毒戦 BELIEVER : 映画評論・批評
2019年9月24日更新
2019年10月4日よりシネマート新宿ほかにてロードショー
残酷で端正。そんな後味が残る"コリアン・ノワール"
中国の津海で、公安警察の麻薬捜査官が、中国全土から釜山、日本を牛耳る麻薬カルテルに潜入捜査を試みる。それが、"香港ノワール"の傑作と謳われるジョニー・トー監督のオリジナル作品「ドラッグ・ウォー 毒戦」(12)だ。そのリメイクである本作では、韓国の恐らくソウル周辺を背景に、韓国・麻薬捜査局の刑事が、顔の見えないカルテルのボスを特定するため、危険なオトリ捜査を展開する。このアレンジに何ら矛盾はない。もはや闇社会に国境はないのだから。
しかし、作品の仕上がりは紛れもなくメイド・イン・コリア。主人公の刑事、ウォノが捜査の過程で遭遇する、狡猾極まりないドラッグディーラー、薬の影響で常時ハイ状態の中国人クライアント、彼に寄り添うジャンキーな愛人、手下たちを自在に操る冷徹な組織の重鎮、等々。次々現れる悪役たちが、見慣れた悪役の範疇を飛び越えて、強烈な悪臭を放ちまくる。このねちっこいキャラの立ち方は韓国映画ならではだし、一方、組織に見捨てられ、捜査に協力する謎の青年、ラクを演じるリュ・ジュンヨルの凍り付いたような無表情は、むしろ、美しくて見とれてしまう。脚本はパク・チャヌク監督の「お嬢さん」(16)で知られるチョン・ソギョン。今回も、ソギョンの定形外の人物描写が俳優たちに乗り移り、躍動する様は痛快である。
暴力シーンの目を背けたくなるような残虐さ、至近距離での銃撃戦、一箇所に凝縮された密度の高い格闘場面、やがて明らかになるボスの意外な実像と、中身の濃い2時間は一気に過ぎていく。途中、ソギョンの脚本は韓国社会に蔓延する拭いきれない絶望感を描いて、オリジナルにはなかった社会的なリアリティにも言及している。そのシーンは是非見落とさないで欲しいし、一方で、監督のイ・ヘヨンが多用するドローン撮影による雪原地帯や、風力タービンの列、広大な塩田地帯の風景は、愚かな人間たちを俯瞰で見下ろす神の視線を想像させる。残酷で端正。鑑賞後はそんな後味が残る"コリアン・ノワール"だ。
(清藤秀人)