希望の灯り

劇場公開日:2019年4月5日

希望の灯り

解説・あらすじ

旧東ドイツの巨大スーパーを舞台に、社会の片隅で助け合う人々の日常を穏やかにつづったヒューマンドラマ。旧東ドイツ生まれの作家クレメンス・マイヤーの短編小説「通路にて」を、同じく旧東ドイツ出身のトーマス・ステューバー監督が映画化した。ライプツィヒ近郊の田舎町に建つ巨大スーパー。在庫管理係として働きはじめた無口な青年クリスティアンは、一緒に働く年上の女性マリオンに恋心を抱く。仕事を教えてくれるブルーノは、そんなクリスティアンを静かに見守っている。少し風変わりだが素朴で心優しい従業員たち。それぞれ心の痛みを抱えているからこそ、互いに立ち入りすぎない節度を保っていたが……。「未来を乗り換えた男」のフランツ・ロゴフスキが主演を務め、ドイツアカデミー賞で主演男優賞を受賞。マリオン役に「ありがとう、トニ・エルドマン」のサンドラ・ヒュラー。2018年・第68回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品。

2018年製作/125分/G/ドイツ
原題または英題:In den Gangen
配給:彩プロ
劇場公開日:2019年4月5日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第68回 ベルリン国際映画祭(2018年)

出品

コンペティション部門 出品作品 トーマス・ステューバー
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(C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

映画レビュー

4.0 スーパーマーケットというかりそめのユートピア

2019年5月29日
PCから投稿

悲しい

楽しい

知的

スーパーマーケットという閉ざされた空間をひとつの小宇宙に見立てるというアイデアは決して物珍しいものではないが、ルーティーンの繰り返しのような職場が、主人公に取っては自分を閉じ込めるのではなく、社会というものに繋がるための扉として機能していることに新鮮さを感じた。

一方で主人公に限らず、本作に登場する個人の「家」は一種の牢獄のように描かれている。「家」は孤独を色濃く感じる場所であり、彼らにとってスーパーマーケットは人と触れ合い、仲間意識を共有することができる場なのだ。

しかしやがてそのスーパーも、世の中の大きな流れの中にポツンと浮かんだ避難所のようなものであることが示唆されるのだが、だだっ広いところにポツンとある無機質なスーパーマーケットから豊かな人間ドラマを生み出し、オアシスのような温かみを感じさせてくれた監督の視点に、大きな魅力と希望を感じています。

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村山章

4.0 “日常の中にある美しさ”を静かに教えてくれる映画だ。

2025年12月28日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

幸せ

癒される

2018年のベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された『希望の灯り』は、旧東ドイツの人々の慎ましい人情味を、洗練された映像と音楽で丁寧にすくい上げた秀作である。
巨大スーパーマーケットの在庫管理係として働く人々の日常を描くという、一見地味な題材。しかし、その静けさの中に、再統一後の東ドイツが抱えた痛みと、そこで生きる人々の温かさが確かに息づいている。
冒頭のシーンは特に印象的だ。
夜のスーパーマーケットを舞台に、ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」が流れ、フォークリフトがバレエのように滑らかに動く。
まるで『2001年宇宙の旅』のワンシーンを彷彿とさせるが、これは単なる模倣ではない。
キューブリックの壮大な宇宙を、インディーズ映画が“スーパーマーケット”という小宇宙に置き換えるという発想の鮮やかさに、思わず感心させられる。
作品は出演者も少なく、ロケーションも限られている。
しかし、その制約こそが、この映画に独特の個性と親密さを与えている。
淡々とした日常の中にふと現れる美しさや温かさ──それを見逃さずに拾い上げる監督の視線が、作品全体に静かな輝きを与えている。
物語の中心にいるのは、控えめで地味な男女ふたり。
派手な恋愛ではなく、言葉少なに寄り添うような関係性が描かれる。
その“控えめさ”こそが、逆に深い愛情を感じさせるロジックとして機能しており、観る者の心に静かに染み込んでいく。
日本語タイトルの『希望の灯り』はやや凡庸にも思えるが、作品の誠実さを考えると、このオーソドックスさも納得できる。
スーパーマーケットという整然とした倉庫のような空間を、詩的な小宇宙へと変貌させる映像の力。
そして、社会の片隅で小さな幸せを見つけながら生きる人々を、温かな眼差しで切り取る姿勢。
これこそが、この映画の最大の魅力である。
『希望の灯り』は、派手さとは無縁だが、
“日常の中にある美しさ”を静かに教えてくれる映画だ。
旧東ドイツの歴史を背景にしながらも、そこに生きる人々の優しさや誠実さが、観る者の心にそっと灯りをともす。

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シモーニャ

5.0

2025年11月24日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

小さな仕事場が世界であるような暮らしであり、その外は何もない。淡々とすすむ映画であるが、目が離せないのは不思議なものである。

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まさ

4.5 旧東ドイツの労働者から学ぶ〝連帯〟という希望の灯り

2025年11月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2018年のドイツ映画。以前iPadで見たけれど、印象が薄く今回は名画座の大画面で鑑賞した。全く別の映画に見えた。素晴らしい!の一言である。

本作は旧東ドイツという舞台が重要なポイントだ。そこを押さえると、登場人物が抱える、生きることの困難さがより切実に感じられると思う。
東西ドイツ統一は1990年。主人公の青年クリスティアンは統一後生まれ。彼が好意を寄せる年上の人妻マリアンヌはほぼ統一の頃生まれ。そしてスーパーマーケットの仲間たちは、50〜70代に見える。社会主義国で育ち、成人してから資本主義への転換を経験した人たちだ。

この社会の転換の痛みを語るのは、主人公の直属の上司ブルーノだ。無口で無愛想だが、実は面倒見がよく温かい人柄だ。彼は、統一前はトラックドライバーで、その職能に誇りを持って働いていた。しかし、統一後は西ドイツのスーパーに買収され店内のフォークリフトを運転している。
ブルーノは、社会の変化で、敗者となり、以前のスキルを捨てざるを得なかった。現在IT化などで日本でも起きていることを連想させる。リスキリングの必要を政府や経済評論家はしたり顔で解く。しかし、それまで培ったスキルを不要なもの、劣ったものとして扱われることが、人のアイデンティとプライドをどれだけ傷つけるものであるかが考慮されることはない。個人は社会システムの奴隷なのだ。
そうした中で、顔を上げて、誇りを持って生き、たまたま自分の手元にやってきた若者を独り立ちさせようと見守るブルーノと仲間たちの生き方は、胸に迫るものがあった。

社会主義体制の人を、抑圧されていた者とか、努力しても収入一緒だから努力しないとか否定的に受け止めがちだけれど、東ドイツ出身の人のインタビューなど見ても、必ずしもそうではなさそうだ。職場の人間関係は強く、また温かい連帯感の感じられるものでもあったようだ。
この映画でも、東ドイツ出身者たちの職場であるこのスーパーマーケットでも、彼らは連帯感を大切にして働いている。
蛍光灯に照らされた巨大なスーパーを、この監督は巨大な方舟か、宇宙船のように撮影する。資本主義という孤独な競争社会を漂う仲間たちが連帯して生きる場であることを伝えようとしていると感じた。
そして、その方舟にやってきた、入れ墨のある元ワルらしい若者。彼を受け入れ、好意を持ち、成長を支える。フォークリフト免許取得に成功したクリスチャンを皆が祝福する場面など、今の日本の職場にこんな場面があるだろうか…、その温かさにじんわり感動させられた。

この映画の温かさの裏には、社会主義世界の影響があるのではないだろうか。
幸福な人生を支える資産には、人間関係・お金・能力の3つがあるという考え方がある。2つを手に入れられれば安心だけど、これも現代社会では大変だ。
資本主義社会では「能力で他人に勝って、お金を得る」が主戦略であるが、そこでこぼれ落ちるのが人間関係の温かさである。
社会主義では、能力の差、お金の差を戦略的に個人が手に入れることは難しい。だからこそ、そこでは人間関係というものが重要で、仲間同士助け合うというのが労働者の倫理として身についたのではないのだろうか。
変わらない労働を淡々と誠実にこなし、仲間との支えあうことが、それまでの荒れた人生から脱出することにつながる〝希望〟となるということが描かれていると思う。

現在のドイツでも職業訓練学校を経ての就職が制度化されているようだが、おそらくクリスチャンはその訓練を受けていない。ノースキルのまま労働者として認められ、組織に定着するのはかなり困難そうだ。
その彼が、時に再び道を踏み外しそうになりながら、ブルーノや仲間に支えられて生きていく。そして売り場主任になるという彼の人生の大きな達成を成し遂げる。

原題の英訳は「In the Aisles」(通路にて)が示すように、スーパーマーケットの通路を人々行き交い、関係を作っていく。邦題の「希望の灯り」が示すのは、スーパーマーケットの白熱灯が映し出す白白とした冷たい資本主義空間でも、新たな共同体を作れる希望があると受け止めて良いのではないだろうか。

僕自身は今年まで情報産業で働いてきた。そこでの先輩が、会社に内緒でクリーニング工場で働いた経験を教えてくれた。クリーニングは当然下手で失敗ばかりだったが、周囲のパートの人たちが迷惑顔をせず、仕事を教え、失敗をフォローしてくれたという。(僕らの会社ではあまり感じられなかった)温かさや連帯を感じて嬉しかったそうだ。「仕事は多いし、みんな余裕がない。だから意地悪しているようなヒマなんかないんだ」と言うのが彼の分析だった。
日本では、単身世帯が最大となって血縁という絆は薄くなった。企業組織も効率と成果で管理され、また上司と部下の関係もどんどん薄くなってきている。しかし、そもそも会社というのは、一人ではできないことをみんなで成し遂げる連帯と絆のある場所であったはずだ。
そうした意味で、孤立が社会課題となる今の日本で生きるためのヒントが得られる映画でもあると感じた作品だった。

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nonta