ザ・ライダー

解説・あらすじ

大怪我を負ったカウボーイが新たなアイデンティティや生きる意味を見いだすまでの物語を、モデルとなった人物が主演を務め映画化したヒューマンドラマ。アメリカ中西部のサウスダコタ州。カウボーイの青年ブレイディは、事故で頭部に大怪我を負ってしまう。ロデオ復帰への捨てきれない思いと後遺症との間で葛藤しながら、自分の生きる意味を探し求めるブレイディだったが……。主人公のみならず、彼を取り巻く登場人物にも本人たちを起用。中国出身の新鋭クロエ・ジャオが監督・脚本を手がけ、第53回全米映画批評家協会賞と第28回ゴッサム・インディペンデント映画賞でいずれも作品賞を受賞した。

2017年製作/104分/アメリカ
原題または英題:The Rider

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映画レビュー

5.0 『ノマドランド』も『エターナルズ』もこれがなかったら始まらなかった!

2021年4月30日
PCから投稿

クロエ・ジャオがいま最も注目されている映画監督であることは間違いなく、特にアカデミー賞で『ノマドランド』が作品賞や監督賞、主演女優賞に輝き、次回作がアンジェリーナ・ジョリー主演のマーヴェル映画『エターナルズ』っていうんだから、これほどのサクセスストーリーもなかなかない。

ぜひ知っておいてほしいのが、ジャオの大躍進は『ザ・ライダー』の才能の多くの人が仰天したからだということ。本人曰く「ローバジェット(低予算)というよりノーバジェット」というインディーズ映画で、出演者はアメリカのド田舎に暮らす本物のカウボーイたち。限りなくドキュメンタリーのようなフィクションで、キャストには素人を多用し、撮影監督のジョシュア・ジェームズ・リチャーズが自然光を巧みに使って抒情的な映像を作り出す、というジャオのトレードマークのような作風は『ザ・ライダー』で完璧に出来上がっている。

『ノマドランド』は『ザ・ライダー』を観たフランシス・マクドーマンドから依頼された企画だし、『エターナルズ』は『ザ・ライダー』をきっかけに抜擢された仕事。つまりジャオという映画作家のもっとも純度が高い作品が『ザ・ライダー』とデビュー作の『Songs My Brothers Taught Me』ということになる。

残念ながらまだ後者は字幕付きで観られないので(2021年4月時点)、ロデオをいう生きがいを失った若きカウボーイの物語『ザ・ライダー』の奇跡のような表現に触れていただきたい。これほどの詩情に出会える映画はなかなかないと思いますよ。

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村山章

4.5 クロエ・ジャオ監督は荒野が好きなのだろうか

2021年4月30日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

「ノマドランド」でオスカーを獲得したクロエ・ジャオ監督の前作だ。この映画を観たフランシス・マクドーマンドがクロエ・ジャオに白羽の矢を立てたらしいが、それも納得だ。荒野に生きる人を時代遅れの保守的な人間と切り捨てない視点を持っている。大怪我を負った若いカウボーイが人生をかけて挑んできたロデオの道を断念する。これからの人生をいかに生きていくべきか、主人公は逡巡する。やがて馬のトレーナーを頼まれ、広大な荒野を馬にまたがり駆けていく。
クロエ・ジャオ監督は中国出身のアジア人だが、この映画もノマドランドも、全くアジアと関係のない題材なのは興味深い。むしろ、古き良きアメリカを慈しむようなものを感じさせる。出自でその個人の資質を測れないのは当然のことで、アイデンティティ・ポリティクスには必ず限界があるのだが、彼女のような才能の出現はそれを如実に示していると思う。

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杉本穂高

4.0 Unconventional Empathy for Characters I Normally Wouldn't Care About

2020年4月13日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

笑える

The Rider is educational about rodeos, horse psychology, and the hard life of a modern cowboy. Chinese director Zhao's outsider perspective into the seldom seen Dakota countryside effects original and updated Americana. The film's microscopic invitation to anything that can fall into a shot, such as a swatted fly or an antique pizza heater, assembles impressive realism. Inclusive of handicapped.

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Dan Knighton

5.0 揺らぎの最中──結論を提示しない勇気と、人への深い敬意

2025年11月30日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD

『ザ・ライダー』は、派手な舞台や大きな事件で観客を惹きつけようとする作品ではない。
大自然の荒野という原風景と、その地で暮らす人々の日常を淡々と切り取ることで、人生の痛みと愛情を静かに浮かび上がらせていく。
起承転結を強調せず、カタルシスも用意しない。それでも画面に映る情景と人物の佇まいだけで、観客は強い感情の波に揺らされる。

本作が成し得ているのは、“感情の結論”を提示することではなく、“感情の最中”をそのまま描ききることだ。
人生において、心の傷や葛藤が明確な言葉になることの方が稀であり、割り切れず、折り合えず、ただ抱え続ける時間が長く続く。
その現実を、映画は理解したうえで演出に落とし込んでいる。
だからこそ、登場人物たちの沈黙や視線、時間の流れ方、視界の滲む光景が、そのまま心象風景として観客に届く。

特筆すべきは、物語の感情を台詞で説明しない点だ。
「こう思っているはずだ」「こう解釈してほしい」という誘導がない。
映像・構図・編集・音・空白が呼吸のように連動し、観客の内側から感情が立ち上がるのを静かに待つ。
映画が“語る”のではなく、観客が“感じてしまう”作りになっている。

また、本作には“救い”と呼べるものが安易には用意されていない。
赦しや前進が提示されるわけでもない。
しかし人は、誰かを思い、思われ、苦しみながらも生き続ける。
その姿を描くこと自体が、最も人間への敬意に満ちた行為であることを、この作品は知っている。
観客を慰めないのに、人を深く慈しむ。
その距離感が絶妙だ。

実際にあった出来事を、当事者たち自身に演じさせるという手法を選択したことが功を奏したのかどうかは断定できない。
だが、彼らが抱えている痛みや葛藤は、演技を超えた生の質感として画面に染み出している。
それを素材としてただ記録するのではなく、映画的文法の中で慎重に配置し、構成し、余白を残しながら紡ぎ上げた監督の姿勢に、誠実さと知性を感じる。

結論を急がず、結論を決めつけず、
「答えの外側にいる人間」をそのまま捉えること。
映画にとってそれは最も難しく、最も勇気のいる選択だ。
『ザ・ライダー』はその困難を逃げずに受け止めた作品だった。

総じて、本作は“何を語るか”ではなく“どのように描くか”によって深さを獲得している。
人の弱さを美化せず、痛みを強調せず、救いを強制せず、
それでもなお人が生き続けるという事実を、美しいとか悲しいとか決めつけずに提示する。
この姿勢こそ、映画という表現が持つ最も誠実な可能性だと思う。

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