周囲との面倒な摩擦を少なくするために、人が無意識に心に着る「普通」という窮屈な服。この映画を観た後、その服を脱いで一息ついたような気分になれた。
一見コミュ障で、相手の言葉をおうむ返しする癖がうざい予備校教師大野。でもその仕草に慣れてきて彼の言い分ををよく考えると、結構的を射た内容も多く、だんだん共感が湧いてくる。彼は自分が変わり者なのではという自覚があり、それを直して普通の結婚をしたいと思っている。
一方香住は、奥手な大野に高飛車な態度で恋愛指南をする一見しっかりしていそうな女子高生だが、行動を追うにつれとんちんかんで世間知らずな面が見えてくる。彼女自身は、自分を変わり者だとは思っていない。
結局は似た者同士である二人の、お互いに伝わらない会話がコミカルで飽きない。
キャスティングが秀逸だ。
いい塩梅に気の抜けた感じの成田凌。「あの年でコミュ障かつ普通の感覚が分からない、でも社会人として働けるレベルだし流れによっては女性受けする」そんなよく考えると匙加減の難しい役をナチュラルに体現している。立ち姿や奇妙な笑い声が絶妙。
そして清原果耶はやはりよい。
耳年増で、年上相手にタメ口で机上の恋愛論を指南する女子高生の役は、わずかに表現を間違うとすれた雰囲気が出たり、生意気さを不快に感じてしまいそうなものだ。
でも、彼女が演じる香住からは言動の根本にある純粋さや幼さゆえの怖いもの知らずな感じが見て取れて、可愛げを感じる。下世話な話をしていても、冒頭に出てきた女子高生グループのような陰湿さや不快感がない。
香住が自分の気持ちに混乱する場面などは加減を誤るとわざとらしさが漂ってしまいそうだが、きっちりやり切っていて清々しい。
ちょっとこじらせた意地っ張りな女子高生の突飛な行動を、自然かつ魅力的に見せる巧みな脚本と清原伽耶の力量で、ヒロインの「普通」からはみ出た部分がきらきら輝いていた。
二人と対比させるように描かれる青年実業家宮本とそのフィアンセ美奈子もよい。小泉孝太郎のごく微かに胡散臭い雰囲気がよく生かされている。人前で講演する姿が様になるのは、血筋かな。
「普通が唯一の正解ではなくて、いろんな考え方があっていいはず」「普通であることに縛られる滑稽さを描こうと思った」というのは前田監督の言葉だ。
自分の純粋な気持ちを温存しながら生きていくのは、大人にとっては結構難しいことのように思える。でも、単なる多数派である「普通」が唯一の正解なわけではない。自分にとっての正解を否定せず、忘れないようにして生きていれば、大野の魅力を美奈子が理解したように、意外な理解者が現れるものなのかも知れない。
「普通」縛りからの解放の第一歩は、自分の胸先三寸なのだ。