1917 命をかけた伝令のレビュー・感想・評価
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ウィリアム、ブレイク、序破急
ワンシーンワンカット的な作品。ワンカット映画ではない。明確な区切りと展開が存在します。
とはいえ、非常に長い回し方であり、自分の目視では3ロールでした。
過去に見た完全ワンカットの作品─エルミタージュ幻想、ヴィクトリアしか知らないけど─、その印象は優れているけど忍耐を要したものであったし、画質も技術的な問題もあってか最高レベルではない・・・─といったものだったので、作品の前評判が高いとはいえこれまで見てきたものの範疇かなぁと侮っていた。しかしながら、画質の素晴らしさと同時にビジュアル的な楽しさに完全に予想を裏切られた印象。
退屈感を出さないようにストーリー展開など色々と考え抜かれていると思った。さらには映像そのものがダイナミックに展開するところが何ともいえない爽快感を覚えてしまう。決して気持ちのいい映像ばかりではなかったけれど…むしろ残忍な絵の方が多かったかも─。
長回しのこだわりや効果も結構伝わってきた。緊張感や集中力といったものが最後まで続いていたので─。
でも、演じる方としたら大変だなぁと思ったし、細かな演技や展開などにも違和感を持ってしまうところもあった。途轍もない凄みは感じたけれど、最高の作品ではなかったような気がする。
戦火の中を走り抜く名シーン、素晴らしい音楽がまた感情を煽りに煽って、まさにモニュメンタルだと思ったけれど、こんな格好いい戦争映画なんて最悪かもしれないと、何だか怒りのようなものを感じつつも、きれいに美しく終幕していったなぁ・・・、そんな印象の映画でした。
一応いっておきますが、ワンカットでもカメラ一台でもありません。ドロ...
一応いっておきますが、ワンカットでもカメラ一台でもありません。ドローンもCGも上手に使ってます。
「ワンカットに見える」と公式にもありますので、観る方はリアルでシームレスな映像に気持ちよく騙されてください。
まあ、撮影には2か月以上、24時間近い話を2時間未満にするのだから、当然そうなります。
さてさて、舞台は第一次世界大戦。
複葉機が飛び交い、ボルトアクションの単発銃を背負い、本部から攻撃中止の命令を受けた上等兵2名が、前線の大佐に命令書を届けるという話です。
「もっとも個人的なことが、もっともクリエイティブだ」(スコセッシ)
の言葉通り、実話らしいのですが、それだけの話がはらはらドキドキ、スリルとサスペンスに満ち、胸熱くなり涙するという、波乱万丈の話として描かれます。
実際、最初から最後まで、手に汗を握り心の中で「頑張れ!!」と叫んでました。
もちろん、漫画の登場人物ではなく、リアルな話です。
刺されれば死ぬし、衝撃で意識を失い、疲れて寝てしまいます。
何度ももうダメ、となりますが、折れない事が何よりも大事。
今回、学ぶ事は
・倒れても折れるな。ベストを尽くせ
・余計な事をしない
以上です。
余談: セットも小道具も、すごく良く出来ていたと思います。ただ、クルマ。あのトラックは現代のクルマをガワのみ改良したものですね。この時代にあのサスペンションはないわ。
どうやって撮影したのか
終始どうやって撮影したのかが気になる。戦争の中を走り抜けるシーンは圧巻。
まるでRPGゲームのよう。主人公たちと同じように、次に何が起こるかハラハラさせられる。物語に入り込んで体感しているよう。
これだけドラマチックな出来事でも、長い戦争から見ればただのワンシーンに過ぎないのだと思うと、考えさせられる
この映画のメイキングシーンだけで、映画が作れると思う
全編ワンカットの謳い文句が気になり過ぎた
いや〜凄い映画だった!全編ワンカットの謳い文句はだてぢゃない。どこからどこまでがワンカット?序盤はそこが気になって仕方ない^_^;
アカデミー賞の撮影、録音、視覚効果の受賞は納得の力作だったと思う。
秀逸な戦争映画!
固い映画だと想像してましたが、やっぱりそうでした(笑)。私は最後の砲弾が行き交う中で、走りまくる主人公に涙しました。そこが圧巻でした。それから戦友の兄に弟の死を告げるところもグッと来て涙が滲みました。戦場に横たわる屍のリアルさや、傷病兵たちの苦しみ、また助けたドイツ兵に殺されるシーン等々。まさに戦争ほど残酷で悲惨なものはないと思いました。あと、ノーカット風の撮影は、緊張感の連続するような気がして確かに臨場感があって、恐怖感が増しました。ずっと観ていて切れるところは何箇所かありましたが、それ以外はつけっぱなし。それにしても、人間の醜い争いとは裏腹に風景はとても美しい。無残に伐採されたチェリーの木々も、また落ちた種からたくましく再生する。それが一つの希望のような気がしました。いずれにしても、一人ひとりの兵士は全てたくさんの家族と繋がっているという展開は、戦争の無意味さを象徴しているようでした。秀逸な作品です。観てください。
体験型新感覚映画
第一次世界対戦の最中、イギリス軍の一兵卒であるブレイクとスコフィールドは、最前線の部隊へ、明朝までに戦闘停止の命令を伝える任務を受ける。間に合わなければ、ドイツ軍の待ち伏せにより、甚大な被害が予想され、最前線の部隊には、ブレイクの兄も所属していた。数々の危険が待ち受ける戦場の中を、たった二人の伝令が駆け抜ける。
構造は極めてシンプル。伝令の出発から任務の終わりまで、カメラはずっと、彼らの背後に付き従うように、時に視点を巡らし、回り込みながら、その行程を追っていく。敵に遭遇し、銃撃をかい潜り、次々と襲い来る危機を乗り越えながら、ひたすら終着点を目指して走り続ける。
登場人物の背景が詳細に語られたり、大仰な泣かせの展開が繰り広げられたりはしない。ただ淡々と、死がありふれた戦場を、必死で進み、多くの敵と味方を通過していく。
あたかも自分も一人の伝令になったかのような臨場感は凄まじく、時間の断絶を最低限に、伝令の姿を追い続ける映像に、目を離す隙もない。
カメラワークやアングルの妙に加え、リアルなセット、構図の美しさなど、ビジュアルの完成度は最高レベル。塹壕の泥濘に同化する死体、川面を埋め尽くす死者に降りしきる花弁…。壮絶な映像に息を飲まされる。
草に埋もれて居眠る二人の兵士に始まり、それに被せるように、一人草むらの木にもたれた兵士の姿で終わる構成、停戦命令を届けた大佐の「毎日違った命令が出る。明日は朝日と共に突撃の命が下るだろう」の台詞、ラストシーンの家族写真に書かれた「生きて戻って」のメッセージ。果たして自分は生きて帰れるだろうかと、兵士達の追い込まれていく静かな絶望と虚しさを、僅かな情報で写して見せる技巧も上手い。
感情や倫理に訴える手法に対し、こういう戦争の描き方もあっていいだろう。
ただ、不必要な脚色を極力省いた淡々とした視線は、効果と同時にある種の弊害をももたらしているように思う。
戦場を生き抜く一兵士の視点は、いつ死んでもおかしくない恐怖と、我武者羅に障害を排除して命を繋ぎたい必死さを、観客に憑依させていく。
映画が終わり恐怖から解放された時、観客は自らの内に芽生えた攻撃性と、立ちはだかる者の死への鈍感さに気付いてゾッとするだろうか。そこまでの描き方を、この映画はできていないように思う。
情報量の多さは、想像力を奪う。設定されたイベントのように、次々と与えられる試練。視覚や聴覚を埋め尽くして与えられるストレス。そこから解放された時、私は何を思ったか。ああ、良かった、と、肩の力を抜いてほっとしただけだ。
それでは、お化け屋敷やジェットコースターなどのアトラクションと変わらない。受けとり手の感性に左右される面もあるのだろうが、戦争というものの恐ろしさについて、もう一歩踏み込んだ描き方をして欲しかったという気もする。
戦争が怖いのは、誰もが理不尽な死に晒されるからだけじゃない。誰もが生きるために殺すことに躊躇いを覚えなくなるからでもある。
とはいえ、映画としては間違いなく新感覚。いかにも、技術が進歩し、VRなどの現実とみまごう体験を尊ぶ現代らしい作品と言えるだろう。
鑑賞は、是非大スクリーン、良音響のシアターで。
ランナー
ワンカット風ということで、序盤は、いったいどんな撮影方法で撮り、どこがCG処理されているのだろうと、そんなことばかり気にしながら観ていましたが、中盤ごろからはすっかり話にのめりこみ、主人公と共に、戦場の恐怖や緊迫感を味わっていました。
俳優ももちろんすばらしかったですが、アカデミー賞で撮影賞、視覚効果賞、録音賞の3部門での受賞も納得なほど、今回は裏方である技術班を大いに讃えたくなる、そんな作品でした。
迷路を走る映画よりも、よほどハラハラドキドキさせられる、良作でした。
ワンカットと言う名の編集
ワンカット、監督サム・メンデスとくれば前作「007 スペクター」のオープニングシークエンスがすぐに思いだされるが、予告を見て頭に浮かぶのは、キューブリックの「突撃」だろう。
今作でも、キューブリックも舌を巻かんばかりにカメラが塹壕の中を延々と縦移動する。
ここだけで、この映画を観に来て良かったと思わせる価値がある。
更にいえば、全編ワンカットばかり話題になってはいるが、美術と衣装も大変素晴らしく、繰り返し観るのに十分な強度の映像になっている。
全編ワンカット風に撮られてはいるが、本当に全編ワンカットで撮った映画より素晴らしいのは言うまでもないだろう。
なぜならフィルムとフィルムを繋ぎ合わせる事で映画の魔法が発動する事を我々はよく知っているからだ。
芸術
悲惨な中にも、燃える廃墟、川の桜舞うシーンに美しさを感じてしまいました。
ラストに「Lastman standing」って聞こえた気がするけど、そんな英語100年前から使われてたの? プロレスでよく耳にしますが。
噂のワンカット映像が面白い カメラの目線、音、エキストラ、、戦場の...
噂のワンカット映像が面白い
カメラの目線、音、エキストラ、、戦場の臨場感、空気感が素晴らい。造り手の大変さが伝わってくる。カメラの存在を感じさせない。
ストーリー展開は普通も自陣か?敵陣か?はっきりしない前線を突破するというハラハラドキドキな展開、時代背景や撮影方法も相まってあっという間の2時間。実際に戦場にいるような感覚、観終わった後は疲れる。一転して主人公と共感出来る虚無感のラストシーンも素晴らしい
これは絶対映画館で観るべき映画。
ワンカット(風)戦線技巧と語り伝えるものあり
あらすじは副題通り。最前線に居る仲間の兵士を救う伝令を届ける為、若い二人の兵士が戦地を駆ける。
非常にシンプルで分かり易いが、はっきり言ってストーリーは特別目新しいものではない。何故脚本賞にノミネートされたのか疑問。
しかし…
『プライベート・ライアン』『ブラックホーク・ダウン』『ダンケルク』…数年に一本、革命的とも言える“体感する”戦争映画が誕生するが、本作も間違いなくそれらに並ぶ。
何なんだ、この圧倒的な臨場感、緊迫感は…!
終始目が釘付け。2時間の戦争擬似体験があっという間だった。
気付いたら、飲み物を飲む事すら忘れていた!
普通だったら、開幕→命令が下り→装備を整え→出発→幾多の危機→途中他の部隊と合流したり→日没や夜明けまでのタイムリミット→そしてクライマックス…それらをカット毎に撮り、編集で繋いでいくのだが、本当にリアルタイムで展開していくのにはたまげた! 私も彼らと一緒になって戦地に居た。
それを体感させてくれたのが、言うまでもないが超話題の“ワンカット風映像”。
何だか誤解されているようだが、2時間全編ワンカットの映像ではない。実際は、7~8分ほどの長回し映像を巧みな編集やCG技術で“ワンカット風”に見せているのだ。(またしても日本の配給会社は嘘宣伝…)
一部では2時間全て完全ワンカット映像だったら…という声もあるようだが、幾ら何でもそれは無理。周囲の爆破や目前の戦闘機墜落、日没やどうやっても不可能なタイミングもあるし、それらを何度も何度もリハを重ね、もし失敗でもしたらまた最初からやり直し。これほどの大作だし、どれだけ撮影日数や製作費が掛かる?
それでもこの“ワンカット風映像”は驚異的…! 一体何処で、どうやって繋いだのか、全く分からないほど。(まあ、一箇所くらいは分かったが)
名カメラマン、ロジャー・ディーキンスの2度目の撮影賞は納得と言うより、当然。
終盤、照明弾により幻想的に浮かび上がったナイトシーンの美しさは、“光と闇のコントラスト”と呼ばれる氏の手腕が冴え、あのシーンだけでも賞に値する。
それにしても、以前はあんなに獲れなかったのに、あっさりと2つ目のオスカー…。不思議なもんである。
だけど、音楽のトーマス・ニューマンはこれで15連敗…。この名作曲家にもいつかオスカーを!
戦争映画と言えば、“音”。間違いなく私の周りで、銃弾が飛び交い、爆発が起きていた。
サポート的なリアルなCG。
主演の若手二人、ジョージ・マッケイとディーン・チャールズ・チャップマンの熱演。
『アメリカン・ビューティー』『ロード・トゥ・パーディション』で魅せた卓越と正攻法の人間ドラマ、『007』で魅せた迫力のアクションとスペクタクル描写…。
それらが見事合わさり、纏め上げたサム・メンデスの手腕はキャリアベスト級。
ゴールデン・グローブ賞や製作者組合賞を受賞して大本命視されながらオスカー作品賞は逃したものの、従来なら確実に手にしていただろう。ただ、今回は…。
が、先にも述べたが、戦争映画にまた一本、名作が誕生した。
映像や技術面が高い評価を得ているが、今戦争映画を作る意義もしっかりと込められている。
戦場には、腐乱した死体があちこちに。まさに、地獄絵図。
気の休まるひと時もある。他愛ないお喋り、他の部隊との合流、ある廃屋で出会った若い女性と赤ん坊との交流…。
が、その僅か数分後には再び死と隣り合わせ。
中盤、ある悲劇が。余りにも悲し過ぎる。残酷過ぎる。
助ける為の任務の筈なのに、こちらが犠牲に…。
かくして伝令は届けられた。が、それもあくまで“この時”だけ。戦況はいつまた変わるか分からない。
一体、何の為の任務だったのか。何の為の犠牲だったのか…。
もう一つ、伝えなければならない事が。ひょっとしたら、任務の伝令より辛い事かもしれない。
これが、戦争なのか。
これが、戦争なのだ。
本作は、サム・メンデスが祖父から聞いた話がベースとなっている。
数々の作品を手掛けているメンデスだが、最も作り伝えたかった話のような思いを受けた。
戦争を忘れてはいけない。悲劇、残酷さ、不条理さ…。
それらを語り継いでいかなければならない。
戦争を知らぬ今の多くの我々に届けてくれた、まさしく“命をかけた伝令”であった。
音楽が007スカイフォール風
終わりのシーンが始まりのシーンと重なり なんとも言えない気持ちになります。戦場でも咲き誇る桜や鳥の声など やはりサムメンデスの演出は素晴らしい。彼らと共に戦場を駆け巡ったので もう一度観ようとは思いませんが 素晴らしい映画でした。
スプラッターが苦手な人にはお勧めしません
まず始めに、宣伝で言われている全編ワンカットではなく、あくまで巧みな編集などでそう見せているだけ、ということは伝えなければいけないでしょう
それでも素晴らしく臨場感にあふれ、主人公と時間の流れを共有することで、一緒に戦場を進んでいくような緊迫さがリアルに続きます
また、『ランボー』や『ガンダム』のような英雄的な主人公や兵士はいません。
それが逆に、画面に溢れるような死体の数々(人間だけでなく動物たちも)の全てに、最後の“メッセージ”で意味を持たせることになります
観賞後の“凄いのを観た……”感が半端ありません
映画館で観ないといけない映画
2時間ほどある映画を全編ワンカットなんて大変な映画だと思っていたけど、実はワンカット風に撮影されている。
だからといって、簡単なものではない。繋ぎ目を秒コンマで計算して自然にみせており、基本的に長回しを何回もしていて、最長シーンは9分に及んでいる。
失敗したら初めからスタートという地獄のような撮影を繰り返していて、ワンカットの大変さには、変わりない映画なのだ。
全編がゲーム画面のようで臨場感が凄い!これぞ映画館で観るべき映画だと言えるが、 おそらくDVDで観ると評価は変わるだろう。
戦争映画というよりは、アクション映画のようでストーリーは単純で薄口ではある。時代背景どうこうではなく、お子様も楽しめる仕組みだ。
しかし、観ている側は主人公と同じ、もしくは同行しているかの様な視点で体験できるということもあって、映し出される死体が所々に転がり、ネズミは死体を喰いあさる、銃弾がとんでくるという戦場の悲惨すぎる光景を体感することによって、キャラクターに感情を自然投影できてしまうという仕組みがドラマ性の薄さを補っているのだ。
劇中でウィリアムが有刺鉄線で手を怪我してしまい、その後に腐敗した死体に手を突っ込んでしまうというシーンかがあるが、感染大丈夫?と思って、とにかく自分ならとりあえず泥水でもいいから手を洗うだろうな...とか考えてしまう。
ところどころでウィリアムがみせる、敵であろうと殺したくはないという優しさゆえにピンチに陥ってしまう状況には心が痛くなる。
知らず知らずのうちに、私ならどうするだろうか...と思ってしまっている。つまり私たちの目線が重なることで映画を完成させているのだ。
主人公ウィリアムを演じるジョージ・マッケイが決してイケメンではない、典型的なイギリス人顔というのも物語を邪魔しない鍵となっている。
所々に登場するコリン・ファースやマーク・ストロングといった、イギリスを代表する名優達がイベント感を引き立たせている。
映画の中のミッションをなんとか終えたとしても...まだ戦争は終わってない。ウィリアムはまた走り続けるのだ。
そんなに凄くなかった
臨場感ある映画は たくさんあるし、これが抜き出て凄いとは思わなかった。
命懸けの話は 日本の昔にもたくさんあったでしょう?
戦争の ほんの一握りの話を大きく
映像を使って作品化した 感じ。
戦争映画は 何度見ても悲惨だし あってはならないとは思うけれど。
撮影と編集の技術だけの映画でした、それだけ
日本での予告編ではワンカットなとど嘘偽りの宣伝してますが、そんなわけはなく、制作側は否定しています、ワンカットのように見せているだけです。
長回しのように見せて、リアリティを感じさせる技術はさすがですが、リアルではありません。
事実をかなり盛った嘘話でもあります。
よって、なんらかの感動を得られるものではない。
どうせなら、感動したかったけど、最後の走る場面。
あざとい演出のせいでしょうか、死体の配列とか、爆撃の角度とか、上手すぎるから、主人公の服や肌がリセットされていつも綺麗なんで、うんざりしました、残念でした。
長回し映画。キュアロン作品との違い。『ダンケルク』との違い。
塹壕から出発し、塹壕に帰ってくる映画。
はじめ、主人公スコフィールドは任務に気乗りせず、同僚に引っ張られるようにして塹壕を進むだけだった。最後に1人で塹壕へ入ったときの彼は、自ら人混みを掻き分ける。そこに主体性が生まれている。(そして草原を走り回るとき、これまで怯えながら慎重に進んでいたのとは違った開放感が生まれる)
気乗りしないまま塹壕を出発した「スコ」。任務達成のモチベーションは、同僚の兄を救うことにあって、自分の兄ではない。ドイツ軍の陣地跡に入ってあやうく命を落としかけ、いよいよモチベーションを落とすが、同僚の死の間際にあって、彼を「運ぶ」ことにモチベーションを見出す。(つまり同僚の遺志を運ぶこと)
とはいえ気力がなくなった時に、都合よく友軍部隊が彼を運んでくれる。(けれども友軍部隊が泥にはまった時は馬力を見せる)
友軍部隊と別れたあとはスリリングな展開が待ち受けているが、ここでも力尽きた彼は、川によって流される。というよりも、やはり「運ばれる」。運ばれた先には、友軍部隊による故郷を忍ぶ歌が待ち受けている。(戦場で出会ったフランス人の女性と赤子。ここで擬似家族形成が示唆するのは、任務達成のみならず、生きて帰還することへのモチベーションの確認か。劇中ぼんやりと、スコの妻子の存在が示唆される)
引きずられるように出発
→いやいや進む
→同僚の死と落胆(モチベーションの確認①/主体性の獲得)
→車で運ばれる
→独立(スリリングな展開)
→擬似家族(モチベーションの確認②/守るものの確認)
→川に運ばれる(帰郷間近)
→塹壕を掻き分けて進む(主体性の完全な発揮)
→任務達成、帰郷
★★★
つねに主役にフォーカスし、走馬灯のように背景を「流す」ことによって、主人公が前に進む理由や動機の変化へと観客の考えが及ぶことを可能にした。
『ゼロ・グラビティ』『ローマ』『トゥモロー・ワールド』といった、キュアロン監督作品内における長回しは、物体の運動や、登場人物による行為を映し出すが、本作の長回しが目的としたのは主人公の内面を浮かび上がらせることだ。(と言っても彼が主人公であることの明確になるのは、上映開始から数十分が経過したのちのことであるが)
長回しというと、そこに映し出される映像の出来のよさ、完成度がもてはやされるが、この映画は、長回しによって、「そこにないもの」、そこには写されていないものーすなわち内面ーへと思考がおよぶことを可能とした。
キュアロン映画における長回しは、映像自体が目的だ。立派で正確な映像※1を完成させることに終始する。『1917』は長回しのその先にある、人物の心の動き、その変化を浮かび上がらせたのだ。
※1 『ゼロ・グラビティ』の宇宙ステーション崩壊シーンに見られるような、「現実にその出来事が発生したならば、まさにその通りに発生するであろう」映像。物理学的に正確な映像。
★★★
類似作は『ダンケルク』だが、今作は一貫して「連続的」であることによって、「分割」を標榜するノーラン作品とは別種の作品たり得た。
『ダンケルク』は、複数の事象を発生順に整理することを要求し、人物と人物とがいつどこで交わったのかを求めさせるパズル問題だ。劇場から、鑑賞者の脳内や、作品について語り合う場へと舞台を移すことによって映画が完結する。
一方『1917』は、映像に没入することによって完結する。劇場での117分間で完結するのだった。
どちらも好きだ。
★★★
P.S.
『サンセット』も見て欲しい。同じ長回し映画としては、『サンセット』のほうが、キュアロン映画よりも『1917』に近い。
P.S.その2
全編長回し一本取り(風の編集)といえば、最近だと『バードマン』が思い浮かぶ。『1917』が初めてでもないのだから、そこまで騒ぎ立てることでもないと思う。(普通の映画にだって、どうやって撮影したの?と知りたくなる演出はたくさんある。)今後、後続の映画は出現するのか、そして今作のように意図を持って長回しという編集形態を採用しているのかどうか、鑑賞者が「いいな」と思える長回しになっているかどうか、注目だ。
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