梅切らぬバカ : インタビュー
加賀まりこ&塚地武雅 自閉症の息子への愛「忠さんを好きになってほしい」
加賀まりこが54年ぶりに主演を務め、塚地武雅と親子役で初共演する映画「梅切らぬバカ」が公開された。自閉症を抱える息子とその母親をふたりが誠実に演じ、様々な人間が共存する社会の在り方を問いかけながら、新鋭・和島香太郎監督が親子の絆を温く描いた良作だ。母親・珠子を演じる加賀、忠男役の塚地に話を聞いた。(取材・文/編集部、撮影/松蔭浩之)
――自閉症の息子と母親という役柄、関係性を演じるにあたって難しさはありませんでしたか?
加賀:もともと塚地さんのファンでもあったから、会った瞬間からもう息子のように見ていました。忠さん(忠男)に対する愛情は、特別に役作りすることも、何の難しさもなく、自然に演じられました。
塚地:親子の関係性でどうこうしよう、という相談も一切しませんでしたね。
加賀:打ち合わせもなく、テストしただけよね。お互いうまくやろうなんていう、そういう出し抜き精神を持っていないし、やってみればお互い分かるものだから。そういう信頼関係が最初からうまくいっていましたね。
でも、最初の本読みで、塚地さんがちょっと暗いな?と思ったの。そうしたら、専門の施設へ見学に行って帰ってきたところだったようで。どう演じるか考えられていたんじゃないかしら。心配になったのはその時くらい。あとは、私が息子を思いきり抱き締めたい、と思う場面があって、抱きしめようとしたら塚地さんがすごく大きいので、腕が回らなくてちょっとびっくりしちゃったことが(笑)。まるでぶら下がったっていう感じになりましたね。
――母親の珠子さんにとってはずっと小さな息子だけれど、他人から見たら忠さんは大きな体の大人、という身体的、視覚的な表現もこの映画の世界観を表すので、おふたりは素敵なキャスティングだと思いました。長年、名だたる監督とのお仕事を続けてきた加賀さんが、本作出演のオファーを受けた理由を教えてください。
加賀:たまたま、連れ合いの息子が自閉症だったのでどう接するかというのを、私はまあまあ知っている方だと思っていたし、文化庁がお金を出して若い監督を輩出するための映画だということも聞きました。でも、最初はえっ、こんな地味な題材をやるの? と思いましたね。和島監督はお若いのに、地に足がついているというか、チャラついていない。そこが好印象でした。
――障害を抱える方を演じることについて、プレッシャーはありませんでしたか?
塚地:難しいテーマですし、果たして僕がやっていいのか? とたくさん悩みました。お笑い芸人でもあるので、どこかふざけているように見えてしまうかもしれないし。バラエティ番組に出ている僕を見ている方は、素の部分や僕のパーソナリティもある程度、ご存じだったりするでしょうから、そのことが役のマイナスになったりしないだろうか? と考えました。でも監督の作品への強い思い、そして僕で撮りたい、さらには母親役が加賀さんだと聞いて、僕でよければやらせていただきたいと思ったんです。とにかく真摯に演じてようと思いました。
加賀:ふざけてるって受け取られるのが一番、障害を持ってらっしゃる方に失礼だし、こちらも不愉快よね。でも塚地さんは、そういう際きわのところで、嫌な気持ちにならない芝居ができる。もう天才よ。
塚地:以前、取材していただいた自閉症のお子さんを持つ方が、自宅でお子さんと一緒にこの映画の試写をご覧になったそうで、「友達でも見つけたかのように、ずっと見てるのよ」と言ってくださって。一瞬でもそう思ってもらえたのがうれしくて、その為にこの映画やったのかなと思えるほどでした。
加賀:それは素敵な話ね。
――お笑い芸人だから……と仰いますが、複数の映画賞を受賞した「間宮兄弟」など、塚地さんの俳優としての評価は高いです。演技とバラエティの仕事、それぞれ違う感性を使われると思うのですが、どのような切り替えをなさっているのでしょうか?
塚地:役作りと、トーク番組で話すエピソードを探すことなど、準備する内容はもちろん違います。でも実は分けてはいないんです。よく聞かれるのでカッコいいことを言いたいのですが、何にも変わらないんです。こういったインタビューですら一緒です。
加賀:私も同じ。バラエティに出るのと、映画やドラマの撮影は同じように準備するわよね。現場っていうスイッチが入るのよ。でも、カメラの前でいきなりニコニコできるって気持ち悪いでしょ。“現場”っていうスイッチが入らないと私たちだってできないのよ。
――本作だけでなく、社会的なマイノリティの方々を描く作品が増えて、共感や理解が深まっていくのを感じます。
加賀:私は今年のパラリンピックに感動しました。こういった映画に参加したタイミングで、あんなに感動的な大会があったのはとても幸せに思います。魂を燃やして、頑張る力を見せていただいて、目が離せませんでしたね。
塚地:メダルを獲られた後の選手は周りの方への感謝を述べられていて、感動しましたね。
加賀:ああいう形で脚光を浴びると常に感謝の気持ちが先に出るのでしょうね。特に芸能界は我が我が……っていうタイプが多いから、選手たちを見て感激しました。
だから、この映画を見てくださった方みんなが忠さんを好きになってほしいんです。それが一番の願いで、うれしいことです。「この子が町の有名人になってほしい」というセリフもありますが、小さいコミュニティの中で彼を見守ってくれる人がいさえすればいい、きっと珠子さんは悔いなく死ねる、と腹くくってると思う。そういう気持ちがすごくわかるの。
――加賀さん自身もこんな母でありたい、という思いを珠子役に投影されたのでしょうか?
加賀:なかなかそういう風になるのは難しいけれど、連れ合いの息子には自分のできる範囲で接しています。例えば、絆創膏を何箱も空けてあちこちに貼り付けたりすることもある。連れ合いは怒るんだけど、それはこだわりだし、楽しそうだから、私は気が済むまでやらせてあげたらいいんじゃない、と思うの。お互い一緒にいるといろんな違いがあるから。お母さんになれるとは思ってないけれど、いろんな細かい積み重ねやバランスが大事なんでしょうね。
――この作品がきっかけで、加賀さんという女優の魅力を新たに発見する若い世代の観客も多いと思います。過去の出演作では何を見てほしいですか?
加賀:「麻雀放浪記」(84)ね。私は和田誠さんとたくさん仕事したけれど、これは映画としても大好き。いろんな思い出がありすぎて。私が真田(広之)君にイカサマを覚えろって殴るシーンは13回くらい殴って、大変でした(笑)。教えてくださる方が目の前でイカサマをしてくださったんですが、全然わからない。もう手品のよう。あの映画のいろんなシーンが好きですね。
――小栗康平監督の「泥の河」(81)の加賀さんも印象的でした。
加賀:あれは実はたった6時間しか参加してないのよ。監督が考え抜いて、東宝の撮影所に船を持ってきてくれて撮影したの。だから実際にあの川には行ってないの。でもずっといるみたいでしょ。
――予算面など厳しい状況もある中、今作のように若い監督が良作を生み出しています。今後の日本映画界に期待したいことはありますか?
加賀:自然に才能は出てくると思います。物を作る人たちの情熱って、半端じゃないから。今の若い奴は……っていう発想は全くありません。思いがけないことっていっぱいあるから。昔、篠田正浩さんや寺山修司さんが出てきたころも、いろいろ言われていたけど、私は小津さんが作るのも、若い人が作るものも、映画は全て同じだと思っています。特に、若い監督がずっと助監督しながら作った映画って私は好きだな。小栗さんの時ももっと協力したかったけど、あの時はあれが精いっぱいだった。でもそういう時に賞をもらっちゃったりするのよね。
塚地:この映画のように、撮りたい題材がある監督が撮れるようになってほしいですよね。漫画原作やヒット作を量産するんじゃなくて、撮りたいものへのこだわりが分かる方が、演じる側も乗れますから。和島監督も、全く妥協しないんです。
――コロナウイルス感染者の減少で営業自粛期間も終わり、映画館が通常営業に戻っています。是非映画館で見ていただき、いろんなことを語ってほしい映画ですね。
塚地:映画館って行く前も楽しいですよね。服装を考えたり、いろんなドキドキワクワクがある。誰かと一緒に行って、映画が良かったら「いやー良かったね」って話せるし、合わないなって思っても、それはそれで話のネタになりますから。
加賀:こんな時期だから、「オンライン試写でいいから見て」って友人たち連絡したら、半数以上に映画館で見たいって言われました。どれだけオンラインが流行ったところで、やっぱり映画館で見るのは違うもの。映画館に行く前後の時間も思い出になるわよね。