荒野の誓い : 映画評論・批評
2019年8月20日更新
2019年9月6日より新宿バルト9ほかにてロードショー
名優揃いのアンサンブルで、西部劇を新しい視点から見つめ直したマスターピース
個人的な体験を言わせてもらうと、この作品、フランスでの劇場公開を見逃して、その後テレビ画面で視聴したのだが、観たあとでやはり劇場の大画面で観ればよかったと大後悔。と同時に、小さなスクリーンにも拘らずこれほど最初からぐいぐいと引き込む「映画力」を放つ作品もそうはないと、実感させられたのだった。
時代は1892年。南北戦争終了後、ネイティブ・アメリカン同士の対立が激化するなか、伝説的なヒーローとして知られる騎兵隊大尉(クリスチャン・ベール)は、最後の任務を引き受ける。不知の病に冒されたいにしえの宿敵でもあるシャイアン族の首長イエロー・ホーク(ウェス・ステューディ)を、居住地へ無事に送り返すことだ。かつての壮絶な戦いを否応なく思い出させるその役目は果たして、予想を超えた過酷な旅となる。
本作の何が特別なのか。それはまず、ある意味西部劇の伝統であった白人対ネイティブ・アメリカンという差別的な紋切り型を退け、普遍的なヒューマニティを謳っている点だ。その鍵がベール扮する大尉であり、過去に敵とあらば大量に虐殺してきた彼は、この旅で大きく生まれ変わることになる。
そこに説得力をもたらしているのが、ベールの役者としての重みだ。トラウマの深さを背負ったような彼の佇まいは、そこにいるだけで観る者を惹きつけ、ドラマに信ぴょう性をもたらす。その強度はもはや、ヘンリー・フォンダやマーロン・ブランド並みと言えるだろう。
加えてそんなベールの存在感を受けて立つ脇役陣が揃っていることも、本作を成立させている鍵だ。新作「プライベート・ウォー」など、最近とみに演技派路線が目立つロザムンド・パイクが、家族をみな殺しにされ旅路を共にすることになる未亡人に扮する他、ベン・フォースター、ティモシー・シャラメがそれぞれの持ち味をスクリーンに刻む。なかでも特筆すべきは、「ラスト・オブ・モヒカン」や「ニュー・ワールド」など、ネイティブ・アメリカン俳優の第一人者として知られるステューディで、その重厚感はベールと肩を並べる。実際彼のフィーチャーぶりにも、スコット・クーパー監督(「クレイジー・ハート」)のリスペクトが伺える。
従来の二元論を超えて新しい視点から西部劇を見つめ直し、人間の尊厳、生と死の重さを考えさせる。そうした点で本作は、現代的かつ普遍的なマスターピースなのだ。
(佐藤久理子)