15時17分、パリ行き : 特集
イーストウッド監督の到達点は“ごく普通の人々に捧げた《極限の実話》”。
各有識者が語る、今こそ見るべきその意味とは?
あと何作、彼の作品を見られるのか? 87歳にして、今なお最前線で傑作を撮り続けていること自体が、感謝するべき驚きだ。これが最終作かもしれない……私たちはその思いを持ちながら、クリント・イーストウッド監督の到達点とも言うべき本作をむかえる──「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」の名匠の最新作「15時17分、パリ行き」が、3月1日より全国公開。2015年、アムステルダム発パリ行きの特急列車内で起こった無差別テロ事件の真実が、事件の当事者3人を主演に据える驚きの手法、同監督史上最短の94分で今、描き出される。
巨匠クリント・イーストウッド最新作のテーマは「テロ」
すべてが“極限”のリアリティで描かれた《真の集大成》
新作を発表する度、「映画的事件」と言える衝撃と感銘を映画ファンに与える巨匠、クリント・イーストウッド。「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」と、近年は特にリアル・ヒーローの真実にこだわり続けてきた彼が、その路線をさらに推し進め、「これ以上ない」と言ってもいいほどの手法でリアリティを追及したのが、最新作「15時17分、パリ行き」だ。554人の乗客を標的とした無差別テロ襲撃事件に立ち向かった、ごく普通のアメリカの若者たち3人。彼らはなぜ死の恐怖を目前にしながら、命を投げ打って犯人に立ち向かうことができたのか? 今、誰もが直面するかも知れない現実が極限の状況下で描かれる──観客を「目撃者」に変え、それぞれに覚悟と決意を問う、「到達点」にして「真の集大成」、必見作なのだ。
2度のアカデミー賞監督賞獲得を誇る名監督が、いよいよ「テロリズム」を真っ向から取り上げた。「“生きる伝説”が現代の最重要テーマを描く」というだけで、本作は「絶対に見るべき映画」の意味を持つ。今を生きる誰もが無関係ではいられない、さまざまな形で世界中に遍在する恐怖=「テロ」を通して、イーストウッドが私たちに突きつけるものを確認してほしい。
イーストウッドが選んだ手段は、まさに前代未聞だ。アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンの若者3人役を、事件に直面した「本物の3人」に演じさせたのだ。さらに乗客として居合わせた人たちが出演し、実際に事件が起こった場所で撮影に挑んでいる。それは、数々の「現実の英雄」を映し出してきた名匠が、さらに踏み込んだ新境地。当事者たちが事件を再現するとどうなるのか? これまでにない「究極のリアリティ」を体験するだろう。
映画は若者3人が、少年時代にどのように出会い、成長し、そして事件に直面した際、そこでいかに決断するのかを描き、「数々の選択は決して偶然ではないのではないか?」という「運命」的ともいえる彼らの半生を浮かび上げる。そして実際の列車を借り切り、走行中に自然光で撮影された事件シーンは、強烈な生々しさで見る者をその「現場」に立ち合わせる。自分なら一体どうするのか、そう自問してしまうだろう。
「30代」「40代」「50代」、各有識者が語る“意義”
なぜ彼らは、“この時代に必要な作品”と断言するのか──?
今、なぜクリント・イーストウッド監督はこの題材を選び、本作を作り上げたのか? 30代、40代、50代という各年代を代表して、3人のオピニオン・リーダーたちが作品を鑑賞。まるで現実をそのまま見せつけるかのようなリアリティに感情を揺さぶられた彼らが、今見るべき意味を述べた。
クリント・イーストウッド監督がインタビューで激白──
自身の言葉からひも解かれる、なぜ「この事件」、そして「今」なのか?
なぜ今この事件が映画化されたのか? その本質的な理由は、当然ながら題材を選び作品を手掛けた監督の頭の中にしかない。であれば、本人にそれを語ってもらうしかない──フィルムメーカーであり、ゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人記者協会に所属する米ロサンゼルス在住の映画ライター、小西未来氏が、クリント・イーストウッド監督に取材を敢行した。
(取材:映画監督・映画ライター 小西未来)
現地時間1月28日、イーストウッド監督への取材はロサンゼルスのホテルで行なわれた。「私は常に、人生を左右するような行動を取った人々の動機に興味を持っている。それは英雄的な行為でも、愚かな行為でも構わない」と、巨匠は言う。「ハドソン川の奇跡」「アメリカン・スナイパー」「ジャージー・ボーイズ」「J・エドガー」の直近の4作品はもちろん、「硫黄島」2部作、「インビクタス 負けざる者たち」と彼の作品には実話が多いが、それはこの思いが強く反映されたものだろう。
そして今回も15年に起きた「タリス銃乱射事件」が題材。監督はそこで行動を起こした3人の若者たちの姿を、「今回の事件の場合は、(英雄的、愚か)その両方を兼ね備えていると言えなくもないが(笑)」と称した。
「実際、今回の企画はあっさりと決めた」とイーストウッドは語るが、事件の当事者である3人に「英雄賞」を贈る米テレビ主催のイベントで、プレゼンターを務めた偶然も大きかったに違いない。「原作を読んで、最近はこうした実話を映画にすることを立て続けにやっていて、これもまた面白い題材だと思った。特に、実際の3人を役者として起用するアイデアを思いついたら、エキサイティングになった」と振り返る通り、本作の主人公を演じたのは、事件の当事者本人。
「彼らの持つリアリティをそのまま映画に採り入れたら面白いんじゃないかとね。彼らがリラックスして、映画で描かれる出来事を追体験すれば、プロの役者に負けないリアリティを再現してくれるんじゃないかと思った。実際、その通りの結果になったよ」と、監督初めての試みが「究極のリアリティ」を実現させる抜群の効果だったことを明かした。
前代未聞とも言えるキャスティングまで敢行し、リアリティを表現したイーストウッド監督。なぜそこまでして、今この事件を描こうとしたのか。
監督は「現代では、運転しているときも、道を歩いているときも、突然事件に巻き込まれる可能性が十分にある。本作をパリで撮影しているときも、バルセロナでテロ事件が発生している」と、現代社会を取り巻く危険性を明かす。そして、「我々は狂った時代に生きており、気が滅入る。だが、この事件では200人以上の死傷者が出てもおかしくなかった。500人以上の乗客が乗っていて、犯人は大量の武器を準備していたからだ。ろくでもない現代において、素晴らしい結末を迎えた事件だからこそ、伝える価値があると思ったんだ」と、作品を送り出した意義を語った。