皮膚を売った男 : 映画評論・批評
2021年10月26日更新
2021年11月12日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー
背中のタトゥーがアート作品になった男が手にした自由とは
チュニジア出身、カウテール・ベン・ハニア監督の日本デビュー作。アラブの春が巻き起こりつつある2011年のシリア。移動の自由と大金を得るため、自らの肉体を現代アートの作品へと変貌させた難民の男が味わう特異な体験を描く。驚いたことに監督は、背中のタトゥーが芸術として認められ、本当にオークションで売買された実在の人物のエピソードから着想を得ている。
ハニア監督は1977年、のちにジャスミン革命の発端となった街シディブジド生まれ。チュニスと留学先のパリで映画を学ぶとソルボンヌ大学に進学、映画学の修士を獲得した。卒業後はドーハにあるアルジャジーラ放送局に勤務し、子供向けアニメや実写短編、ドキュメンタリー映画の製作など精力的に活動。本作はチュニジア映画としても、そして同国の女性監督作としてもアカデミー国際長編映画賞に初めてノミネートされる快挙を果たした。
これまでに本作含め5本の長編を手掛けるハニア監督。過去作ではイスラム教徒の学生、母親の再婚に悩む子供、警官にレイプされた女性など、未熟で弱い立場の人々を通して、宗教観、家族観、男性優位社会の弊害などをテーマに、ドキュメンタリー、モキュメンタリー、再現ドラマと形式を変えながらも、我々の知らないチュニジアの側面を浮き彫りにしてきた。その評価は作品ごとに高まり、今やカンヌやベネチアなど、国際映画祭の常連に数えられるまでになっている。
この「皮膚を売った男」は前作「Beauty and the dogs」に続く監督2本目のフィクション。過激思想からシリア当局に監視され、逃亡したレバノンでは潜伏生活を強いられる難民サムは、知り合いになった世界的な芸術家からの提案で、背中をキャンバスとする権利を売り渡す。大掛かりなタトゥーが刻み込まれ、自身が一つの芸術作品に変わったことで、輸送の名目で世界を行き来できる権利(タトゥーが短期ビザの図案を模している)を与えられたサム。ベルギーに移住していた恋人とも念願の再会を果たすが、一方では各国の美術館で半裸を晒し展示品としての義務も果たさなければならず、様々な制約も課せられる。彼が手にした自由とは一体なにか。
監督は「極北のナヌーク」やワイズマン作品、「懲罰大陸★USA」「カメレオンマン」「博士の異常な愛情」といった作品からの影響を受けたとコメント。移民の背中にVISAと描いたら自由になった、とは笑いか怒りか、皮肉か告発か。実話ベースの虚実ないまぜの物語は、「アート」の名のもとに押しつけられる西側の論理や、中東への搾取の構図を浮かび上がらせる野心的なサタイヤ(風刺)に仕上がった。サムが劇中で言う「恵まれた側」と「怒れる側」の両方を知るハニア監督、次のキャンバスに何を描くか、興味は尽きない。
(本田敬)
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