入?なら、金かけて教育させれば一流大学に入れるでしょう。
(現代の格差社会では一流大学に入るには金は一番必要です。地方出身というハンデもあるので)
そこを父親に虐待されて「自己評価が低いから」という理由?で希望大学に入れなかったというのは安易すぎるし、そもそも、父親が虐待する理由が分からない。なんでもかんでも虐待の大安売りはやめてほしい。
で、結局、父にビール注いだりして(まあ、これが本編中、一番怖いシーンとなったわけですが)、「実の家族ってイイネ」的な場面を作ちゃうあたりに文化庁の香りがすると思うのは気のせいなんでしょうか。
映画の公式の宣伝文句にこうあります。
「誰もが翻弄される、戦慄のサイコ・サスペンス」
「映画史に残る驚愕のラストに トリハダ」
この宣伝文句、まるで榛山が猫なで声で言っているみたいです。
「この映画はね、映画史に、残るよ。
ラストシーン、驚愕だろ? これにトリハダ立たない人、いないよね。
観た人みんなが、翻弄される。
最高の、サイコ・サスペンス って、この映画のことだよ。
サイコ・サスペンス、知ってる?
狂った心理を描いたサスペンス、ってこと。
観たら、忘れない。一生、忘れない。
狂いぎみの僕が言うのも、可笑しいけどね。」
つくづく、褒めてりゃいいってもんじゃないです。
こういうのを信じてちゃ、ナマツメはがされて連続殺人されます。