「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」あらすじ・概要・評論まとめ ~弱さと罪を掘り下げる魂の歌と、苦闘する男を描く職人監督の運命的な共鳴~【おすすめの注目映画】
2025年11月13日 11:00

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本記事では、「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」(2025年11月14日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。

アメリカを代表するシンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンの若き日を描いた音楽ドラマ。ウォーレン・ゼインズの著書「Deliver Me from Nowhere」を原作に、「クレイジー・ハート」のスコット・クーパーが監督・脚本を手がけた。
1975年リリースのサードアルバム「明日なき暴走 BORN TO RUN」で一大センセーションを巻き起こしたスプリングスティーン。それから7年が経った1982年のニュージャージーで、彼は人生の大きなターニングポイントを迎えていた。世界の頂点に立つ直前、スプリングスティーンは成功の重圧と自らの過去に押しつぶされそうになりながらも、わずか4トラックの録音機の前で、たったひとり静かに歌いはじめる。
ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」のジェレミー・アレン・ホワイトが主演を務め、ギター、ハーモニカ、歌唱トレーニングを経て若き日のスプリングスティーンを体現。「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」のジェレミー・ストロングがマネージャーのジョン・ランダウ役、「帰らない日曜日」のオデッサ・ヤングがガールフレンドのフェイ・ロマーノ役、「ボイリング・ポイント 沸騰」のスティーブン・グレアムが父親ダグ役、ドラマ「ブラック・バード」のポール・ウォルター・ハウザーがサウンドエンジニアのマイク・バトラン役で共演。

星条旗を背景に拳を振り上げ「俺はUSAで生まれた」と連呼する1980年代当時のブルース・スプリングスティーンを、華やかなロックサウンドと相まって“強い米国”の象徴と誤解する人も大勢いた。だがひとたび歌詞に耳を澄ますと、弱肉強食の資本主義社会に搾取され、世界の警察たる軍事国家に使い捨てられた敗残者たちの怒りと悲しみを叫んでいることに驚かされる。
表題曲がブルースの代表作になったアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」と、その前作で弾き語りフォークスタイルの「ネブラスカ」は、音楽的な印象こそ大きく異なるが実際は双子のように生み出された。それらの楽曲群の創作にブルースが取り組んだ1982年、いわば生みの苦しみの時期にフォーカスした書籍を、作家ウォーレン・ゼインズが2023年に発表。これを原作に劇映画化したのが本作「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」だ。

映画化の企画を立ち上げたプロデューサー陣とブルース本人から監督の最適任者として選ばれたのが、2009年のデビュー作「クレイジー・ハート」で酒浸りの中年カントリー歌手を演じたジェフ・ブリッジスにオスカーをもたらしたスコット・クーパー。ミュージシャンの演奏場面をエモーショナルかつダイナミックに表現する音楽的センスと、私生活での孤独感や脆弱さを繊細に描写する力量が評価されたが、それだけではない。クーパー監督はその後も、強さと繁栄を謳歌する米国の陰で、底辺の生活にあえぐ者、犯罪に邁進する男、過去の罪に苦しむ軍人を題材とするダークで渋い人間ドラマを、職人気質を思わせる一途さで描いてきた。「ブラック・スキャンダル」しかり、「荒野の誓い」しかり。とりわけブルースが歌う世界と親和性が高いのは、斜陽の鉄鋼の町で働く主人公が、イラク帰還兵で心を病んだ弟を無法地帯の悪党に殺され、復讐に突き進む「ファーナス 訣別の朝」。ベトナム帰還兵を題材にした名作「ディア・ハンター」との共通点も多い同作は、時代が移ろっても労働者を搾取し若い兵を消耗品扱いする米国の不都合な真実は変わらないことを改めて突きつける力作だった。
そんなフィルモグラフィを擁するクーパー監督と、ブルースの苦悩の時期を映画化する企画に、まさに運命的な共鳴が起きた。すでに「明日なき暴走(Born to Run)」や「ハングリー・ハート」など大ヒットを飛ばしていたブルース(ジェレミー・アレン・ホワイト)は1982年、次作制作のため幼少期を過ごした家の近くに一軒家を借り、楽器と録音機材(ティアック製の4トラックマルチカセットレコーダーなど)を持ち込む。創作に行き詰ると車を走らせて生家を眺め、仕事を転々とし家族に暴力をふるう父(スティーブン・グレアム)におびえた過去と向き合うことに。一方で、テレンス・マリック監督作「バッドランズ」を観たのを機に、ネブラスカ州などで連続殺人を犯したチャールズ・スタークウェザーに強く惹かれ、殺人者の視点で語る「ネブラスカ」を作る(詞で当初「he」としていた部分を「I」に書き換えるシーンも)。

脚本も書いたクーパー監督の詳細な描写は、主人公ブルースだけにとどまらない。レコードデビューの2年後からプロデューサー兼マネージャーを務めるジョン・ランダウ(ジェレミー・ストロング)の献身的なサポートや、劇中で描かれる時期に出会い交際した恋人フェイ(オデッサ・ヤング)との関係も丁寧に綴っていく。とりわけ、弾き語りをカセットレコーダーに吹き込んだデモテープにエンジニアが深いエコーをかけただけのシンプルな音源を、そのままアルバムにしてリリースしたいと望むブルースの異例の要求を、ジョンがレコード会社幹部を粘り強く説き伏せ、特別な原盤製作機も用いて実現させる一連の過程が、尋常でない細やかさで語られる。40年以上の時を経て評価がさらに高まる名盤の誕生の陰に、アーティストの意向を尊重し実現に向けて力を合わせたチームの存在があったことを知らしめるシークエンスに、クーパー監督の優しい眼差しが感じられる。
世界的なスターの人間的な弱さを赤裸々に描く本作の脚本を、ブルース本人が一語一句変えることなく承認したという話も、「ザ・ボス」の愛称で呼ばれるスプリングスティーンの器の大きさと誠実さを示す素敵な逸話だ。
執筆者紹介
高森郁哉 (たかもり・いくや)
フリーランスのライター、英日翻訳者。主にウェブ媒体で映画評やコラムの寄稿、ニュース記事の翻訳を行う。訳書に『「スター・ウォーズ」を科学する―徹底検証! フォースの正体から銀河間旅行まで』(マーク・ブレイク&ジョン・チェイス著、化学同人刊)ほか。
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