サンセット : 映画評論・批評
2019年3月12日更新
2019年3月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
あなたはどんな意味を見出す? 謎を謎のまま叩きつける、芸術家魂が炸裂した怪作
カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー外国語映画賞受賞の「サウルの息子」で衝撃のデビューを果たしたハンガリーのネメシュ・ラースロー監督が、待望の第二作「サンセット」を発表した。有り体に言って、とんでもない問題作だ。
初作でいきなり大成功を収めたり突然ブレイクした映画監督に多いパターンとして、手にした自由を最大限に利用して、やりたい放題の野心作にチャレンジすることがある。最近では「イット・フォローズ」で絶賛を浴びたデヴィッド・ロバート・ミッチェルが不条理ミステリー「アンダー・ザ・シルバーレイク」で観客を予測不可能な迷宮に誘い込んだ。
ネメシュ監督の「サンセット」も、強烈なインパクトと戸惑いを与え、同時にアグレッシブな芸術家魂が炸裂した怪作だ。舞台は1913年のオーストリア=ハンガリー帝国の大都市ブダペスト。オシャレの殿堂みたいな人気高級帽子店に、イリスという若い娘がやってくる。求人広告を見たという彼女は実は創業者の娘で、亡き両親が唯一遺したこの店で働きたいと言うのだ。
イリスの前には、帽子店を引き継いだ現オーナー、存在すら知らなかった実の兄が殺したという伯爵の未亡人、兄の秘密を知っているらしきユダヤ人の一団など、怪しげな人物が次々と現れる。そして行方不明の兄を探すうちに、複雑怪奇な陰謀の渦中に放り込まれていくのである。
プロットだけを説明すると、ジャンルは「ミステリー」ということになる。しかしネメシュは、「サウルの息子」で観客をアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所に放り込んだのと同じ手法で、われわれをイリスを取り巻くカオスのど真ん中に投げ落す。カメラは常に、魑魅魍魎が跋扈する1913年のブダペストを探ってまわるイリスを張り付くように追い続け、状況を客観的に判断する視点は与えられない。主人公イリスの行動原理も無謀かつ不可解で、彼女の至近距離にいるわれわれは翻弄されずにいられない。
さらにこの映画がややこしいのは、さらりと出てくる大公とその妻が、1914年にサラエボ事件で暗殺されるオーストリア=ハンガリー帝国の王位継承者、フランツ・フェルディナント夫妻だったりすること。つまり、イリスの家族にまつわるミステリーの背後には、第一次世界大戦へと至る激動のヨーロッパ史が横たわっているのだ。
じゃあ、歴史の知識が豊富ならこの映画を100%理解できるのか? おそらくムリだろう。ネメシュは大胆にも、謎を謎のまま叩きつけて「さあ、どう感じる? どう考える? どんな意味を見出す?」と迫っているのだと思う。そして読み解く鍵になるのがおそらく「サンセット(落日)」というタイトルなのではないだろうか。何かを“伝える”より圧倒的に“投げかける”作風は決して親切ではないが、本作には緊張感に満ちた刺激と快楽とが確かに宿っているのである。
(村山章)