ガンジスに還る : 映画評論・批評
2018年10月23日更新
2018年10月27日より岩波ホールほかにてロードショー
インド流〈人生の終い方〉を確かな映画術で感性豊かな家族物語に昇華させた20代監督
ガンジス河畔の聖地バラナシに死を予期したヒンドゥー教徒が集まり、滞在施設で最後の日々を過ごす。本作はそんなインド流の人生の終い方とでも呼ぶべき風習がモチーフだが、〈死〉が本題ではない。むしろ、死ぬ気満々な老父に困惑しながら付き添う息子が、自らの生き方と家族との関わり方を見つめ直す〈生の物語〉なのだ。
不思議な夢で死期を悟った77歳の父ダヤは、バラナシに行くと宣言。家族の反対に耳を貸さないダヤに、仕事人間の息子ラジーヴが仕方なく付き添う。「解脱の家」に到着し、ダヤは他の滞在者らと共に残された時間を穏やかに過ごそうとするが、仕事の遅れを気にするラジーヴは父とたびたび衝突してしまう。
ラジーヴ役のアディル・フセインは、多数のインド映画で主演し、アン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」や、ダニス・タノビッチ監督の「汚れたミルク あるセールスマンの告発」といった国際的な企画でも重要な役を演じてきた実力派。仕事優先で家族を疎かにしてきた男が、父の覚悟と秘めた思いに触れ次第に変わる姿を繊細に表現した。ダヤ役のラリット・ベヘルは、プロデューサーや監督としても活躍する才人。泰然とした存在感がどこかユーモラスだが、息子に後悔の念を告白する場面で見せる弱々しさも印象的だ。
監督・脚本のシュバシシュ・ブティアニは1991年生まれの現在27歳で、これが長編デビュー作というから驚く。インドで演技を学んだのち、ニューヨークの視覚芸術専門学校で映画製作を履修。卒業制作で撮った短編「Kush」(2013)が、ヴェネチア国際映画祭のオリゾンティ・短編部門で最高賞に。これを受け、同映画祭の新人監督育成制度ビエンナーレ・カレッジ・シネマの対象作品として「ガンジスに還る」が製作され、2016年のヴェネチアでプレミア上映されたという経緯だ。製作時のブティアニは23~24歳のはずだが、ストーリーの構成力、微妙にずれた会話で笑わせるユーモア、逆光を活かした映像美、サウンドトラックによる効果的な感情表現(ギターと南米の弦楽器チャランゴの使い手であるタジダール・ジュネイドの郷愁を誘う楽曲が絶品)等々、みずみずしい感性と匠の技が同居する稀有な才能に圧倒される。
新世代のフィルムメーカーが身内の死に向き合う家族の姿を描いた点では、森ガキ侑大監督の長編デビュー作「おじいちゃん、死んじゃったって。」を想起させもする。高齢化に伴い最期の迎え方への関心がますます高まる昨今、これらの佳作を通じて多様な死生観に触れ、自分の生き方や家族との関係を見つめ直すことの意義も大いに認められよう。
(高森郁哉)