劇場公開日 2019年9月27日

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「絶対に負けられない戦い」宮本から君へ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0絶対に負けられない戦い

2019年10月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

興奮

 他人の人生を引き受けるのはしんどいことだ。人間は基本的に自分が最優先だから、他人のせいで自分が不利益を被ることに我慢ができない。とは言っても、相手に故意や重過失がなく、被害の程度が小さければ、大抵の場合は相手を責めることなく諦める。それが常識のある大人の理性的な対応である。
 もしもすべての人が他人を許さない世の中になったら、それは即ちすべての人が許されない訳で、ホッブズではないが、万人の万人に対する戦いの世の中になる。当然強い者が弱い者を罰する社会になり、歴史は遥か昔のハンムラビ法典から繰り返すことになる。不寛容が蔓延する最近の日本がその道を辿っているように思えて薄気味が悪い。

 靖子のすべてを赦し、すべてを受け入れようとする主人公宮本の姿勢は、ともすれば他人の不幸に巻き込まれまいとする現代の男たちにレッドカードを突きつけるかのようである。
 男にはプライドがある。女から見たらちっぽけでどうでもいいプライドなのは解っているが、それでも譲れない。宮本自身もそれは解っている。だから葛藤がある。宮本の戦いは表面的にはクズな男たち相手の戦いであるが、本質的には自分自身との戦いでもある。それはサッカー応援団の川平慈英が軽々しく言うのと違って、本当に絶対に負けられない戦いなのだ。池松壮亮はその覚悟とエネルギーを全身全霊で演じる。この人の演技は凄いとしか言いようがない。
 蒼井優が演じた靖子は宮本のその辺の事情を察していて、今の宮本は自分を引き受けることのできる器ではないと解っている。物語が進んで宮本が人間として一回りスケールが大きくなり、漸く自分のような強気で感情の起伏の激しい女を受け入れるだけの男になったことを悟って初めて、宮本が広げた傘の下に入ることを決意する。蒼井優は理屈ではなく五感で情緒が揺れる不安定な女心を、そのか細い全身で表現し、池松壮亮の体当りするような演技を、それ以上の演技で受け止める。大した女優である。
 靖子が鼻唄で歌っていたのは中島みゆきの「悪女」だと思う。男運の悪い女の歌だ。靖子は男に負けないで気を張って生きてきた。そのせいで少し世の中に対して斜に構えている。まるで野良猫のように人に心を許さないのは、とても苦しい生き方だ。

 宮本と靖子がそれぞれどのような人生を歩んできたのかは解らない。しかしこの愛すべきキャラクターふたりの邂逅はそれだけでドラマになる。時系列を上手く前後させて浮かび上がる物語は、虚飾と外聞をかなぐり捨てた本音と本音のぶつかり合いだ。感情が高ぶり、勢い余って叫ぶことになる。演出は過剰ではなくて自然であり、むしろ役者陣のアドレナリンが全開になった結果だと言っていい。凄まじいものを見せられた気がする。

耶馬英彦