劇場公開日 2021年4月23日

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「名状しがたい醜悪な怪物を斃せるか?」SNS 少女たちの10日間 pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5名状しがたい醜悪な怪物を斃せるか?

2021年6月9日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

難しい

ワールドワイドウェブシステム実装にあたって、パソ通愛好家の間ではこのような未来の問題発生は火を見るより明らかな予測であった。

法律整備もアミどころかザルの目にすらなっていない。
ゼロではないにもせよ、まともに機能していない状態で、
突然「情報の荒野」に大量の人々を放り込んだらどうなるか・・・。
ネットリテラシー、とりわけ操作技術面よりも危機管理意識面の希薄な一般大多数の大量参入がどのような混乱と悲劇を生み出すか・・・。

本作は、SNSの闇に蠢く問題の姿を僅かながら世に曝け出す事に成功した。
では、今回エサに釣られた2458匹の魚情報を警察に提供すれば何かが変わるだろうか?
世界的に映画配信すれば何かが変わるだろうか?

否!
それだけでは事態が大きく改善される事はないと思う。
倒錯的性癖の所有者は昔から変わらず一定数いるわけで、本作でクローズアップしている事象がたまたま児童の性虐待だからグロテスクな面ばかりが浮き彫りにされているが、問題はそこではないと考える。

今回の問題を「SNSを介して発生する対人トラブル」であると焦点化してみよう。
この問題全体を生物に例えるならば、今回モザイク越しに晒された愚か者どもは百足の肢(あし)や蜥蜴の尻尾のようなものだ。肢や尻尾を何百本、何千本潰してみても、本体の怪物は痛くも痒くもないだろう。
1番甘い汁を吸っているのはサイト管理者の頂点にいる奴だ。
この頭を確実に潰せなければ日々、新たな犠牲者が大量に生まれるだけだ。
しかし、現在の法律で対処する事は非常に難しい。

日本にも、悪名高き巨大掲示板群がある。管理者側に雇われた誹謗中傷職人が悪意の捏造書き込みで生贄を陥れ、私刑を演出する。
踊らされた住人達は次第に常識が狂い、新たな生贄を自分達で生み出していく・・・。潰された店、自殺に追い込まれた数多くの人々。限りない悲劇を生じさせておきながら、創設者H.Nは少しも悪びれない。
数多くの名誉毀損訴訟裁判で敗訴し、課せられた賠償金や制裁金は5億円以上だが本人に支払う気は一切ない。個人口座や債券は巧みに隠され、強制執行も叶わない。
被害者が必死の思いで時間と費用と労力を費やし、裁判に持ち込み勝訴しても、そのすべては骨折り損、水の泡だ。

民事裁判では、犯罪賠償請求権の効力は10年間。10年踏み倒し続ければ時効で何の制裁も受けないのが我が国のルールだ。H.Nは「法律の方が追いついていない」と冷笑を浮かべうそぶく。
亡くなった人々はまったく浮かばれない。

もちろんこんな悪質なサイトばかりではない。三国志にも「鳥は住む木を選ぶ」という。(良禽択木)
本作にて、少女役のアカウントがアップされるやいなや20名以上が一気にアクセスしてくるという事は、おそらくこの木(サイト)が元々「援助交際仲介の温床」になっている実態があるのだろう。
そして管理者は法律の網を巧みにすり抜け、浅ましい獣達と浅はかな子羊を嘲笑っている事だろう。

この問題の根底にあるのは、管理者側の「倫理観や道義心の著しい欠落」だと思う。
彼らは口を揃えて「ネットリテラシーが低いのが悪い。被害者面するな。自分に責任は無い」とほざくが、このような詭弁に籠絡されてはならない。
金の為、意図的に子羊狩りの場を提供しているのは明らかなのだ。

しかし、倫理を弁えぬネットビジネスの才に長けた彼らに心酔する者もいる。H.NもTVや動画サイトなど頻繁にメディア露出するし、私大トップのK大やW大が学祭にて講演会に招聘している。ちょっとしたピカレスクヒーローだ。
取引先には、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、スクウェアエニックス、ナムコ、任天堂、ソニー、エイベックスなど錚々たる企業が名を連ねる。「法律をすり抜けている」以上、関係企業達も不都合には口をつぐみ、無言の擁護をするだろう。ちょっとやそっとの事では斃せそうにない。

このような悪の温床サイトを怪物に例えるなら、一体どんな外観なんだろう?
捉えどころのない、アメーバみたいな不定形だろうか?
ドラゴンのような見てくれの良い上半身の下には、下半身を丸出しにした気色悪い男共が繊毛のように蠢いているのだろうか?金の亡者共と絶えずコンタクトするアンテナを備えているだろうか?
いずれにしても汚怪で醜悪な名状し難い化け物に相違あるまい。

本作にて注目を浴びるのは、末端現象のみだ。問題根本への言及が浅い事から星はこの程度とする。
子供達に危機意識とネットリテラシーを育て、悪い木に近づかぬよう諭すことは非常に重要だが、それだけではセイフティーネットからこぼれ落ちた子供達の間で悲劇は繰り返され続ける。
いや、子供ばかりではない。もし、悪い木に集う輩から「情報弱者」と見做されれば、誰しもが狩猟対象の羊となり得てしまう。
これはチェコ、日本を問わず、世界各国に通ずる現象であるはずだ。

「怪物」に倫理観や道義心を求めるのは困難を極める。
一刻も早く「頭」を仕留められるだけの適切な法整備を進める事が非常に重要だ。
第5次産業革命のヴェールが道の先でひらめいている現在(いま)。
悪意の牙から羊達を守るシステムの構築は火急の課題なのだ。
サイバーセキュリティ基本法は、注意喚起のみならず「本当に人々を守る事の出来る有効な盾」となるよう、改正を重ねていって欲しい。

pipi