ピアッシング : 映画評論・批評
2019年6月28日更新
2019年6月28日より新宿シネマカリテほかにてロードショー
異常心理、猟奇、ユーモアを斬新なアートワークでくるんだナイトメア映画
海外で有名なJホラーと言えば「リング」「呪怨」がすぐさま挙がるが、「AUDITION オーディション」も忘れてはならない。三池崇史監督が村上龍の小説を映画化した同作品は、世界中の若いフィルムメーカーに衝撃を与えており、2016年の「The Eyes of My Mother」でデビューしたニコラス・ペッシェ監督もそのひとり。この米インディーズの新鋭が長編第2作の原作に選んだのが、村上が1994年に発表した「ピアッシング」である。
主人公リードは妻子あるビジネスマン風の男だが、自分の赤ん坊をアイスピックで突き刺したい欲望に駆られている。その歪んだ殺人衝動を満たすべく、出張先のホテルに娼婦を呼び出すリードだったが、謎めいたSM嬢ジャッキーの異常な性癖に翻弄され、命からがらの一夜を過ごすはめになる。
最初に「AUDITION オーディション」を引き合いに出しておいて恐縮だが、実は本作の恐怖レベルはさほど高くない。しかしモノクロのゴシック調ホラー「The Eyes of My Mother」から一転、新たな実験的スタイルを試みたペッシェ監督の才気が随所に光るサイコ・スリラーに仕上がっている。
リードは冷酷無比な殺人鬼ではなく、少年時代のトラウマに苦しみ、病的な強迫観念に右往左往する男。娼婦の到着前に殺しのリハーサルにいそしむ滑稽な姿がブラックユーモアをまきちらし、魔性のファムファタールという汚れ役に挑んだミア・ワシコウスカの予測不能の言動もサプライズを生む。現実と妄想の境目を溶かし、密室空間にデヴィッド・リンチばりの悪夢のイメージを立ち上がらせる演出も堂に入ったもの。CGよりもはるかに生々しい特殊メイクを多用し、身体損壊のスプラッタ・シーンを映像化している点も見逃せない。あらゆるスタッフが嬉々として動き回っている撮影現場の光景が目に浮かぶようだ。
さらに特筆すべきは、これまた伝統的なアナログ技術のミニチュアを大々的にフィーチャーしていることだ。無数の高層マンションがひしめく都市風景を創出したその斬新なアートワークが、フィクショナルな異化効果をもたらし、何もかも不条理にとち狂ったナイトメア体験に観る者を心ゆくまで浸らせてくれる。「サスペリア2」などのマニアックな既成曲を採用したサウンドトラックもお楽しみだ。鮮烈なイエローの色彩を基調にした本作は、往年のイタリア製の異常心理+猟奇スリラー・ジャンル“ジャーロ”にオマージュを捧げているのだ。
(高橋諭治)