ワイルドライフ : 映画評論・批評
2019年6月28日更新
2019年7月5日よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
14歳の少年の多感が画面から溢れ出る。初監督作とは思えない驚きのクオリティ!
ポール・ダノは本物だった。初監督作でこのセンスのよさ!このクオリティ!驚くしかない。強烈にナイーヴなモラトリアム男子を演じた「リトル・ミス・サンシャイン」(06年)から13年。演技派の代表格となった俳優は、パートナーのゾーイ・カザンとのコラボ脚本で、余韻にひたひたと浸れる映画を創り上げた。
1960年、モンタナ州の田舎町。14歳のジョー(エド・オクセンボールド)は仲の良い父(ジェイク・ギレンホール)と母(キャリー・マリガン)のもとで、穏やかな日々を送っていた。だが、父が失業したことで、少しずつ夫婦にほころびが現れる。突然、危険な山火事の消火に行くと言い出した父。「あなたは逃げてるだけ」と言い、濃い化粧をして出かけるようになった母。変わっていく家族のなかで、次第にジョーにも変化が訪れる。
「いつか映画を撮るときは、きっと家族についての物語を撮るだろうと思っていた」とダノは語っている。すこしセピアがかった一冊の写真集を作るように、丹念に大切に、自身の思いを1シーン1シーンに封じ込めたように感じる。
その大切な空間のなかで、登場人物たちがしっかりと息づいている。心は通じ合っているものの、なすすべもなく壊れていく夫婦。その様子を見つめるジョー。母の「女」の一面を見てしまった彼の戸惑いや嫌悪。父の残念な一面を見てしまったときの静かな諦観。14歳の少年の多感が画面から溢れ出る。まだ30代の父と母もまた「心を燃やすなにか」を探す、大人になりきれない男と女なのだ。それに気づいたとき、子は大人になっていく。
ジョーが父に勧められたアメフトを辞め、街の写真館でアルバイトをはじめるくだりがなんともいい。おとなしく穏やかな少年が、自力で自分の居場所を見つけていく。この少年の横顔やそのたたずまいが、またポール・ダノ自身にそっくりなのだ!
私生活では昨年、ゾーイ・カザンとの間に第一子が誕生したそうだ。次も家族の物語を撮るのだろうか。俳優として監督として、これからどんな世界を見せてくれるのか、本気で楽しみだ。
(中村千晶)