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常にデスクの横にキャリーバッグを置き、移動し、取材し、淀みなく話し、講演をし、テレビ出演し、会見で質問する、新聞記者・望月衣塑子。木で鼻をくくったような回答を繰り返す菅義偉官房長官とのやりとりが注目されるが、新聞記者の仕事はかくもハードだ。
彼女が記者を志した動機は、映画の中では語られない。父親の影響なのか、この社会への問題意識なのか。しかし、彼女の言動が、新聞記者は天職なのだろうと見る者に深く納得を促す。タイトルの「i」は、まず第一に衣塑子の「i」だ。
そして、森監督がラストのモノローグで語る通り、同調の軛を脱する「個」としての「私」、一人称単数の「I」だ。そしてまた、それは虚数の「i」であるようにも思う。民主主義は、それを支える強固な個人がいてこそ成り立つ。しかし、そんな理念的な個人など存在しない。現実に生きている人間は、弱く、脆く、圧力に屈することもある。だから、永遠に完成しない民主主義は、自然界には存在しない虚数iのようなものなのではないだろうか。それでも、私たちは民主主義を「選んだ」。報道は、そんな私たちの社会資源なのだ。
多弁で自信に満ちあふれているように見える望月が、安倍首相の選挙応援演説の場面で、不安げな表情をのぞかせ、沈黙する。自民党サポーターと、反安倍のシュプレヒコールをあげる人々でごったがえし、混乱する現場。どちらにも同調できない望月の姿がある。
対立と分断を乗り越えるための「i」。異端、「個」としての「私」、虚数、そして、愛。