劇場公開日 2019年6月7日

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ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた : 映画評論・批評

2019年5月21日更新

2019年6月7日よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ ほかにてロードショー

音楽映画好きに刺さる“成長”賛歌。今様のアレンジも心に響く

シング・ストリート 未来へのうた」「君が生きた証」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」など、歌を歌い楽器を弾く喜びと、家族や仲間のドラマが絶妙のハーモニーを奏でる近年の傑作音楽映画のリストに、ブレット・ヘイリー監督作「ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた」も加えたい。

ヘイリーが共同脚本も手がけた物語はシンプルで、ある夏に父と娘が経験する数日間の出来事が描かれる。元バンドマンで男やもめ、NY・ブルックリンのレッドフック地区で17年間営んできたレコード店に見切りをつけるフランク(ニック・オファーマン)。秋からUCLAの医学部に進学が決まっている娘のサム(カーシー・クレモンズ)。2人が一夜のジャムセッションで完成させた曲「Hearts Beat Loud(鼓動は激しく響く)」を、サムに無断でフランクがSpotifyにアップロードすると、それがたちまち反響を呼んで――という展開だ。

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Macの音楽制作ソフトとサンプラーを活用した多重録音の描写や、ネット配信サービスを通じたインスタントな成功は現代的だが、ほかにも今様のひねりが随所で光る。旧来の保守的な親と夢見がちな子という定番の関係を反転させたかのように、医者を志す堅実な娘に対し、父はバンドで成功する夢をにわかに再燃させる(つまり、本作で精神的な成長が求められるのはむしろ父親のほう)。また、サムとローズ(サッシャ・レイン)が女性同士で恋に落ちる瞬間も、特にエクスキューズもなく自然なこととして描かれ、父親もその事実をさらりと受け入れる。

そしてもちろん、楽曲そのものの魅力も格別だ。劇中曲を書き下ろしたのは、「ザ・ヒーロー」などヘイリー監督の長編3作でもコラボしたキーガン・デウィット。自身も東海岸を拠点に音楽活動するミュージシャンだが、タイトル曲を含め父娘がセッションする3曲はむしろ、ポリス、U2、コールドプレイといったブリティッシュ/アイリッシュ系のポップロックを思わせる曲調なのが興味深い。歌と演奏のトラックを重ねていき、音楽が生まれ完成する過程を、次第に厚みを増すアレンジに合わせて描写する演出も効果的だ。そして何より、カーシー・クレモンズによる歌の表現力が圧巻で、しかも(別録りのボーカルトラックではなく)撮影セットで歌った歌声がそのまま本編に使われたというからさらに驚かされる。クレモンズの“本物の歌唱”こそが、この愛すべき佳作に命を吹き込み、リアルな鼓動を響かせることを可能にした最大の要因と言えるだろう。

高森郁哉

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